中国版ゆとり教育の「双減」政策、その本当の狙いとは?

7月29日(木)6時0分 JBpress

(福島 香織:ジャーナリスト)

 1年以上前のことだが、とある大手証券会社からSDGs(持続可能な開発目標)関連銘柄(SDGsに取り組む企業の株式)を中心に運用した投資信託を強く勧められたことがある。だが、その運用先を見てみると、「好未来教育集団(TAL)」など中国の新興オンライン教育企業が複数含まれており、私はつい、TALのどこがSDGSなのか? と担当者を問い詰めた。

 目下の中国習近平体制は、「改毛超鄧」(毛沢東路線を焼き直して鄧小平路線を超える)という時代に逆行した路線をひた走っている。経済では民間企業に厳しい計画経済方向への先祖帰りを求め、西側の普遍的価値観を否定し、中国の社会主義核心価値を押し付け、文革時代のように徹底した共産党の指導による管理監視社会の実現を目指している。そんな中国の企業に、そもそもSDGsの概念が当てはまるのか。

 さら教育界では12K(幼稚園から高校までの教育)および大学に、イデオロギー教育の徹底が指示されており、「七不講」(注)が2013年に各大学に通達されて以来、人文系学問の自由が大幅に制限された。これに背く教授や講師、教師が学生、生徒に密告されて職を失う事例も1つや2つではない。

(注)「七不講」は次の「七つの口にしてはならないテーマ」のこと。(1)普遍的価値、(2)報道の自由、(3)市民社会、(4)市民の権利、(5)党の歴史的錯誤、(6)特権貴族的資産階級、(7)司法の独立。

 小学校では国家安全教育日(4月15日)に、スパイの密告奨励を教えられ、大学生は「ネット文明ボランティア」というネット紅衛兵のような役割を自ら志願して海外のSNSで国内外プロパガンダに勤しんでいる。そんな中国の教育界で、どうして民営のオンライン教育企業が「持続的発展が可能」と思えるのか。

 確かに2020年の1年をみれば新型コロナ流行の影響でオンライン教育市場が一気に拡大し、中国人の教育熱の高さや一人っ子政策の緩和などの傾向を見れば教育・学習企業はいかにも将来性がありそうに見える。だが、そもそも中国は学問・思想の自由の制限を強化しており、中国共産党がこの分野を民営資本や外資の好きなようにさせたままでいるわけがないのではないか?・・・というような理屈でケチをつけたのだった。


「双減」政策の導入で教育関連銘柄が暴落

 その投資信託は相当な手数料を取っているので、自信のある人気商品であったのだろうが、今になって私の判断が正しかったことが証明された。

 7月24日、中国政府(党中央弁公庁、国務院弁公庁)は、いきなり教育改革政策「双減」政策を打ち出し、教育・学習支援サービス産業の非営利化を決定したのだ。

 これを受けて週明け26日、ニューヨーク市場に上場していた好未来、新東方など中国の民間教育・オンライン学習支援企業が一時的に26%以上暴落した。この政策の発表は事前に予想されていたので23日の段階で、「高途」「好未来」「新東方」といった中国大手教育・学習支援企業のADR(米国預託証券)は63%、70%、54%と暴落していた。同様の総崩れ現象は香港株式市場も同じだ。

「双減」とは、一言で言えば「中国版ゆとり教育」。具体的には宿題と学習塾の2つを減らす、ということだ。

 正式名称は「義務教育段階の学生の宿題負担と課外授業負担のさらなる軽減に関する意見」。地方当局および関連部門は、この要請を真面目に実施するよう要請された。

 理念としては、良好な教育環境をつくり、保護者たちの子供の教育に関する焦り、悩みを緩和し、学生たちの全面的発展、健康的成長を促す、としている。

「鶏娃」(いくつもの習い事や塾を掛け持ちさせられ疲弊する子供)や「内巻」(学校など閉ざされた世界で否応なく競争に巻き込まれる状況)といった言葉で表現される青少年へのプレッシャーや、就学前児童向け教育・校外教育の家計への重すぎる負担を軽減し、保護者の間で激しい競争意識を生んでいる状況を解消し、勉強の場を学校に回帰させよう、ということだ。

 確かに受験競争を苦にした青少年の自殺や、教育費の重すぎる負担による保護者の自殺といった事件が起きている。また、競争のプレッシャーに耐えかね、努力の押し付けに反発する若者の間で、「躺平主義(寝そべり主義)」「喪文化」といった、無気力カルチャーも蔓延している。

 一人っ子政策が大幅に緩和され三人目まで生んでよい社会になっても、多くの夫婦が依然として一人しか生まない、あるいは子供を産まないと主張する理由は、教育費負担があまりに大きいからだ。

 だが、「双減」は本当にそういった問題解決のためだけの政策だろうか。


二度と投資先になり得ない教育サービス産業

「双減」政策の中身を見てみると、教育産業を資本と分断し、教育の本質に回帰させるもので、公立学校と校外教育(学習塾)の関係性を新たに定義し直し、教育の社会公共性と市場性のバランスを再構築するものだという。

 具体的には、幼児から高校までの学習段階で、学科の学習塾から趣味のお稽古ごとに至るまで、あらゆる教育において、認可基準、業務時間、資本運用などに詳細なルールが設けられることになった。

