中国で流れた「習近平が吊るし上げられる」という噂

8月13日(月)6時12分 JBpress

北戴河会議は毛沢東時代から始まったとされる(資料写真)

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 8月の初旬、中国では恒例の北戴河会議なるものが開催される。これは中国共産党の現役幹部と共産党OBが行う秘密の会合である。いつ開催され、いつ閉会したか、またどんなことが話し合われたかなどについて、一切の公式発表はない。

 北戴河は渤海湾を望む海辺の避暑地。水泳が好きだった毛沢東がよく滞在した。その際に北京から幹部を呼びつけて、非公式な話し合いが行われたことが起源とされる。

 中国共産党の多くの公式会議は秋に開催されるが、北戴河会議ではその事前相談が行われる。特に、長幼の序を重要視する中国では、執行部が人事案の内諾をOBから得る場とされる。

 今年は北戴河会議を前にして「習近平がOBから吊るし上げに遭う」という噂が広まった。共産党の規約に反して個人崇拝を推し進め、かつ対外強硬路線を押し進めたために、米国と抜き差しならない貿易戦争に陥ってしまった。その責任が追及されるというのである。個人崇拝を推し進めた王滬寧政治局常務委員が会議に姿を見せず、失脚したなどのニュースも流れた。

 今回は、この一連の報道について考えてみたい。筆者は、これらの一連の報道は「木を見て森を見ない」ものであり、一部の事象をあまりに針小棒大に取り上げているように思う。


なぜ「吊し上げ」報道が生まれたのか

 そもそもなぜこのような報道がなされるかと言えば、中国共産党が徹底的な秘密主義を貫いているためだ。内部における意見の対立が公式に発表されることはない。その結果、メディアは共産党の有力者(本当に有力者であるかどうか不明)から極秘に聞いた話に、各種の色付けを行ってニュースを作っている。また、インターネットが発達した現在、海外に逃亡した中国人が発信する情報がニュースソースになっているケースも多い。

 逃亡した中国人は経済的な犯罪を行った者が多い。もちろん純粋に政治的な理由で逃亡した人もいるが、その多くは米国に逃亡した郭文貴のように、汚職の追及を受けた者たちだ。彼らは共産党に恨みを抱いている。そして、有力者であったために、中国に多くの知己を持っている。彼らが何らかの伝手を使って得た情報が、海外からインターネットなどを使って発信されている。郭文貴も共産党内の腐敗を暴露し、習近平の盟友である王岐山の汚職を告発した。

 秘密主義の中国共産党の内部を知るには、このようなニュースソースは不可欠である。ただ、それに振り回される必要はない。中国という巨大な存在は、個々のニュースから考えるより、もっとマクロな視点から見つめるべきである。


変容した北戴河会議

 筆者はもはや北戴河会議は形骸化していると思う。第1の理由はOBが弱くなっていることにある。OBが強い力を有していたのは、鄧小平の時代までである。鄧小平自身が現役を引退しても隠然とした力を有していたことはよく知られているが、その時代には鄧小平と同様に革命戦争を生き抜いたOBが多数存命していた。

 退いてからも尊敬されるには白刃の下で戦ったという伝説が必要である。サラリーマンOBが尊敬されないことは、日本人でもよく分かるだろう。

 鄧小平といえども、革命の元勲を無視することはできなかった。彼らが、鄧小平が登用した胡耀邦や趙紫陽を解任した。そんな歴史があるために、中国共産党ではOBが人事に対して大きな力を持っているという神話が作られてしまった。

 だが、現在、北戴河会議に集まるOBは白刃の下で革命戦争を戦った元勲ではない。そのほぼ全ては官僚OBである。そんなサラリーマンOBの中で、習近平を吊し上げることができるのは、総書記や首相を経験した江沢民、朱鎔基、李鵬、胡錦濤、温家宝の5人ぐらいだろう。

 しかし、江沢民はほとんどいわゆる“ボケ老人”であり、現時点では、北戴河に行ったかどうかも不明。李鵬も朱鎔基もこの秋に90歳になる。習近平を吊し上げる元気があるかどうか分からない。

 そして、この5人には共通点がある。それは、海外に逃亡した人々から一族の汚職を追及されていることである。彼らは現執行部である習近平の庇護がなくなれば、妻や息子や娘が逮捕されかねない状況にある。他の小物OBの状況も似たようなものである。多くは海外のネットで一族の汚職が話題なっている。そんな状況でOBが習近平を吊し上げることができるのだろうか。

 現在の北戴河会議は、OBが現役を叱りつける場ではなく、OBが自身と一族の身の安全を現執行部にお願いする場に変わっているとみてよいだろう。だから、この数年、習近平への権力の集中が進んだのだ。


習近平が追い込まれているのは事実

 ただ、火のないところには煙るは立たない。多くの人々が、習近平の推し進める路線に不安を感じ始めたことは事実だろう。

 その不安の震源地は経済である。中国バブルは崩壊が言われながらいつまでも崩壊しなかったが、ここに来て多くの人が今度は本当に崩壊するのではないかと思うようになった。

 その最大要因は米国との貿易戦争である。だから、対外強硬論を推し進めた習近平に責任があると考えたのだ。しかし、尖閣諸島や南シナ海を挙げるまでもなく、対外膨張主義を始めたのは習近平ではない。21世紀に入った頃からの共産党の一貫した方針である。

 それを支えたのは、どの国でも同じであるが、「中国は偉大な国だ」と思いたがる一般民衆である。戦前の日本の軍部と同様に、共産党は民衆の夜郎自大的な思いを煽ったのだ。いったん民衆が自国を「すごい国」と思い始めると、それをなだめるのは容易ではない。もし、習近平がトランプに頭を下げて南シナ海から撤退したら、民衆は習近平を弱腰と強くなじるだろう。それこそ失脚の原因になるかも知れない。

 そして、貿易戦争はもっと始末が悪い。トランプが言うように、米国への輸出を減らせば、それは国内に出回る資金の減少を意味し、バブル崩壊の引き金になりかねない。また、1970年代から1990年代にかけて日本の自動車産業が行ったように、工場を米国に移せば、中国で失業が大量に発生する。

南アフリカ・ヨハネスブルクで講演する習近平国家主席。世界的な貿易戦争で「勝者は出ない」と述べ、米国のトランプ政権を牽制した(2018年7月25日撮影)。(c)AFP PHOTO / GIANLUIGI GUERCIA〔AFPBB News〕

 習近平は追い込まれてしまった。そして、それは中国共産党支配が追い込まれてしまったことに他ならない。習近平の危機と共産党の危機は同義語である。

 北戴河に集まったOBや現役幹部はバカではない。数年前からこのような事態を想定していた。だからこそ、その困難を乗り越えるために習近平への権力集中を容認し、習近平もそれに乗ったのだ。しかし、トランプから想定していた以上に強い癖玉を投げつけられてしまった。現在、その対応に苦慮している。その右往左往が、「北戴河会議で習近平がOBに吊し上げられる」という話を作り上げてしまったのだろう。

 紙幅がないために詳細を述べることはできないが、この一連の動きは、中国共産党の支配が終わり始めたことを示している。

 経済の繁栄をレゾンデールとした共産党支配は行き詰まった。共産党支配崩壊の1ページ目が開いたと言える。だが、それはまだ1ページ目に過ぎない。強力で巨大な中国共産党の支配が終焉するには、これから長い時間と多くの悲劇が必要になる。

筆者:川島 博之

JBpress

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