インドネシア、「パプア人差別」の禁忌犯し暴動発生

8月26日(月)6時0分 JBpress

パプア州ファクファクでの暴動の様子。(写真:AP/アフロ)

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(PanAsiaNews:大塚智彦)

 東南アジアの大国インドネシアが今、重大な治安問題と政治課題に直面している。広大な国土の最東端、ニューギニア島の西半分を占めるパプア州、西パプア州の各地で先住民族でもあるパプア人の積年の鬱憤、怒り、不満が爆発し、デモや集会から一部が暴徒化して公共施設の放火や破壊など騒乱状態となっているのだ。

 インドネシア政府は8月21日に両州でのインターネットのアクセスを全面的に制限する措置を取った。「偽情報や誤ったニュースによるさらなる治安悪化」を防ぐためというのが情報通信省の言い分で、期間は「治安状況が改善するまで」と明示していない。この措置に対しインドネシアの「独立ジャーナリスト連盟(AJI)」は22日に「通信制限はパプアの人々の人権侵害そのものである」「現地でのジャーナリストの取材活動も制限される」として、パプア人に対する政府、治安当局の対応そのものが「差別」に根差していることを指摘している。

 各地でパプア人のインドネシアへの不満が噴出する事態を受けて、政府閣僚や国家警察幹部、政党関係者などはこぞって「パプア人も同じインドネシア国民、紅白の国旗の下に一致団結」と事態の沈静化を懸命に訴えている。

 しかしパプア人にはそうした言動は白々しい言い逃れにしか聞こえず、対話を呼びかける一方で、8月19日には多くの軍兵士や警察官が治安維持のためとして現地に増派されて厳戒態勢が敷かれ、ネットは制限されるなどパプア人の生活は著しい不便に見舞われているのが現状なのだ。

 このように事態の深刻化を招いたのは、治安組織による情勢判断の間違いと、その後の動向を甘く見たという誤算、さらに政府による泥縄式の対策などによる相乗作用の結果といえるが、根底には根深く横たわるジャワ人をはじめとする非パプアの人々によるパプア人への優越感に基づく差別意識があるのは間違いない。


パプア人学生に対する侮辱、嘲笑、罵倒

 8月17日、ジャワ島東ジャワ州の州都スラバヤにあるパプア人大学生の住む学生寮に、警察官らが家宅捜査のために踏み込んだ。インターネット上にインドネシア国旗を侮辱して廃棄する映像がこの日アップされたのだが、学生寮の国旗が消えていたことから「犯行現場」と目され、集まった一般市民の見守る中で捜索が始まり43人のパプア人学生が身柄を拘束されたのだ。

 この際、治安当局者や市民からパプア人学生に対し「サル」「ブタ」「イヌ」「コテカ(ペニスサック)」などと侮辱、嘲笑、罵倒する言葉が投げかけられた。当時の現場を記録した映像からそれは確認されているという。

 このスラバヤでの出来事がニュースやインターネットで瞬時にして国中に伝わると、パプア州や西パプアの地方都市で怒ったパプア人が町に繰り出して抗議のデモを始めたのだった。

インドネシア・西パプア州マノクワリで警察と対立するデモ参加者ら(2019年8月19日撮影)。(c)AFP 〔AFPBB News〕

 19日にはスラバヤ市長、東ジャワ州知事らがテレビカメラの前で「パプ人学生への差別発言があったことを陳謝する」と市民による差別発言を謝罪した。

 しかし市長や州知事と同席していた警察幹部は横で頷き遺憾の意は示すものの、決して現場の警察官によるとされる差別発言を非難したり、当事者を特定して処分したりするなどの対応策に言及することはなかった。


状況判断を誤った治安当局

 実はこの学生寮の事件の前日16日、同じ東ジャワ州のマランでパプア人による「独立要求」の小規模なデモも起きていた。このデモと17日のスラバヤでのパプア人学生寮家宅捜査、学生の身柄拘束という行為の与える影響と波紋を治安当局は過小評価していた可能性がある。

 17日はインドネシアの74回目の独立記念日で、首都ジャカルタの大統領官邸など主要都市の公官庁では盛大で厳かに紅白の国旗を掲げる記念式典が行われていた。その日に国旗を捨てるという「反国家的行為」がネットにアップされれば、愛国心が普段にもまして高まっている一般国民の怒りに火が付くのは誰しもが予想できることである。

 しかし政府や治安当局は、あくまでパプア地方外のパプア人による小規模なデモ、そして国旗事件も一部による反国家的行動として局所的、個別的に対処して事態は拡大しないと踏んでいた節がある。

 ところが、学生寮での捜索の際に発せられた警察官や一般市民による侮辱的な差別発言が、パプア人の中に潜在的にある被差別感情に一気に火を注ぐ結果となり、パプア州や西パプア州のソロン、マノクワリ、ビントゥニ、ファクファク、ジャヤプラ、ナビレ、ビアク、ティミカ、メラウケと各地で次々とパプア人による激しい抗議運動に飛び火したのだった。

 こうした想定外の抗議運動の拡大に慌てた国家警察は機動警察部隊を現地へ急派し、閣僚以下が次々とマスコミに登場して「事態の沈静化」を唱え始めたのだった。


大統領も怒り心頭になる理由

 身柄を拘束された43人のパプア人学生はその後、ネットで流れた情報が偽情報で学生寮やパプア人学生は無関係であることがわかり、同日夜に全員が解放された。

 偽情報に基づく事案とはいえ、それが各地のパプア人の怒りを招いたことを重視したスラバヤ市長、東ジャワ州知事は相次いでマスコミを通じて「起きてしまったことに対して謝罪する」として素早く公式に謝罪し、地元パプア人コミュニティー代表と会談するなどして良好な関係をアピールして事態の沈静化に乗り出した。だがこれとて対処療法的で泥縄式な対応で事案の根本的問題への解決につながるものではない。

