ロンブー淳の大学院「入院」は「入学」ではない

9月19日(木)6時0分 JBpress

ロンドンブーツ1号2号の田村淳(写真:Imaginechina/アフロ)

写真を拡大

 吉本興業所属のタレント、ロンドンブーツ1号2号田村淳が慶應義塾大学大学院・メディアデザイン研究科の大学院生になっていたことが先週明らかになり様々な議論を呼んでいます。

(https://www.huffingtonpost.jp/entry/atsushi-tamura_jp_5d735091e4b06451356e3b20)

 ロンブーといえば、相方の田村亮は反社会勢力への闇営業で謹慎が続いており、いわば明暗を分けたような形。

 田村淳は政界進出のうわさも流れており、吉本興業という背景を考えても、西川きよし横山やすしのコンビを想起される方がいるかもしれません。

 9月5日に明らかになった「大学院進学」に関しては、ネット上で批判あるいは嫉妬の声などが非常に多いとも報じられます。

 背景として、大学学部進学に関連する周知の経緯があり、学部を経ずして大学院に進むキャリアパスに、少なからざる視聴者から疑問の声が寄せられているようです。

 知名度の高い芸能人のケースでもありますので、大学院なるものは一体なんであるのか、改めて考えてみたいと思います。


卒業至難な通信教育課程

 ロンブー・淳への批判が厳しい背景として、2017年の秋に「青山学院大学」への進学希望をマニフェストしながら、翌年春の入試でトライしたすべての学部で合格できなかった経緯があるようです。

 代わりに慶應義塾大学の通信教育課程に進んだものの4か月ほどであきらめ、大学院に鞍替えしたらしい。

 元来は番組企画から生まれた「大学進学」だったようですが、どうやら最初はガチに受験したようで、結果は全敗。

 これを批判する向きがあるようですが、かつて地上波テレビ番組制作にも関わり、芸能界の内情にもほんの少しタップした経験から考えると、まじめにガチの受験をして失敗した経緯は、むしろ褒めるべきことだと思います。

 ネットの情報によれば、青山学院大学への受験は2017年9月23日に発表したものだそうですが、常識的に考えてみてください。

 仮に高校3年の9月末まで何も勉強せず、10月頃から受験に備えたとして、3〜4か月の準備で青学レベルの一流大学に進学できるでしょうか。

 普通にいって、不可能でしょう。

 逆に、高校1年次あたりからきちんと準備して、必要科目で8割がたの成績を収められるようになったら、青学は決して手の届かない高嶺の花で終わるでしょうか?

 ごく普通に、合格を狙える大学だと思います。ちなみに、今から80年ほど前になりますが、渋谷で生まれ育った私の父は旧制青山学院中学校で学んだ経緯があり、私自身が通った幼稚園なども隣接していて個人的には青学にはシンパシーがあります。

 青学もきちんとした入試を実施しているという意味で、好感が持てる結果です。

 ロンブー・淳が次に選んだ慶應の通信課程でのトライ&エラーも、私は良い話だと思います。

 知り合いのお姉さんで、高校を卒業してすぐに嫁いだ人が、長じて勉強したくなり、慶應の通信に入りましたが、課題が多くきちんと提出しなければならないため、大変な苦労をした経緯を知っています。

 この真剣な取り組みは、逆に教師の観点から見ても成立しています。

 慶応義塾大学経済学部教授の藤田康範君は、私の40年来の後輩で、高校2年次の中1からの付き合いになりますが、ジャニーズの櫻井翔の卒業研究指導なども担当したことがあり、三田のOBOGには知られた、面倒見のよい先生をやっていると思います。

 藤田君の講義は分かりやすいと評判で、日吉の教養経済など、かつて1700人ほど希望者が集中して人数を制限したことがあるとも聞きました。

 私も四半世紀ほど昔、3年間だけ塾員(慶応義塾大学では教員をこう呼びます)として慶応義塾の学生諸君を指導しましたが、一般教養の音楽を持つ私と、藤田のように専門科目を持つのとでは、およそ重みが違います。

 非常に良くやっているなと思いつつ、藤田君の慶応義塾大学での尽力、感心して眺めてきた次第です。

 そんな藤田教授が、毎年夏に2週間くらい時間を割いているのが、通信教育課程の指導で、提出物の採点からスクーリングなどまで、ガチで付き合ってまともな指導をしています。

 通信教育課程は、実質的には入試のハードルは限りなく低く、高校卒業相当の準備があれば誰でも入学はできますが、慶應義塾のそれを修了し、卒業証書を手にするのは、生易しいことではありません。

 芸能活動で忙しいロンブー・淳が、本当にこれを修了しようと思ったら、一定以上の時間がかって当然です。

 では、どうして「大学学部」に入学する学力がないと思われる人を「大学院」は受け入れてしまうのでしょうか?


