日本車発展の原動力は「パクリ」にあった—中国メディア

9月8日(火)8時20分 Record China

6日、中国メディアの界面新聞は、今や世界に名だたる日本の自動車産業について、その発展の原点にあったのは「パクリ」だったとする記事を掲載した。

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2020年9月6日、中国メディアの界面新聞は、今や世界に名だたる日本の自動車産業について、その発展の原点にあったのは「パクリ」だったとする記事を掲載した。

記事は、戦前に始まった日本の自動車開発は第2次世界大戦によって足踏みを余儀なくされたものの、戦後まもなく勃発した朝鮮戦争によって復活の足掛かりをつかんだと紹介。そして「パクリの中でオリジナルを生み出し、拝借する中から学ぶ」という原則のもと、欧米メーカーのモデルの模倣を繰り返すことでオリジナリティーある製品を生み出し、日本の自動車産業を急速に発展させていったと伝えた。

また、1960〜70年代に日本車が大量に米国に輸出されるようになると、日本のメーカーは米国本土のメーカーとの激しい競争に勝つために類似製品を発売する作戦に出たと説明。さらに、設計力で欧州にかなわなかった日本メーカーは、欧州メーカー車のデザインを積極的に模倣することで実力を高めていったとしている。

その上で記事は「パクリ自体は誤った行為だが、パクリの中から絶えず成長し、ついには頭角を現して強くなれば、過去の汚点も取るに足らないものになる。まさに弱肉強食の世界だ」と評した。(翻訳・編集/川尻)

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