米朝首脳会談は100点満点、ほくそ笑む金正恩

6月15日(金)6時14分 JBpress

See You Again in Pyongyang: A Journey into Kim Jong Un's North Korea by Tracis Jeppesen Hachette Books, 2018

写真を拡大

シンガポール・セントーサ島で握手を交わすドナルド・トランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(2018年6月12日撮影)。(c)AFP PHOTO /Anthony WALLACE〔AFPBB News〕


「ディールの達人」はディールで大損した!

 ドナルド・トランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党との「歴史的な握手」の映像は世界中を駆け巡ったが、それから数時間後、世界中のメディアはこぞって「世紀のから騒ぎ」だったと酷評した。

 北朝鮮の「完全で検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)の具体的な道筋はおろか、米朝対話が続いている間は米韓軍事演習を一方的に中止するとまで約束してしまった。

 これが不動産物件のディール(取引)だったら売り手、つまり金正恩委員長に完全に値切られて、大損したようなものだ。

 「ディールの達人と豪語するが聞いてあきれた」(米民主党幹部)という声がワシントンでは聞かれる。

 シンガポールから借りた中国民間航空機で帰路を急いだ金委員長は機内で祝杯を挙げていたのではないだろうか。


会談前から米メディアが注目した「人権問題」の扱い

 曖昧な核廃絶を巡る取引とともに米メディアが会談前から注目していたのが「人権問題」だった。

 むろん日本人拉致問題も含まれるが、北朝鮮の自国民に対する「ヒトラー級の筆舌に尽くしがたい弾圧、虐殺」(2014年の国連報告)だ。自分の政治生命に対する脅威を取り除くためには親族まで処刑してきた。

 会談後、シンガポールで行ったABCテレビとのインタビューでもこの点を突かれるとトランプ大統領は答えに窮した。

 「あの男を信頼できるのか」との追い打ちをかけられるや、「私は彼を信頼している。だが、1年後に信頼しているかと聞かれたら変わるかもしれない」と本音を吐露した。

(https://www.realclearpolitics.com/video/2018/06/12/president_trump_interview_with_stephanopoulos_i_really_believe_kim_will_get_rid_of_nukes.html)

 実は、首脳会談の前述、NBCテレビは家族を殺害されて命からがら脱北し、今は米国の大学で勉強する朝鮮人女性の証言を放映した。彼女は涙ながらにこう述べていた。

 「金正恩は許せない。モンスターです。世界平和とか核廃絶とか言っていますが本性はテロリストで独裁者です。トランプ大統領はなぜあんな男と会うんですか」

 正直言って、米国人が世界中でも最も嫌いな国は北朝鮮だ。米国民の78%が「最も嫌いな国」に挙げている。

 イランに対する嫌悪感よりもより強い。それは単に核搭載の大陸間弾道弾(ICBM)で米本土を攻撃するぞ、と脅しているからだけではない。金正恩に象徴される北朝鮮という独裁国家そのものが大嫌いなのだ。

 しかも北朝鮮に嫌悪感を抱くのは若者(75%)よりも中高年層(83%)、低学歴(69%)よりも高学歴(91%)が多い。民主党支持層(80%)よりも共和党支持層(82%)に多い。

(http://www.pewresearch.org/fact-tank/2017/04/05/a)


史上初めて北朝鮮留学した米国人の見たもの

 首脳会談を前にトランプ大統領に読んでほしかった北朝鮮の実態を描いた一冊の本が出ている。

 大げさな記述が目立つ脱北者の手記とか、アメション的な旅行者による旅行記とは一味違う、れっきとした欧州系米国人が書いた本だ。

(というのも拘束から解放された米国人も実はみな韓国生まれ韓国育ちの帰化米国人ばかりだからだ)

 著者は現在ベルリン在住のトラビス・ジェぺセン氏(36)。フロリダ州生まれ、17歳の時にニューヨークに移り、作家や評論を多く輩出しているニュー・スクールで文学を専攻したのち、パリのソルボンヌ大学などに留学。