大学は入学、大学院は「入院」

 具体例を挙げましょう。

 私はここ21年ほど、東京大学大学院情報学環・学際情報学府という組織で、学生を指導しています。

 実際には大学院だけでなく学部学生も教え、そちらの人数の方がゼロが3つほど多いですが(別に書き間違いではなく、数千人単位)、ごく少人数、大学院学生も採用しています。

 私のラボは「作曲・指揮研究室」という音楽実技のラボラトリーです。私自身、実技は東京藝術大学などでも指導してきましたが、現在国内ではコンスタントには教えていません。

 パリやミュンヘンなど海外では指導しますが、日本では時折、中学高校生向けの教室やマスターコースを持つ程度です。

 音楽を教えることにあまり関心がありません。できる人と音楽を実際に作ることに、主要な関心があります。

 そんなラボですから、海外の「音楽院」出身の人が受験してくることがあります。

 例えば、フランス国立パリ音楽院出身の学生がいるとしましょう。そういうキャリアの学生は、一般に「4年制大学」を出たことにはなっていません。

 高等学校卒業、いや中学卒業くらいの年齢でもコンセルヴァトアール(音楽院)に入学することはでき、学内の試験に相当する「コンクール」で1等賞や2等賞の成績を収めて修了することが可能です。

 音楽はオリンピック・アスリートと同じことで、学歴も年齢も関係なく、できる者ができる世界です。私自身、音楽の基礎を修める方が先で、その後、一般大学に進学する順番で進みました。

 また、フランスにはパリのコンセルヴァトアールのほかにも「大学」以外の高等教育機関、例えば「グランゼコール」という国立のシステムがあります。

 何かと話題になる元日産会長のカルロス・ゴーン氏、彼は普通の意味での「大学」を卒業していません。

 ゴーン氏の最終学歴は「グランゼコール」パリ国立高等鉱業学校を卒業後、フランスのタイヤ大手、ミシュランに就職します。

 グランゼコールは、中途半端な大学など足元にも及ばないくらい高度な超エリート校で、そのOBOGには輝かしいキャリアへの戸口が開かれています。

 フランス共和国第20代大統領、ヴァレリー・ジスカール=デスタン(1926-)もまた、大学を卒業していません。

 彼は第2次世界大戦中はレジスタンスとして活動し、戦後はグランゼコールの雄の中の雄、フランス国立理工科学校 エコール・ポリテクニークを卒業、またもう一つのグランゼコールの頂点、国立行政学院も修了し、いわば文理両道で教育の頂点を極めたのち、財務官僚としてキャリアをスタートさせました。

 ジスカール=デスタンに先立つフランス共和国大統領、シャルル・ド・ゴール(1890-1970)は軍人でしたから、陸軍士官学校を出た後、現役として軍務につき、大学などには通っていません。

 別に世の中、大学なんぞに行かなくても、いくらでもそれ以上のキャリア・パスというものは存在し、複数の経路から大統領など頂点のポストにたどり着くことができる。

 グローバルに見れば当たり前のことです。

 さて、ここで「大学院」に話題を戻しましょう。大学に進むことは「入学」ですが、大学院に入ることは「入院」であって、入学ではないのです。

 これはどういうことなのでしょう?


大学院は「研究機関」

 例えば、陸軍士官学校を出たAさんが、軍事技術についてその先、より進んだ最先端技術に興味を覚えたとしましょう。

 彼はどのようにすればよいでしょうか?

