「共産党関連本排除」で甦るインドネシアの歴史の闇

8月8日(木)6時0分 JBpress

2019年6月5日、インドネシアのバンダ・アチェのモスクで、ラマダン明けの祝祭で祈りを捧げるイスラム教徒たち(写真:ロイター/アフロ)

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(PanAsiaNews:大塚智彦)

 インドネシアのイスラム教団体が、地方の一般書店で法律により非合法とされている共産主義に関連する書籍の調査を実施し、発見した書籍について、店頭から撤去し発行元へ返送するよう書店側に要求していたことが8月6日までに英字紙「ジャカルタ・ポスト」の報道で明らかになった。

 こうした事態に地元の識字運動団体や作家協会などが「表現の自由」に反する行為であると反発し、地元警察もイスラム団体にそうした権限がないことから事実関係の捜査に乗り出している。


イスラム教団体による「禁書狩り」

 スラウェシ島南スラウェシ州の州都マカッサルにある総合商業施設「トランス・モール」の中にある全国チェーンの書店「グラメディア」に8月4日、地元のイスラム教徒を代表するという組織「インドネシア・モスリム旅団(BMI)」のメンバーが押しかけ、書店内にある書籍の「点検」を始めたという。

 メンバーは「法律で禁止されている共産主義、共産党関連の書籍を見つけることが目的」として売り物の書籍の書名、内容などをチェックし始めた。

 地元紙によるとその後メンバーはマルクス主義やレーニン主義に関係する書籍3冊を発見し、書店員に対して店頭から撤去して書籍の発行元に当該書籍を即座に返送するよう要求したという。

 連絡を受けたマカッサル警察が8月5日にBMIの指導者とされるムハマド・ズルキフィル氏から参考人として事情を聞いており、違法行為がなかったか調べている。

 上部機関である南スラウェシ州警察のディッキー・ソンダニ報道官は「地元警察の調査結果を待ってから対応を決める」としながらも、BMIの行為を是認する法律はなく、いずれにしろ違法行為である可能性が高いと地元紙に対して話している。

 この一件、インドネシアの人々は非常に深い憂慮を抱いて眺めている。インドネシアで共産主義の影がチラつき出し、それにイスラム教団体が過敏に反応するという構図は、かつて繰り広げられた共産党関係者の「大虐殺」を想起せざるを得ないからだ。


インドネシアでの共産主義の歴史的背景

 ここでインドネシアの共産党の歴史について説明しておこう。

 インドネシアでは1941年の日本軍による占領以前のオランダ植民地時代に、共産党が東南アジアで最も早く合法的に結党されている。その後太平洋戦争中は地下組織となるも、終戦、そして独立を宣言した後の1945年10月に再建された。

 初代スカルノ大統領時代に合法政党として支持を拡大したが、影響力増大を危惧する軍部や自由主義陣営から危険視されるに至った。

 そうした中、1965年9月30日から10月1日にかけて一部軍人によるクーデターが発生し、軍高官らが殺害されるいわゆる「930事件」(9月30日事件)が起きた。クーデター自体は未遂に終わったが、共産主義者と一部軍部との関係が指摘され、共産党関係者、シンパなどが全国的に殺害される事態に発展。追い込まれたスカルノは大統領を辞任し、陸軍大臣として共産党解体の指揮を執っていたスハルトに大統領権限を委譲せざるを得なくなった。以来、インドネシアでは共産党は非合法化され、共産主義にまつわる書籍、文書、さらに共産主義や共産党の象徴である「鎌と槌」のシンボルもタブーとなっている。

 現在でも歴史を知らない若者が共産党のマークがプリントされたTシャツなどを着用していたり、外国人観光客がそうしたマークを身に着けていたために、群衆に暴行されたり糾弾されたりする事件がマスコミに取り上げられることがある。

 1998年に崩壊するスハルト長期独裁政権時代は日本や中国からの共産党ないし共産主義に関連する書籍や文書の持ち込み、所持は厳しく検査されていた。

インドネシアの首都ジャカルタで、警備隊らにあいさつするスハルト大統領(当時)(1998年5月22日撮影)。(c)AFP/AGUS LOLONG〔AFPBB News〕


共産党との関係を疑われた者の苦難

 930事件以降、インドネシアのスマトラ島、ジャワ島、バリ島などを中心に吹き荒れた嵐のような共産党関係者粛清の犠牲者は約50万人とされるが100万人以上との説もあり、正確な数字は未だに不明だ。

 殺害を免れたものの流刑島であるブル島に送られて長年服役した共産党シンパ、関係者とされた人々も多い。

 インドネシアを代表する作家でノーベル文学賞候補に何度もその名前が挙がったプラムディア・アナンタ・トゥール氏(2006年死去)も共産党との関係を疑われ、10年以上の流刑生活をブル島で送った経験があった。

 流刑生活から解放後も、地元の共同体では「元共産主義者」の烙印を押されて社会生活での差別が続き、未知の土地で身元を偽っての生活を余儀なくされるなど、その苦難が生涯続いた人も多いとされている。

 2012年に公開されたイギリス、デンマーク、ノルウェー共同制作による映画『アクト・オブ・キリング』は、共産主義者の粛清という名の虐殺に関わった加害者の視点から歴史を振り返ったドキュメンター作品として公開された。映画の中で殺害に加担した人々の言い訳が繰り返され、被害者やその関係者にとってはやりきれない内容となっている。


共産主義の亡霊が再び闊歩か

 今回マカッサルの書店で起きた事案は、インドネシアの歴史で「悪夢」「亡霊」ととらえられている「共産党、共産主義」が再び頭をもたげてきたことを多くの国民に想起させており、嫌なムードを醸し出している。

 マカッサルの識字運動団体や作家協会は「知識をえるための読書という手段を阻害する許されない行為である」と反対の声を素早く上げてBMIを非難している。

 地元作家協会の創設者でもありマカッサル大学文学言語学部のアスラン・アビディン講師は地元紙に対して「BMIに書店の書籍を検査する権限などない。むしろ一般の読者はマルクスやレーニンによる資本主義を批判する書籍を読むことで知識を広めることは必要なことである」とBMIの行為や共産主義、共産党に関する書物を“禁書”とすることに警戒感を表している。

 共産主義を非合法とする一つの根拠とされるのが1945年制定憲法の前文に記された国是のパンチャシラ「国家5原則」の第1項である「唯一神への信仰」に反すること、と言われている。「宗教の存在を認めない共産主義は許されない」という論法である。

 一方でインドネシアには、「多様性の中の統一」や「寛容性」という建国時の国是があるのだが、価値観の多様化の進展にも関わらず、現代の同国では性的少数者、宗教的少数者、民族的少数者などの社会的少数者への差別が表面化し、社会問題となっている。国是などインドネシア人のアイデンティティーに関わる価値観が揺らぐなか、共産主義・共産党という古くて新しいイデオロギー問題までが浮上し、歴史の「闇」が再び注目を集めだしている。インドネシアの重い社会問題がまた一つ増えたと言えそうだ。

筆者:大塚 智彦

JBpress

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