インドネシア東端で激化、軍と武装集団の衝突

8月16日(金)6時0分 JBpress

2016年12月、首都ジャカルタで西パプアの独立を訴えデモを行う「自由パプア運動」(OPM)の人々(写真:AP/アフロ)

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(PanAsiaNews:大塚 智彦)

 グリーンランドに次ぐ世界で2番目に大きな島「ニューギニア島」は、東半分を独立国であるパプアニューギニアが占め、西半分はパプア州と西パプア州からなるインドネシア領となっている。インドネシア領としては最東端に位置するパプア州は民族的にはニューギニア高地人とメラネシア系の住民が先住民族で、インドネシア併合後は移民政策でジャワ人などが多数入植、インドネシア同化政策が進められている。

 首都ジャカルタがあるジャワ島から遠隔地であることや山岳地帯が多いことなどからインドネシアでは最も開発が遅れた地域とされ、分離独立を求める武装組織「自由パプア運動(OPM)」による独立運動が、弱体化しながらも現在も続いている。

 そのため外国メディアによる自由な取材活動も制限され、OPMやその分派が活動を続ける中部山岳地帯などの取材には警察当局の許可が求められることが多い。


警察官を拉致して殺害

 そのパプア州で現在、2018年に発生した道路建設作業員19人の殺害事件に関連して「治安維持」を名目に増派された国軍、警察部隊と武装勢力による衝突が繰り返されていることが改めて注目される事態となっている。

 この8月12日に、プンチャック県ウシル村で活動中の警察官が正体不明のグループに拉致され、約6時間後に殺害されているのが発見されたためだ。

 事件はインドネシア国内で大きく報道され、ユスフ・カラ副大統領は14日に「反撃する必要がある」と発言。リャミザード・リャクード国防相も「警察官を殺害したグループは壊滅させる」と強硬姿勢を示し、インドネシア世論は現地武装勢力に対して厳しいものになりつつある。


相次ぐ襲撃や治安部隊との衝突

 もう少し詳しく経緯を振り返ってみよう。

 2018年12月2日、ンドゥガ県イギ郡のパプア縦断道路建設工事現場で州外からの出稼ぎ労働者ら19人が正体不明の集団に襲撃されて殺害される事件が起きた。当時は翌年4月の大統領選、総選挙を控えた時期だったので、「パプアの独立運動激化」という印象を回避するためか、政府や治安組織は単なる「犯罪集団」による犯行とみなしていた。

インドネシア東部パプア州で発生した大量殺害事件の犠牲者の遺族。インドネシア南スラウェシ州の州都マカッサルで(2018年12月7日撮影)。(c)AFP/YUSUF WAHIL 〔AFPBB News〕

 そうした中、2019年3月7日には同県同郡で移動中の軍部隊が待ち伏せ攻撃され、兵士3人が死亡する事件が起きた。襲撃側も7人が現場で殺害されたとされる。さすがに当局も、この犯行は犯罪集団というよりOPMの分派、あるいは別組織との見方を示して、現地に約600人の兵士を急派して治安回復と武装組織掃討作戦に着手したのだった。

 地元紙「テンポ」や「ジャカルタ・ポスト」などの報道を総合すると、軍や警察の増援部隊が展開する中、同郡ではパプア人の一般住民が近隣の村落や山間部に避難したり、学校が休校したりするなど市民生活に深刻な影響が出はじめていたという。

インドネシア東部パプア州ワメナで、仮設の避難所で授業を受ける子どもたち(2019年2月12日撮影)。(c)TARSI/AFP 〔AFPBB News〕

 そうした事態のさなかに起きた今回の警察官殺害事件だけに、政府や治安当局は事態を重視して「掃討作戦の徹底」を進めようとしている。もっとも増派部隊による一般のパプア住民への尋問・捜索はこれまでも過酷を極め、放火や脅迫、暴行が横行し深刻な人権侵害が起きているとの情報もある。

 国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」やパプア人の人権擁護団体、さらにキリスト教徒が多数のパプアで活動するカトリック教会関係者などは、ンドゥガ県地域を中心に多数の住民が治安部隊から逃れるため難民化しており、その結果2018年12月から2019年7月までに飢餓や治安部隊の暴行などで182人が死亡したとしている。「軍や警察は地域の教会を占拠してそこを拠点にして武装集団捜索の名目で民家を焼き払っている。そのため多数の住民が山間部に避難せざるをえなくなっている状況だ」とパプア人人権団体関係者は指摘している。

