「台湾有事は起こさせない」と宣言、台湾総裁選「第三の候補」柯文哲という男

2023年6月9日(金)11時30分 JBpress

 かつて英国のウインストン・チャーチル首相は言った。「民主主義は最悪の政治形態である。ただし、他に試みられたあらゆる形態を除けば」。1時間の記者会見の間、この言葉が時折、脳裏をよぎった。

 誰の会見かと言えば、6月8日にFCCJ(日本外国特派員協会)で行われた柯文哲(か・ぶんてつ)台湾民衆党主席のものだ。柯主席は、来年1月13日に実施される、「ポスト蔡英文(さい・えいぶん)」を決める次期総統選挙への出馬を表明している。


「次期総統候補」

 台湾では、次期総統を目指す政治家が、アメリカと日本に「顔見せ」にやって来ることが、習慣となっている。一般に台湾の政治家は、台湾の外交上、世界で一番重要なのはアメリカで、アジアで一番重要なのは日本と思っているからだ。

 柯文哲主席も、4月にアメリカを訪問し、今回6月4日〜8日の日程で、日本を訪問した。自民党や立憲民主党、日本維新の党などを訪問した後、帰国前の最後の日程で、記者会見を行ったのだ。

 そこには柯主席とともに、台湾から同行して来たという「14人の記者団」も混じっていた。FCCJには彼らも含めて、約100人の記者団が集まり、ものすごい熱気である。

 そんな中、柯主席はいつものように、サッと右手を挙げると、壇上中央の席について、中国語で自己紹介した。

「次期総統候補の柯文哲です……」

 いきなり、「次期総統候補の」と強調するところに、柯主席の意地を感じた。


「青vs緑」の構図に割って入った柯文哲という第三の候補

 台湾で民主的な総統選挙が実施されるようになったのは、1996年からである。その時は、現職だった李登輝(り・とうき)総統が圧勝して再任された。

 次の2000年の総統選挙から、事実上の「青対緑のガチンコ対決」となった。「青」は、1945年の日本の敗戦以来、台湾を支配してきた国民党(中国国民党)。「緑」は、1986年に台湾で結成された独立志向の強い民進党(民主進歩党)である。

 2000年の選挙は、民進党の陳水扁(ちん・すいへん)候補が勝利し、半世紀以上の国民党統治を経て、初の政権交代を果たした。続く2004年は、陳水扁総統が約3万票差で薄氷の勝利。2008年は、国民党のホープ・馬英九(ば・えいきゅう)候補が政権奪還を果たし、2012年にも再選された。

 2016年の総統選挙に勝利したのが、いまの民進党の蔡英文候補である。蔡総統は2020年1月、817万票という史上最大得票数で再選された。私は何度も、台湾総統選挙を現地で取材してきたが、2020年の時は、台湾人の蔡総統への期待感を、ひしひしと感じた。

 このように過去20数年間、台湾式に言うと「青か、緑か」で、総統選挙は争われてきた。両党で何が異なるかと言えば、最も違うのは「中国大陸との向き合い方」である。

 ごくありていに言えば、国民党は親中で、中国大陸とのビジネス重視。一方の民進党は反中で、自由・民主・法治といった理念が中国大陸とは相容れないという立場だ。

 ところが、今回の総統選挙では「異変」が起こっている。与党・民進党の頼清徳(らい・せいとく)候補(中華民国副総統・民進党主席)、野党・国民党の侯友宜(こう・ゆうぎ)候補(新北市長)の他に、「第三の候補」が出馬宣言しているのだ。それが、今回日本を訪れた柯文哲主席だ。


「ひょっとしてひょっとするかも」

 柯文哲主席は、1959年8月に、いまはハイテクパークになっている新竹市に生まれた。父親は同市の日系企業顧問だった。医者を目指して台湾大学医学部に入学し、医師免許試験に全国トップで合格。台湾大学医学部教授(外科・救急医療)を経て、2014年の台北市長選挙に無所属で出馬し、見事当選した。2018年も「薄氷の勝利」で再選を果たし、昨年末まで務めた。

 その間、2019年8月に、中道政党の台湾民衆党を立ち上げ、自ら主席に収まった。昨年11月の統一地方選挙では、全22地域の首長選で、生まれ故郷の新竹市長だけを取っている。

 総統選挙はまだ7カ月も先だが、現時点で、この「第三の候補」は、泡沫どころか大いに善戦し、「三つ巴」の様相を呈している。それで、俄然注目が集まっているのだ。8日の記者会見で、私の隣席に座った台北の女性政治記者も、「柯主席は若者に人気があるから、ひょっとしてひょっとするかも」と言っていた。


