北朝鮮「陸の孤島」で響き渡る悲鳴…飢えた市民の禁断の行為
2021年6月28日(月)9時22分 デイリーNKジャパン
中国との国境に接する北朝鮮の慈江道(チャガンド)は「先軍革命特区」に指定されている。金正恩総書記ら最高指導者の特閣(別荘)や、彼らの業績の記録を保存しているアーカイブがあるなど、政治的に重要な地域だからだ。
また軍需工場が多いことから、他の地域からの出入りが非常に厳しく制限されている。政治的に作られた「陸の孤島」でもあるわけだ。
それだけあって、他の地域では絶えて久しい国による食糧配給が曲がりなりにも続けられてきた。大飢饉「苦難の行軍」に襲われる前の、社会主義計画経済が維持されていたころの北朝鮮が残っていたようなところだ。
ところが、昨年1月からのコロナ鎖国による影響は、慈江道に深刻な打撃を与えた。現地のデイリーNK内部情報筋によると、住民に対する食糧配給は今年1月から欠配となっている。人々は、山奥の村である渭原(ウィウォン)郡の古堡里(コボリ)まで食べ物の買い出しに出ているとのことだ。
三方を山に囲まれ、鉄道もバスも通っていない古堡里だが、村人自らが切り開いた畑でジャガイモ、トウモロコシ、キビなどが相当量取れることで知られている豊かな村だ。その一方で、加工食品や生活必需品などを入手するのは難しい。
そうした品々を持って行けば食糧と交換してもらえるとの噂が広まり、江界(カンゲ)、満浦(マンポ)、熙川(ヒチョン)など、道内の都市部から多くの人が押し寄せているという。
しかし、食糧が大量に持ち出されていることに気づいた当局は、村の入口3ヶ所に哨所(検問所)を設置した。その中の保衛部(秘密警察)が設置した哨所で、熙川からやって来たという30代の市民が、食糧と交換するため運んできた「木蘭ブランド」のテレビが、盗品であることが発覚した。
ただのテレビであったとしても、食糧難の深刻さを示す悲惨な話だが、このテレビ、実は金正日総書記が下賜した贈り物で、盗難届が朝鮮労働党の熙川市委員会に出されていた。
最高指導者の名前で下賜されたものを粗末に扱っただけでも政治的問題になるお国柄である。この市民は保衛部に逮捕され取り調べを受けているが、金正日印のテレビを盗んだとあって、ただでは済まされない。最高指導者の権威を傷つけたとして、処刑すらあり得る状況だ。
食糧事情の極度の逼迫に気づいた朝鮮労働党の慈江道委員会は、ようやく配給を行ったが、十分な量とは言えないとのことだ。今年の秋には今回配給できなかった扶養家族の分を配給するとの中央の指示が下されたと説明しているが、目先の食べ物に事欠く状況の現地では「これでは生きていけない」という住民らの悲鳴が聞かれるという。
今回行われた配給について、道内の江界市の幹部は、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の取材に、金正恩総書記が、戦時予備物資が備蓄されている2号倉庫を開き、全国の住民に食糧を供給せよとの特別命令書を発したと伝えた。
一般の労働者なら1人あたり15キロの食糧配給が原則だが、実際に職場に出勤した日や、勤労動員に応じた日を計算して配給されることになった。そうなると、実際に配給される量は、半分から3分の2に減らされ、所属している工場の稼働が停止中ならば、全く受け取れないという。
隣接する両江道(リャンガンド)の情報筋によると、現地でも配給を得られるのは労働者本人だけで、扶養家族の分は配給されず、当局は様々な言い訳を並び立てて量を減らそうとしており、住民からは不満の声が上がっているという。
また、「空っぽになった2号倉庫に再び食糧を備蓄するために、後日、住民を痛めつけて食糧供出を強いるだろう」との声もあがっている。