寛容の国インドネシアで過熱するLGBTへの不寛容

8月2日(金)6時0分 JBpress

LGBTを象徴するレインボーフラッグ(2015年5月17日撮影、参考写真)。(c)GREGOR FISCHER / DPA / AFP〔AFPBB News〕

(PanAsiaNews:大塚智彦)

 インドネシアでいま、地方都市や人権団体、そしてマスコミから注目されている「市条例」がある。ジャカルタ南郊にある西ジャワ州デポック市が市議会で成立を目指している条例だ。性的少数者である「LGBT」の権利を制限する内容で、人権団体からは「差別条例だ」「人権侵害だ」と厳しい反対の声が上がっているが、条例案を7月議会の本会議に提出した野党「グリンドラ党」に対する市民の支持は強く、同党デポック支部は他政党の支持を取り付けて条例案の議会での賛成多数による成立を目指している。

 インドネシアは、世界第4位の人口(約2億6000万人)の88%がイスラム教徒という世界最大のイスラム教人口を擁する国である。建国の父スカルノ初代大統領の英断でインドネシアはイスラム教を国教とはせず、キリスト教、ヒンズー教、仏教など他宗教をも認めることで多種多様な民族による国家の統一維持を目指したことから、国是は「多様性の中の統一」であり、「寛容」こそがそのキーワード、と言われている。

 しかし、実際のところ最近のインドネシアを覆っている空気は、圧倒的多数のイスラム教徒による「暗黙のイスラム優先の押し付けと他宗教による忖度」で、性的少数者のみならず民族的少数者、宗教的少数者など「少数者」への偏見と差別、人権侵害が堂々とまかり通る深刻な状況に陥っているのが現状なのだ。

 デポック市でLGBT差別条例が議会に提出されて成立を目指す動きが真剣に検討される背景にも、そうしたインドネシア全体を暗雲のように覆う重苦しい空気が影響しているのは確実だ。


LGBTとエイズを関連付けた条例案

 条例を提案したグリンドラ党デポック支部のハムザ氏は、地元紙の取材に対し7月25日、「デポック市ではHIVの感染者が急増していることに関連してLGBTの人達の行動に対する市民からの苦情が届いている」と提案の理由について説明している。

 デポック市保健局によると、同市のHIV感染者は2014年に49人だったが、2015年には146人に増加、2016年に278人、2017年に372人と増加の一途をたどっているという。

 特に2017年の374人の感染者のうち、62%に当たる232人は年齢が25歳から49歳としている。ただし、保健当局はHIV感染が同性愛行為によるものかどうかなど、感染源や感染者の性別に関しては明らかにしていない。

 ハムザ氏によれば、デポック市議会の全政党がこの条例案を本会議で議論することには賛成しているという。「議会の全会派、政党が議題として取り上げることに賛成しており、市内の各宗教関係者からの支持も取り付けている」と主張している。

昨年11月、インドネシアの首都ジャカルタ郊外で行われた反LGBTデモ(2018年11月9日撮影)。(c)Sandika Fadilah Rusdani / AFP 〔AFPBB News〕

 デポック市ではすでに2012年に市条例16号で「公の場所での不道徳な行為」を禁じている。しかし「具体的にLGBTの人々の行為を禁じているわけではない。例えばカフェに同性の者同士が繰り出し、公衆の面前で抱き合う様子などは見たくない。デポックは住民にとって気持ちよく、そして宗教的に暮らしやすいところなのだから」と説明している。

 条例案では「LGBTによる公の場での同性愛を思わせる、キスや抱擁などの行為の規制や住民による監視、通報」などが盛り込まれているという。

 そこにはLGBTなど社会的少数者への配慮も人権感覚も感じられないものの、「市民の声」「多数を占めるイスラムによる宗教上の規範問題」という“錦の御旗”に誰もが正面切って反対しづらい状況が醸成されている。


政府与党支部からは条例案に疑問の声

 しかしマスコミなどでデポック市議会の動きが報道されるに従い、そうした「異常な空気」に懸念を示す一部政党から条例案に疑問を示す声が出始めている。

 ハムザ氏による「HIV感染者の増加がLGBTの人々と関係がある」かのような主張にはなんら科学的根拠がないことなどから政府与党である闘争民主党(PDIP)デポック支部からは「印象操作に基づく人権侵害の疑いがある」と本会議での討論に疑問を示す声が出ているのだ。

 PDIPデポック支部のヘンドリック・アンケ・タロ市議会議長は「この条例案はまだ本会議での正式な議題にはなっていない」としたうえで「たとえLGBTの人々の行為や行動が他の人々の目に余るとしても、条例を成立してまで個人の行動を過度に制限することには慎重になるべきである。なぜならLGBTの人々にも基本的人権があるからだ」と主張、市議会全体がLBGTの人々の行動を条例で規制しようとする動きに懸念を示している。

 インドネシアではイスラム法の限定的施行が許されているスマトラ島北部のアチェ特別州以外の全ての州で「同性愛などLGBTの人々の行為」は法律で禁じられていない。しかし、2018年には西スマトラ州の地方都市パリマンで「同性愛行為を禁止し、違反者は罰せられる」とする条例が成立した例が報告されている。


問われているのはインドネシアの寛容

 イスラム教では同性愛行為や男性の女装、女性の男装などを「イスラム教の教えに反する」として反対の姿勢を示している。反対を唱えるだけならまだしも、女装した男性を地域で吊るし上げる、集団で暴力を振るう、長髪を公衆の面前で刈り上げる、消防車のホースで水を浴びせて女装を脱がせる、男性らしい大きな声での発声訓練を強要する、などというリンチ(私刑)も横行するなど人権侵害事案が各地で相次いでいることも事実。

 同性愛者がよく集まるというカフェやマッサージパーラー、バーへの集団襲撃や警察による手入れもよく行われている。

インドネシア第2の都市スラバヤで、ホテルで行われていた同性愛者のパーティーで拘束された参加者たち。違法でないのに当局によるこうした人権侵害は後を絶たない(2017年4月30日撮影)。(c)AFP/JUNI KRISWANTO〔AFPBB News〕

 こうした風潮の中、首都ジャカルタに近く、最高学府のインドネシア大学デポックキャンパスも近いデポック市というジャカルタのベッドタウンでの反LGBT条例の行方が大きな注目を集めているのだ。

 ジャカルタの東に隣接する西ジャワ州ブカシ県スカタン郡では2019年5月に地元に暮らすヒンズー教徒の人々がヒンズー教寺院を建設しようとしたところ、イスラム教徒の集団が押しかけて「イスラムの土地を汚すな」「建設を強行すれば聖戦(ジハード)で抵抗する」などと反対する騒ぎも起きている。

 国を二分した大統領選が5月に決着し、再選続投を決めたジョコ・ウィドド大統領と、対立候補として惜敗したプラボウォ・スビアント氏とによる直接会談によって、選挙戦のわだかまりを解消する「和解」が7月13日に実現したインドネシアだが、国民の寛容に基づく「多様性の受容」がいま改めて問われていると言える。

 プラボウォ氏はデポック市議会に反LGBT条例を提案した「グリンドラ党」の党首でもある。しかし、プラボウォ氏がこの問題で公に発言したことはこれまでのところ、まだない。

筆者:大塚 智彦

JBpress

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