「双減」の通達部分で重要なのは、まず、学科類(数学や語学など学校で教える授業科目)に関わる教育サービス企業・学習塾は一律に上場が禁じられたこと。また、上場企業は株式市場を通じて学科類に関わる教育サービス企業・学習塾に投資することはできない。外資の教育産業の買収や経営受託、株式取得を通じた経営参与も禁じられる。外資のフランチャイズチェーンへの加盟も禁止。規約に違反している教育サービス企業・学習塾は整理される。

 つまり教育・学習支援サービス産業は二度と投資先にはなり得ず、すでに一級資本市場(債権発行市場)に参入している企業は退場ルートさえ用意されていない。二級資本市場(取引市場)に参入している企業も、株価は大暴落だ。


学習アプリやオンライン授業にも規制

 現在、学科類に関わっている既存の教育サービス企業・学習塾は非営利機構として認可を申請し、審査が通れば登録されることになる。

 学習塾などの運営日については、国家の法定祝日、休日、冬休み夏休みを占有してはならない、という。また、オンライン授業は学生の視力保護のため、30分を超えてはならない。授業と授業の間は10分以上の休息が義務付けられ、午後9時までに授業を終えることが決められた。

 さらに「拍照捜題」(教科書やテストの問題文を写真にとって登録すると答えを教えてくれる)などのアプリは学生の思考能力を劣化させる学習方法だとして、明確に禁止が打ち出された。宿題支援アプリとして人気の「小猿捜題」「作業帮拍一拍」はこの規定に従えば市場から退場となる。

 学習塾などが外国籍講師を雇用する場合は、国家関連規定に合致することが求められ、海外在住の外国籍者を講師として雇用することは厳禁となる。つまり、VIPKID、51talkなど外国人講師が授業を行う語学学習支援企業も重大な影響を受けることになる。

 就学前児童のオンライン教育は厳禁。幼稚園前教育、思考訓練クラスなどの名称で行われる幼児学習、外国語教育も厳禁となった。各地方政府には、就学年齢前の児童を対象にしたり普通高校の学科を教える学習塾に対し、新たな認可を出さないよう通達された。

 学科類以外のお稽古事を教える企業、組織についても、文化芸術、体育、科学技術などの各分野の主管部門が基準を制定し、厳しい審査を行って認可を出す仕組みとなっている。

 こうした教育・学習支援サービス企業はおよそ70万社あり、その雇用は1000万人以上というが、この分野の産業がおそらく壊滅状態になる。「好未来」など成人教育領域(留学や企業向け語学研修サービス)などの分野を開拓することで生き残り策を模索しているところもあるが、ほとんどが淘汰されていくことになる。広大な産業市場の利権は中国当局、地方政府当局が独占し、正常な市場競争のない状況で産業は衰退し、高学歴失業者が一気に増えることになろう。

 このほか、宿題にかかる時間(小学校は60分以内、中学校は90分以内で終わる分量にする)といった細かなことまで指導が入っている。

 この政策が本当に青少年や保護者にとって良いものであるか、というと私は怪しいと思う。確かに校外教育市場の過熱によって、子供たちは多すぎる授業に苦しみ、保護者たちは高すぎる教育費に苦しんでいる。だが、オンライン授業によって、北京の重点進学校レベルの授業が(お金があれば)農村にいても受けられるようになった。市場競争によって、学習システム、教育サービスが洗練され、進化していった面もある。なにも一律、非営利化を決める必要はあるまい。


教育を完全に掌握したい中国共産党

 実のところ、「子供たちや保護者のプレッシャー緩和、教育の本質回帰」という建前の裏にある本音は、1000億ドル規模と言われる教育・学習支援サービス産業から民間資本、外資を締め出し、中国共産党が教育の主導権をしっかりと握りたいということではないだろうか。

 中国の教育・学習支援サービス産業には、米タイガー・グローバルや日本のソフトバンク、シンガポールのテマセク・ホールディングスなどの関連投資会社が多額の投資をしてきたが、中国当局はこれが気に入らないのではないだろうか。

 なぜなら、中国共産党にとって学校は重要なイデオロギー統制のシステム、プロパガンダの場であり、洗脳機関でもあるからだ。中国共産党は、20世紀前半の東南アジアへの「革命の輸出」工作や戦後の対外統一戦線工作でも、「新華小学校」や「孔子学院」などでプロパガンダや思想工作を「教育」の名において行ってきた実績がある。教育に外資や民間企業が関わるのを警戒するのは当然だろう。

 中国版「ゆとり教育」政策が今後、子供たちの学力や教育レベルに影響を与えるのかは、その教育を受けた子供たちが成人したときになって初めてわかることである。日本の「ゆとり教育」政策は失敗だったという声が大きい。だが、こうした子供たちの学力・教育レベルの問題の前に、成長性のある1つの産業界を、ある日突然、1本の「意見」通達で完膚なきまでに叩き潰す中国共産党の暴力性には、いまだ中国市場に恋々とし続けている世界の投資家たちも改めて肝を冷やしたことだろう。

 習近平政権のやり方は、経済発展や経済秩序を無視してでも大衆を管理監督し、洗脳・支配し、自分に権力を集中させその独裁体制を長く維持することに集約されている。このような国で、ビジネスチャンスを見出し、競争に勝ち抜き利益を確定することがいかに難しいか、市場主義経済で生きている人たちは、今一度考えてほしいところだ。自由のないところに学問も経済も持続的発展の可能性などないということに気付いてほしい。

筆者:福島 香織

JBpress

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