 必ずしも、陸軍の中には、そのような最先端のイノベーションに通じた部署がないかもしれません。

 そういうとき、彼は「大学院」の門を叩けばよいことになる・・・というわけなのです。

 大学院は、けっして「勉強」する場所では(元来は)ありません。21世紀に入ってここ10余年ほどは、日本でも「プロフェッショナル・スクール」が一般化して、職能大学院が増えてきましたが、これは米国由来の大学院の一亜種であって、大学院の本道ではない。

 勉強ではなく「研究」をする場所が「大学院」と正しく理解することで、多くの一般の方が抱かれるかもしれない、いろいろなモヤモヤがすっきりするだろうと思います。

 例えば、野球の桑田真澄選手は2009年1月、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に「入院」します。指導教官の平田竹男さんは通産官僚出身で、私も彼の在省中に大変お世話になったナイスガイです。

 桑田投手は首席で修士課程を修了しますが、これは学校の勉強のできが良かったわけではない。

 研究成果が優れていたことを評価されているのです。

 そして、その「研究成果」は、プロ野球投手として一線で活躍してきた四半世紀の蓄積があったからこそ出すことができた。

 お勉強とか、その延長のキャリアとは異質なものであることを、よく強調しておく必要があります。

 いまさら言うまでもありませんが、桑田投手は甲子園を沸かせた高校球児生活から、そのままドラフトを経てプロ野球選手になっていますから、大学に入学したことも、卒業したこともありません。

 彼の早稲田での仕事は「学歴」ではなく、スポーツを巡る基礎的な研究の成果、貢献が評価されて「学位」が授与されていることを、きちんと正確に理解することが必要不可欠です。


ディプロマ・ミルを許さない

 これは極めて残念なことですが、世界的に長年にわたってお金で学位を買えるような類の、似非教育機関が大量に発生、営利活動を展開しています

 学位(ディプロム)を濫造することから「ディプロマ・ミル」と呼ばれているものですが、これはそのような業者が悪いだけではなく、そういうものを利用する人間がいるから、後を絶たない事を指摘しておかねばなりません。

 ロンブー淳がどうして大学院に「入院」したのか、その詳細を私は正確には知りません。

 しかし、もし「大学」学部の延長のように<勉強>して、その結果「学歴」がつく、というような了見で慶應湘南藤沢に「進学」しているのであれば、率直に言って大変けしからんことだと言わねばなりません。

 もし万が一、青学の学部は全滅で落ちたけれど、「大学よりよさげな大学院に進めればお得じゃん!」的な発想があるなら、そういうものは「学歴ロンダリング」と呼ぶのであって、とんでもないふざけた話と言わねばなりません。

 いわば慶應SFCをディプロマ・ミルとみなすのに等しい行動で、ロクでもない暴挙であることをハッキリ指摘する必要があります。

 また、桑田と同様、四半世紀に及ぶタレントとしての生活、経験や蓄積を踏まえ、それが専門的な研究に生きるような形で、何等かの貢献があるのであれば、大学院の在り方として一定の評価の対象になりうるかと思います。

 どのようなことで「入院」が認められたのか、また今後どのような推移を見せるのかなどは、実際にふたを開けてみなければ、だれにも判断することはできません。

 ただし、一応クギを刺しておくことにします。

 四半世紀に及ぶ「特殊な経験や蓄積」は、それがプロ野球選手であれ、テレビタレントであれ、一般的には考えられない例外中の例外です。

 ごく当たり前には、高等学校までの内容を修めたものが、大学学部に入り、そこで基礎科目を一通り学んだ後、研究の入り口に立つというのが大学院「修士課程」の本来の、普通の在り方です。

 大学学部を修了してもいないのに、いきなり大学院に進んでも、普通はまともな仕事などできるわけがない。

 日本というのは教育に関して、本当に救いがたいダメ社会で、例えば東京大学に「合格」さえすれば、その後中退しても何とも思わない。

 幾度も書くことですが、ホリエモンという人物は「高卒」であって、自頭と胆力で世界と勝負しているとは思うけれど、私たちの大学とは袖すれ合うほどの縁もなかった、通りすがりの一人というのが正確なところと思います。

 大学や研究機関は卒業、修了して初めてナンボのもの。中退をキャリアのごとく見せびらかすなどというハズカしい風習は、まともな先進国には存在できない習俗にほかなりません。

 ロンブー淳がどのような「修了」を見せるのか、何げに注目して続報を待ちたいと思います。

 くれぐれも、固有の経験を生かして、意味ある<研究>をしてもらいたいと、SFCにも縁がないわけではない、一元塾員として過不足なく思っています。

筆者:伊東 乾

JBpress

「大学院」をもっと詳しく

「大学院」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