中国で教育改革が進むと不動産バブルが終わるワケ

8月6日(火)6時14分 JBpress

上海では、高層ビルやマンションの谷間に、最新のマンション相場をはるかにしのぐ「学区房」が点在する(筆者撮影、以下同)

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(姫田 小夏:ジャーナリスト)

 中国・上海に静安区というエリアがある。目抜き通りの南京西路にオフィスビル、ショッピングセンター、ブランドショップ、高級マンションが建ち並ぶ、上海市の一等地だ。中古住宅の平均平米単価は8万元(約128万円)を超え、多くの富裕層が居住することでも知られている。

 実は上海には、住宅がさらに高価なエリアがある。

 地下鉄2号線と7号線が交差する静安寺駅を北上した場所に「海防村」という住宅地がある。海防村では、26棟の低層の集合住宅に365世帯が居住している。建物は決して高級とは言えず、築20年の経年劣化は否めない。一部のバルコニーは塗装が剥げ落ち、物干しなどの金属部分には錆が浮き出ている。

 だが、海防村の中古住宅は驚くべき値段で取引されている。2018年5月時点で平均平米単価は14万6138元(当時のレートで約234万円)。静安区の最新・最高級と言われる中古マンションの約1.8倍だ。同時期に4階南向き47.9平米の物件がなんと700万元(約1億2000万円)で成約していた。


価格が高騰した「重点学校」周辺の住宅

 なぜ、築20年の住宅がこんなに高値で取引されているのだろうか。上海出身の男性に話を聞くことができた。その男性はこう説明する。

「海防村の近くに『上海市静安区 教育学院附属学校』という公立の有名な重点学校(筆者注:中国政府が特に教育に力を入れている進学校)があります。海防村に住んでいると、この学校に入学できるため、誰もが海防村の住宅を欲しがっているのです。私の家の近所に住んでいた人も、子どもが生まれるとすぐに海防村の住宅を購入しました」

 中国の義務教育では、自宅から近い学校に入学する学区制が敷かれている。上海市静安区には13の公立の重点小学校があるが、そこに優先的に入学するには、それぞれの学校に対応する「学区房」に戸籍がなくてはならない(中国の「戸籍」は日本の住民票に近い)。「上海市静安区 教育学院附属学校」への入学を目指すならば、海防村または蒋家巷に戸籍を置くことが条件になる。そのため、海防村の狭くて古びた住宅に“天井知らずの価格”がつくようになったというわけだ。

 教育熱心な親は、子どもが小学校に入る前に重点学校の近くの物件を購入し、卒業と同時に売却する。投機マネーも入り込み、重点学校がある学区房の住宅には、戸籍は置いてあるものの実際には誰も住んでいないというところも出現している。


「公平」ではなかった義務教育

 もちろん中国政府はこの状況を把握し、問題視している。政府が進める教育改革は、こうした状況の改善も目標の1つとなっている。

 今年(2019年)4月に政府が発表した「2019年 新型城鎮化建設重点任務」に、教育改革の大きな方向性が打ち出されている。その大きな柱の1つが「居住証を持つ子女への公立校の開放」だ。

 中国の義務教育は6歳から始まる。小学校の6年間と初級中学校(日本の中学に相当)の3年間、合わせて9年間が義務教育期間である。今年7月、国務院は「全面的に義務教育の質を高めるための意見」(以下「意見」)を提出した。「意見」には義務教育に関するさまざまな新しい規定が打ち出されている。たとえば以下のような項目だ。

・公立小学校、私立小学校の願書提出は同時に行う。
・各種試験や試合などの成績(筆者注:例えば数学オリンピック)や証明書を、新入生の募集要項にしてはならない。
・面接や試験などで学生を選抜してはならない。
・応募人数が募集人数を上回った場合は、コンピューターによる抽選で入学を決める。

 これらの改革案に、保護者の間から賛否両論が沸き起こった。「公立と私立の願書提出が同じ日に行われると、併願によるすべり止め対策ができなくなる」「試験が廃止されると学校間競争がなくなり、学校のレベルが低下する」といった否定的な意見も聞かれる。しかし政府は「義務教育なのだから、誰にでも公平に教育が与えられるべきだ」として、改革を推し進めようとしている。


「住宅は住むための場所だ」

 政府が打ち出した教育改革案は、もう1つの点で大きな注目を集めた。多くの中国人が、一連の教育改革が進めば学区房は価値を失い、「不動産価格がいよいよ下落し始めるのではないか」という気配を察したのだ。

 今年(2019年)4月に政府が発表した「2019年 新型城鎮化建設重点任務」には、都市への出稼ぎ世帯に対して教育の機会を増やす政策が打ち出されており、そこには「居住証を持つ子女への公立校の開放」がうたわれている。こうした政策に、今後は「学区房物件の有無」があまり重要ではなくなるのではないか、と解釈する人もいる。「これまで住宅を買いさえすれば戸籍も簡単に移すことができたけど、今後は実際に居住する義務が出てくるとか。そうなると学区房への投機は減るだろうし、価格もきっと下落するはず・・・」 そう憶測する中国人は少なくない。

 日本ではあまり伝えられていないが、中国では学区房こそが住宅バブルの“諸悪の根源”だとされてきた。もし、政府の一連の教育改革が功を奏せば、暴騰した学区房の住宅価格は低下する可能性が出てくる。それによって、高止まりしている上海の住宅市場は徐々に“バブルの泡”を縮小することになるかもしれない。

 7月、中国ではSNSアプリ「微信(ウィーチャット)」で「さよなら、学区房」というブログが拡散された。「住宅は住むための場所だ」と強く訴えるその文章からは、住宅価格の高騰で我が子に満足な教育を与えられなかった保護者の怒りがにじむ。賛否両論の義務教育改革だが、狂った住宅市場が正気を取り戻す日が来るかもしれない。

筆者:姫田 小夏

JBpress

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