インドネシア、IS戦闘員の帰還受け入れが生む葛藤

7月26日(金)6時0分 JBpress

2016年1月にジャカルタで起きた連続爆破テロの直後、イスラム国のシンパに抗議する女性(写真:AP/アフロ)

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(PanAsiaNews:大塚 智彦)


 インドネシアで今、中東のイラク、シリアに渡航してテロ組織「イスラム国(IS)」に参加した人々の帰還問題が焦点となっている。

 イスラム国家建設という宗教上の目的完遂と聖戦参加のために中東に渡りISに参加したものの、ISが弱体化し解体される中、母国へ帰還する戦闘員が相次いでいる。さらにイラク、シリア当局に拘束された外国籍の戦士やその家族も多数存在するが、イラク、シリアでは彼らに対する処遇が課題となっており、IS掃討の先頭になったシリア民主軍(SDF)を支援していたアメリカは、外国出身のIS戦闘員やその家族については、それぞれの出身国が帰還を受け入れるべきだと主張しているのだ。

 ヨーロッパ諸国の中には自国籍のISメンバーやその家族の帰還を認めないところもでる中、インドネシア政府は「母国帰還を容認する方向で検討」という柔軟な姿勢をみせている。

 ところが治安組織の中からは「インドネシアに帰還後に地元のテロ組織とつながる可能性がある」「新たなテロのネットワークを構築する危険がある」として慎重論が出るに至り、にわかに議論が噴出する事態となっているのだ。

 リャミザード・リャクード国防相は7月9日「ISに関係したインドネシア人の帰還を無条件で受け入れるわけではなく、一定の条件を科すのは当然である」との立場を明らかにしている。これまで報道などによると、政府部内からはISからの帰還インドネシア人は帰還時にインドネシアの国是でもある「パンチャシラ=建国5原則」への忠誠を改めて誓わせるとともに、一定期間は定められた場所に居住させ、再教育を受けさせるほかある程度の行動監視を義務付ける方向で検討が続いているという。


帰還予定IS関連インドネシア人は約100人

 ISの事実上の崩壊を受けてIS関係者を拘束しているイラクやシリアでは外国人に関してはIS内部での役割や過去のテロ行為への関与などを見極めた上で、母国政府が受け入れる場合は帰還を容認する方針も示しているという。

 これまでの情報では、IS関係者が収容されている施設にはインドネシア人の戦士とその家族(女性子供を含む)が約100人いるといわれている。こうしたインドネシア人は当然のことながら全員がイスラム教徒であることから、インドネシア国内のイスラム教団体や政府部内からも「彼らに第2の人生を歩む機会を与えることがイスラム同胞への対応ではないだろうか」との意見が出ており、こうした宗教的寛容性が「インドネシア帰還容認方針」に繋がっているのは間違いない。多種多様な民族、宗教、文化言語が混在するインドネシアが掲げるのが「多様性の中の統一」であり「寛容」であることもそうしたムード醸成の背景にあると指摘されている。

 インドネシア政府対テロ庁は関係者をシリア、イラクに派遣し、帰還を希望するインドネシア人の元ISメンバーからの事情聴取を始めた。「希望すれば誰もがインドネシアに帰還できるというものではなく、ISの教義などを棄てることなどの条件を満たすことが条件になる」との考えを示し、帰還が無条件でないことを明らかにしている。

 しかしその一方でこれまでにISに参加してすでに帰国している元IS関係者、シリア渡航を断念してインドネシアに留まっているISシンパ、さらにフィリピンやマレーシアなど近隣国でIS関連組織に所属して帰還したIS支援組織のメンバーなどがインドネシア国内にかなりの数存在している。

 こうした人物に関しては国家情報庁(BIN)や国家警察対テロ特殊部隊(デンスス88)などが情報収集するとともに警戒対象として監視活動を続けているとされる。

 そうした状況の中で新たに約100人のインドネシア人IS関係者の帰還を進めることは、治安機関、諜報機関にとって新たな負担を強いられることになるのは確実で、これが治安組織に残る根強い反対論の根拠となっている。


