財政難の北朝鮮、国民の「タンス預金」吸い上げを画策
2018年7月26日(木)7時30分 デイリーNKジャパン
朝鮮半島を巡る緊張は緩和しつつあるが、北朝鮮に対する国際社会の制裁は緩和されず、懐の緊張状態は続いている。国内外からあの手この手でカネを引き出そうとしている北朝鮮だが、この財政難を古典的な大衆運動で乗り切ろうとしていることが、デイリーNKが入手した内部資料で明らかになった。
「沿線(国境)住民政治事業、金正日愛国主義を守り富強祖国建設に献身する真の公民、熱烈な愛国者になろう」というタイトルのこの資料は、北朝鮮当局が今年6月に中朝国境地域の住民を対象に行なった思想教育に関するものだ。
資料は、「敬愛する最高領導者金正恩同志は『すべてのイルクン(幹部)と党員と労働者が、金正日愛国主義を心の中で大切に守り、わが国、わが祖国の富強反映のための闘争に立ち上がらなけれなりません』とおっしゃった」の一文で始まっている。
金正日愛国主義とは、金正恩党委員長が政権についてから登場した一種の国家観、指導者のあり方を示すものだ。金正恩氏は2012年、朝鮮労働党中央委員会の責任イルクン(幹部)への談話「金正日愛国主義を具現して富強な祖国の建設を推し進めよう」で「社会主義的愛国主義の最高の精華です」「金正日同志が我が人民に遺した貴い精神的遺産であり、実践的模範です」などの定義を示している。
資料は「今、沿線住民の中には、祖国のために何を捧げたのかという良心の問いを自分自身に照らし合わせ、社会と集団、富強祖国建設に愛国の汗と熱情を捧げている人が多い」として、模範事例を列挙している。
その一つが、両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)にある牡丹商店の従業員が寄付を行った事例だ。
「従業員たちは金日成・金正日基金寄付証書を受け取った。皆が愛国の心を抱いて立ち上がり、20トンあまりの愛国米を国に捧げた」
「首領様(金日成氏)と将軍様(金正日氏)の銅像を奉る事業に多くの資金と物資を寄贈した」
北朝鮮当局はどうやら、多額の現金や大量の物資の供出と引き換えに、金日成・金正日基金の会員資格を与える形で、物資の献納運動を繰り広げる魂胆のようだ。
この基金は、両氏の遺体が葬られた錦繍山(クムスサン)太陽宮殿の維持管理の費用を募るために設立されたものだが、外国人や国内のトンジュ(金主、新興富裕層)から様々な名目で投資を募っている。
また、慈江道(チャガンド)の名誉党員と年老補償者(年金受給者)の事例も挙げられている。
「(悠々自適の老後生活を送ってもいいはずの年老補償者たちが)富強祖国建設に少しでも助けになることが、この国の民として当然のことだとして、皆が家で蚕を育てて昨年だけでも2.5トンの繭を生産する成果を得た」
「さらに、この2年間で数百トンの良質の堆肥を複合微生物肥料工場に送り、郡内の農業生産の向上に貢献した」
「他人が手を差し伸べてくれることばかりを待ってじっとしているのなら、いつまで経っても社会主義強国の建設はできない。強国の念願を現実のものとして花咲かせるためには、自ら努力する熱烈な愛国者になるべきだ」
このような思想教育は、北朝鮮当局が繰り広げてきた「隠れた英雄を範とする運動」の一環と思われる。この運動は、1979年に植物学研究者のペク・ソリなど4人に「労力英雄」の称号を与え、すべての労働者に対して見習うよう強調したことから始まったものだ。
また、1991年からは「チョン・チュンシルの党と首領に対する忠誠心と人民に対する献身的服務精神をすべてのイルクンと商業部門従事者が見習おう」という「チョン・チュンシル運動」が展開された。
慈江道の前川(チョンチョン)郡商業管理所長だった彼女は、30年に渡って物資節約運動を繰り広げ、世帯別物品配給手帳を作るなど、様々な創意工夫をしたことで金日成勲章と二重労力英雄称号を授与され、商業分野の模範的人物として称賛された。その後は、最高人民会議の代議員を長年にわたって勤めた。
これらは、何らかの目覚ましい成果を挙げた個人を称賛し、その行動を見習うことを求めるプロパガンダを繰り広げることで、生産性の向上を図る大衆運動だ。北朝鮮当局は今回も似たような手法で、北朝鮮庶民のタンス預金を供出させ、国の予算に当てようとの意図を持っているものと思われる。
北朝鮮では今までも、千里馬運動、三大革命赤旗獲得運動などの大衆運動が度々行われてきたが、成果に乏しく、弊害が目立つばかりだ。
また、市場経済化が進んだことで、国や社会に無関心で商売にしか興味を示さない人が増えていると言われている中で、このような運動を繰り広げたところで、さほど効果はあがらないだろう。結局は「自発という名の強制」がはびこり、国に対する不信感が高まる結果しか生まないことは火を見るより明らかだ。