 これに対し政府側の発表によると死者は59人であり、「182人の死者説は偽情報であり、人権侵害も事実ではない」としている。

 国家警察のデディ・プリセトヨ報道官も地元メディアに対して「国軍と警察は現地の地域の安定に寄与しており、我々の存在に住民は安心して生活している。人権侵害をしているのは現地の犯罪者集団であり、独立組織である」との見解を示し、双方による非難合戦、責任の押し付けが繰り返されている。

 パプアのンドゥガ県やプンチャック県などの遠隔地で何が起きているのかは、地元インドネシアメディアも現地取材が困難なため、インターネットやテレビ電話などで現地治安当局者にインタビューするなどして情報を得るしかなく、実情はよく分からない、というのが正直なところだ。


インドネシア軍の侵攻で葬られた独立

 パプア州と西パプア州はかつてイリアンジャヤ州と呼ばれる一つの州で、1961年に植民地支配していたオランダが独立を認めたものの、直後にインドネシアが軍事侵攻して占領。1969年に住民による「独立か、インドネシア併合か」を問う住民投票を実施したが、結果を無視してインドネシア領に併合され、以後OPMなどによる独立を求める武装闘争が今日まで続いている。

 パプア州南部にあるティミカは世界的な銅・金の産出地である。米フリーポート社による銅・金の産出と精錬の一大工場地帯で部外者の立ち入りが厳しく制限された場所で、インドネシアがパプアを手放さなかった最大の理由がその豊富な地下資源にあると言われている。

 こうした背景はスマトラ島北部で長らく独立武装闘争が続いたアチェ特別州も豊富な石油資源があったことと同じである。


実際に何が起きているのかは不明

 インドネシア政府の姿勢をさらに強硬にしたのは8月13、14日に南太平洋のツバルで開かれた太平洋諸島フォーラム(PIF)という南太平洋の18カ国・地域が参加する国際会議に、主催国バヌアツの代表一員という形で英国在住のパプア独立武装組織の幹部が参加したことだ。

 人権問題を主に伝える「ブナール・ニュース」の報道によると、インドネシア政府は外交ルートを通じてフィジーのPIF本部に口頭と書簡で「インドネシアはそもそもPIF正式メンバーではなく、パプアの問題は内政問題であり、武装勢力の参列はインドネシアに対する敵対行為である」と抗議したという。

 1998年に民主化の波で崩壊したスハルト長期独裁政権の時代には、パプア地方(当時はイリアンジャヤ州)は東ティモール、アチェとともに国軍による「軍事作戦地域(DOM)」に指定され、精鋭部隊が派遣されて独立武装組織との戦闘が繰り返された。その結果、多くの犠牲者とともに人権侵害事件が発生、国際世論の批判を浴びた。

 その後、東ティモールは2002年に住民投票結果を受けて独立を果たし、アチェ特別州は2004年12月のスマトラ島沖地震・津波の甚大な被害を契機に特別自治を認める形で独立運動は終焉した。

 そのため、現在も独立武装運動が継続されている唯一の地域であるパプアは、インドネシア政府や治安部隊にとっては「喉に刺さったトゲ」であると同時に、国軍部隊や警察が唯一「実戦」として作戦を実行できる地域として残されている。

 OPMはアチェの「自由アチェ運動(GAM)」や東ティモールの「ファリンテル」などの武装組織・勢力に比べると組織も構成員、所持する武器も貧弱で、インドネシア軍が本腰を入れて掃討作戦を実行すれば間違いなく壊滅は可能と言われている。

 しかし、そうしない理由が民主化の時代に武装治安組織として軍が存在感を示し、社会安定に寄与する姿を国民に示す場所、機会としてパプアが利用されているとの見方が説得力を持って指摘されているのだ。

 「実際には何が起きているのか分からない」と多くのインドネシア人記者は見ている。そして「何が起きていてもおかしくない」とも断言する。

 ニューギニア島に生息する極楽鳥(フウチョウ)は最も美しい鳥と言われ、もちろんパプア州でもその貴重な姿を見ることができる。インドネシア語で「チェンドラワシ」という極楽鳥はパプアのシンボルでもあるのだが、パプアの予断を許さない現状は、「極楽」の名にはあまりに相応しくないと言えるだろう。

筆者:大塚 智彦

JBpress

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