国内テロ対策急務の中での帰還容認

 インドネシア国内ではかつて国際テロ組織「アルカイーダ」と関連があったイスラム教テロ組織「ジェマ・イスラミア(JI)」の残党によるテロ活動に加えて、ISと関連がある、あるいはISに忠誠を誓ったテロ組織として「ジェマ・アンシャルット・ダウラ(JAD)」「ジェマ・アンシャルット・タヒド(JAT)」「ジェマ・アンシャルット・シャリア(JAS)」「ヌガラ・イスラム・インドネシア(NII)」「東インドネシアのムジャヒディン(MIT)」などが存在し、その規模の大小はあれ活動を継続していると治安当局はみている。

 インドネシアでのテロは13人が死亡した2018年5月13日の東ジャワ州スラバヤ市内にある複数のキリスト教教会、警察署を狙った連続自爆テロを最後に大きな犠牲を伴うテロ事件は起きていない。

昨年5月、自爆攻撃が起きたインドネシア・スラバヤの警察本部周辺で警備に当たる警官(2018年5月14日撮影)。(c)AFP PHOTO / JUNI KRISWANTO 〔AFPBB News〕

 しかしデンスス88によるテロの事前摘発は依然として続いており、3月12日にはスマトラ島北部シボルガで爆弾製造中だったJADのメンバーとみられる男性を逮捕したほか、5月17日には折からの大統領選挙投票日に合わせてテロを計画していたJAD関係者ら29人を逮捕している。さらに6月29日にはJIの幹部で重要指名手配していた容疑者を逮捕。7月3日には同じくJIの財務担当者とみられる幹部を内定捜査で逮捕している。

 このように治安当局の懸命の捜査と摘発でテロ発生が未然に予防されているのが現状といえ、こうした状況にさらにIS元戦士らを迎えることが「インドネシアの治安維持」にどう影響してくるのか、政府と治安組織の間で議論が続いているのだ。

インドネシア・ジャワ島東部のマランで、警察の特殊部隊が過激派とみられる5人を逮捕した家屋の周辺で警戒に当たる警察官ら(2016年2月20日撮影)。(c)AFP/Aman ROCHMAN〔AFPBB News〕

 加えて、1月27日にフィリピン南部スールー州の州都ホロのキリスト教会を標的にした連続自爆テロが発生し、捜査当局は実行犯がインドネシア人夫妻であることを確認しているように、近隣国でテロ事件にインドネシア人が関与するような事件や中東から東南アジアへシフトしたとみられるテロ組織の新たなネットワークへの対応も迫られている現状もある。


難しい判断迫られる大統領

 6月末から約2週間、イラク、シリア当局者と協議を重ね、なおかつ現地で収容されているインドネシア人IS関係者と面談してきた対テロ庁担当者は帰国後地元メディアに対して「現地での司法手続きがあり、希望しても誰もがインドネシアに帰還できるわけではない」として重ねて現地での司法手続きが優先されることを強調した。

 そしてすでにイラクでISに関与した罪で禁固15年の有罪判決を言い渡されたインドネシア人女性が2人いることを明らかにした。

 担当者はイラク、シリアで面談したインドネシア人のインドネシア旅券の有無の確認や個人情報とともにIS内部での役割、テロ事件への関与などの詳細についても情報収集したという。

 こうした情報を基に政府は治安当局と密接な協議を重ねて、帰還するIS関係者の選定、帰還時期、帰還後の処遇などについて現在詰めの協議を行っている。
 最終的な判断はジョコ・ウィドド大統領に委ねられることになる。4月の大統領選で勝利して次の5年間の政権維持が確定しているジョコ氏だが、今後は国民の88%と圧倒的多数を占めるイスラム教徒の意向を考慮しながら、一方で対テロ対策や治安情勢への影響も斟酌していくという難しい判断を迫られることになるだろう。

筆者:大塚 智彦

JBpress

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