柯文哲氏にぶつけた質問

 この日の会見で、私は一番手として、2点質問した。一つは、中国大陸との向き合い方、とりわけ国民党の対中政策との違いだ。これについては、こう答えた。

「いまの民進党(蔡英文政権)は、中国大陸と向き合わなすぎだと、台湾人は考えている。実際、対立していて『互信』(相互信頼)がないではないか。

 逆に国民党は向き合いすぎで、台湾人はあまりに従順すぎると感じている。その点、私は中国大陸とは、『両岸一家親』(両岸は一家の親戚)としてつき合うが、従順ではなく互信と対話を重視する」

 二つ目の質問は、今後、国民党の侯友宜候補と、候補者の一本化はありえるのかということだ。このまま「三つ巴の戦い」が進んでいくと、野党候補が分裂しているわけだから、当然ながら与党・民進党の頼清徳候補が有利になっていく。逆に一本化されたら、政権交代の可能性はぐんと高まる。

 この私の質問に対しては、眉をひそめながら語気を強めた。

「国民党とは政策が同じでないのに、どうして一本化するのか? 特に、中国大陸に対する国民党の政策理念は、はっきり定まっていない。

 分かってほしいのは、いまや台湾は、『青か、緑か』という時代ではないということだ。与党の民進党にも、野党の国民党にも満足していないという台湾人が、大勢いるのだ」

 このように、「国民党との一本化」については、言下に否定した。むしろ、国民党と距離を置くことにこそ、自分の存在価値があると言わんばかりの口ぶりだった。


台湾有事は世界有事

 続いて、ドイツメディアから、「独裁者・習近平をどう思うか?」という痛烈な質問が飛び出した。壇上の柯主席は、このあたりから腕組みをして、憮然とした様子になった。

「私は1カ月ほど前に、アメリカを訪れた。その時に、中国と対立するアメリカ政府の人たちと議論したが、私は中国の自主性を、もう少し認めるべきだと思う。

 それに中国も、温家宝首相が経済改革をやって、大いに経済成長した時代があったではないか。いま習近平同志がやっている政策がすべてとは思わない。5年後には、急成長しているソフトパワーが中国を変えるだろう」

 日本メディアの記者からは、2年前に故・安倍晋三元首相が述べた「台湾有事は日本有事」という概念について質問が出た。それにはこう答えた。

「日本はエネルギーの9割が台湾海峡を通っているのだから、そう考えるのは理解できる。実際、アメリカでは、『台湾有事は世界有事』と言われた。

 だからこそ、私は言いたい。私が中華民国(台湾)総統になったら、台湾の平和は日本の平和、そして世界の平和にしてみせると。私は台湾を、絶対に戦争には導かない」

 最後に柯主席は、「諒解」(リアンジエ りょうかい)というキーワードを強調した。柯主席が言いたいことに最も近い日本語は、「理解」ではないか。

「台湾は、世界のどの国よりも中国を『諒解』している。同様に台湾は、中国よりも世界を『諒解』している。そこにこそ台湾の価値がある」

 こうして、最後はまた、サッと右手を挙げて、帰国するため空港へ向かったのだった。


台湾の選挙結果、台湾人が考えている以上に世界にインパクト

 さて、冒頭のチャーチル首相の言葉である。2020年の総統選挙に勝利した蔡英文総統は、私たち記者を前に、「台湾人の血と涙で勝ち取った自由と民主を、今回も前進させることができた」と、感慨深げに述べた。

 それはその通りだと思う。だが、2020年の総統選挙の時も、昨年11月の統一地方選挙の時も、現地で取材していて感じたことがある。それは、台湾人が振りかざす自由と民主の象徴としての選挙の結果が、いかにアジアと世界に多大な影響を及ぼすかという点を、多くの台湾人が「諒解」していないことだ。

 おそらく今回の総統選挙でも、大多数の台湾人が、3人のうちどの候補に投票したら、自分の生活がよくなるかと思案して、投票することだろう。もちろん、台湾の民主政治だから、それでよいのだ。

 だが彼らの「内向きの投票行動」の結果によって、アジアと世界は激変するのだ。極論すれば、国民党と民衆党の候補者一本化が行われず、民進党の頼清徳候補が勝利したら、台湾有事の可能性はぐんと高まる。そして柯文哲主席も言及していたが、台湾有事は日本有事、世界有事である。

 逆に、国民党の侯友宜候補が勝利したら、台湾有事の可能性はクールダウンするが、その代わりに、いま日米両政府が志向しているような「日米台一体化」にはブレーキがかかる。

 では、「第三の候補」柯文哲主席が勝利したら? これは五里霧中である。今回の来日で、柯候補が「頭脳明晰な頑固者」であることは「諒解」したが、そうした政治家は、得てして周囲に部下が集いにくい。

 こうして思考を堂々巡りさせていくと、チャーチル首相の言葉が、けだし名言と思えてくるのである。

筆者:近藤 大介

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