 学生時代から小説を発表して高い評価を受けている。朝鮮問題の専門家ではないが、大変なインテリだ。

 ところが突然北朝鮮に興味を持ち、過去数回にわたり訪朝。2016年には半年間、ピョンヤンの大学で語学研修に参加している。


留学先は名門校、宿舎も超高級ホテルだったが・・・

 米国人、しかも韓国から移住して米国に帰化した韓国人ではなく、欧州系米国人として北朝鮮の大学に正式留学したのはジェペセン氏が初めてだ。

 留学先は金日成大学とともに北朝鮮最高の名門校「金亨稷大学」。金日成主席の父親の名前を取った大学だ。むろん北朝鮮政府が正式に外国人留学生として入国させたプログラムだ。

 授業は月曜から金曜日まで午前中2時間。午後と週末は「自習」と市内見学。宿泊先は30階建ての外国人観光客用の高級ホテル「ソサンホテル」(客室510室と称している)。

 ベッドはクイーンサイズで家具は中国製。フランスから来た大学院生と同室だった。語学研修のクラスにオーストラリア人留学生もいた。

 24時間2人の案内人が交代で監視している。電話からパソコンまですべて盗聴されている(もっとも著者はプラバシーを守るために特別のシステムもパソコンに装填していたという)。


網の目のように張り巡らされた監視機関「人民班」

 「ホテルは外から見ると近代ビルだが、廊下は薄暗く、トイレの水は出ないことがしばしば。通学は言うに及ばず、外出の際にはガイドと称する監視役がつく」

 「外国人の間では『ガイドは100%嘘をつく、外国人はその嘘をあたかも本当に信じているかのようにふるまうのが上手くいくコツ』という合言葉がある」

 「通常、北朝鮮の人たちは外国人とつき合うことは厳禁。むろん自宅に招くということはない。近所同士監視し合っている」

 「中でも『人民班』*1(インミンバン)という組織がある。その班長は、一世帯の内情について、例えばその家にあるスプーンや箸の本数まで掌握している。不穏な動きがあれば直ちに官憲に通報するシステムが徹底している」

*1北朝鮮では「社会の成員はすべて『権力機関の最小単位である人民班に統合されている』(ピョンヤン新聞)。標準的な人民班は30〜50の家族からなり、相互監視している。班長は通常中年女性がなる。


犬や猫を見たい時には動物園に行こう

 「ガイドなどから聞いた話だと、市民は毎朝5時に起きて金日成主席をたたえる頌栄を唱える。夕方のテレビではその日の金正恩委員長の活動の一端が紹介される」

 「市内の動物園に行った。虎や猿など6000種類の動物がいるが、驚いたのは犬や猫のいる檻の前に多くの市民が集まって、動物たちの動き回る様子をポカンとしてみていたことだ」

 「ガイドは『この国で犬や猫を見られるのは動物園だけです。犬や猫は個人で飼うことは禁じられているからです』と言っていた。食糧難で犬猫を食べさせられることすら困難だということだろう」

 金王朝と労働党幹部などエリートだけしか住めないピョンヤンですらこんな具合ならピョンヤン以外の住む朝鮮人はどんな生活をしているのだろうか。

 これが「核保有国」入りし、大陸間弾道弾で米国を脅す国家というイメージとはどうも一致しない。


ニクソン訪中で激変した米国の対中観だが・・・

 「歴史的な握手」で思い出すのは、1972年2月21日、当時のリチャード・ニクソン大統領が訪中し、毛沢東国家主席と交わした握手の瞬間だ。

 その1か月後に行われた世論調査では、それまで中国嫌いだった米国人の対中イメージは激変した。

 1966年時点では「中国人は勤勉」と答えたのが37%だったのが、ニクソン訪中後には74%にまでなった。

 また「知的だ」は14%から32%にまで急増した。「中国人は正直だ」と答えたものは20%(1966年には調査対象になっていない)だった。

(http://news.gallup.com/vault/204065/gallup-vault-nixon-china-visit-game-changer.aspx?version=print)

 トランプ・金正恩会談を経て、米国人の対北朝鮮イメージが大きく変化するかどうか。金正恩氏は「独裁者」から「まともな有能な若き指導者」に「変身」したかどうか。

 今の時点で分かるのは、トランプ大統領が他に先んじて「金正恩はグッドマンだ」と言い出していることだけだ。

筆者:高濱 賛

JBpress

「金正恩」をもっと詳しく

「金正恩」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