 偽情報に基づいて身柄拘束に乗り出し、パプア人を住民と一緒に侮辱したという警察の行為に関して国家警察幹部は「偽情報と誤解に基づく事件で遺憾である」と述べるにとどまっていることがそれを示している。

 警察は偽情報に関連したツイッターのアカウントを凍結するとともに流布に関連した容疑者の捜索やパプア地方での騒乱で放火や商店襲撃、略奪などに関与した人物の捜査に専念することで「治安維持」に努める姿をアピールすることに躍起となっているのだ。


インドネシアの絶対的タブー「SARA」

 インドネシアには触れることが禁忌(タブー)とされる4つのことがあるといわれている。「種族、宗教、人種、社会集団」がそれで、それぞれのインドネシア語の単語の最初の字を並べて「SARA(サラ)」と称される。

 この問題に対する矛盾や不安が高まると社会の安定が損なわれ、分断の危機を招くとされ、可能な限り触れないこと、問題提起をしないことが求められる「禁断のテーマ」である。

 今回のパプア人の問題はこのSARAの「種族」に関わるものであるが、インドネシア社会がこぞってその沈静化に動いている背景にあるという。

 ことの重大性を一番認識しているのはジョコ・ウィドド大統領で、いち早く「パプア人の不満はよくわかる。だが、お互いに許し合うことも大事だ」と呼びかける一方で、軍や警察に対しては「差別発言をした者は厳しく糾弾せよ」と徹底的な捜査を命じた。身内の不用意な発言が燎原の火の如く巻き起こした今回の事件に「きちんとケジメをつけろ」という大統領の治安当局への厳しい注文といえるだろう。

 22日には首都ジャカルタの大統領官邸前で約200人のパプア人がデモを行い「独立を問う住民投票の実施」を訴え、所持や掲揚が禁止されているパプア独立旗「モーニング・スター(明けの明星旗)」を掲げた。

 警戒にあたる警察部隊は一部でデモ隊と小競り合いにはなったが、旗を没収したり放水や催涙ガスなどの強硬手段を取ったりすることは控え、さらなるパプア人の怒りと反発を警戒して極めて冷静で整然とした対応に終始した。

 ついに禁断の旗を掲げて「独立を問う住民投票」まで要求する事態になり、問題は極めて深刻化している。

 そうでなくてもパプア地方は独立を求める武装組織による抵抗運動が細々とではあるが、1963年のインドネシア軍によるパプア軍事侵攻以来続いている「厄介な地域」であるところに発生した今回の事態である。パプア各地のデモ隊の中に独立武装組織「自由パプア軍(OPM)」のメンバーが紛れ込んで、治安悪化に拍車をかけているとの一部情報もあり、治安当局は極度に警戒を強めている。

「独立を問う住民投票」をインドネシア政府は絶対に認めることはないといえる。かつてインドネシア領だった東ティモールがやはり長年の独立武装闘争の末、住民投票が実施された。当時のハビビ政権が住民投票に合意した背景には「住民の大半は独立を望まない」と完全に情勢と東ティモール人の民意を読み誤ったことがあるとされている。

 1999年に実施された住民投票の結果約78%という圧倒的多数が独立支持となり、東ティモールは国連の仲介で2002年に独立を果たしたという、インドネシアにとっては悪夢のような、東ティモールの人々にとっては長年の悲願が実現したという前例があるからだ。


偽情報を流したのは誰なのか

 インドネシアではかつて国内で分離独立を求める武装闘争が続いていた地域を「軍事作戦地域(DOM)」に指定して軍の超法規的行動を容認するとともに内外のマスコミの取材を厳しく制限してきた経緯がある。それが東ティモール、アチェとパプアであり、東ティモールは独立し、アチェは2004年12月のスマトラ島沖地震津波という大災害を経て特別自治州としてインドネシア国内に留まることで決着をみた。

 そして現在も残っている地域がパプアなのだ。スハルト政権崩壊(1998年)とともにDOMは解除されたが、しばしば指摘される軍の人権侵害やマスコミの取材制限、そして続く独立運動は依然としてパプア地方をインドネシアの特別な場所として位置付けている。

 そうした歴史的な特殊事情と緊張関係にある現状からパプアは「インドネシア政府にとって喉に刺さったトゲ」と表現される。

 パプアで今起きている状況を冷静にみた場合、軍を中心とする治安組織がこの状況を利用して、その存在感を示そうとしているようにも見える。4月に大統領選が終わり、2024年までの次期政権が樹立するまでの一種の政治的空白期間で起きた今回の事案。

 存在感を増しつつあるイスラム教勢力と民主化の流れの中で社会的な特権や既得権益が狭まりつつあるとされる治安組織。そうした空気を悪用して偽情報に基づく映像などをネットにアップしてパプア人学生に対する警察の強硬手段を背後で煽った勢力の存在が実は密かに指摘されている。

 いわく「全ては誰かが絵を描いた陰謀ではないか」。24日に至るまで発端となった偽情報、偽映像の出どころである「容疑者」が特定されていないことから「特定できないのではなく特定されると困る事情があるのではないか」との憶測も出ているのだ。

 ただ、その正体不明の勢力はパプア人の長年にわたり積もりに積もった「非差別感情」の大きさ、深さを間違いなく見くびっていたことだけは間違いないだろう。パプア人の怒りは収まっていないし、今後騒動が沈静化してもそれが消失することはない。

筆者:大塚 智彦

JBpress

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