インドネシア当局が火消しに躍起、婚前交渉禁止令

9月28日(土)6時0分 JBpress

バリ島でのアバンチュールが犯罪になる?

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(PanAsiaNews:大塚智彦)

 インドネシアで進む刑法の改正案審議で、新たに婚外者による性行為や婚外者の同居への罰則に関する規定が見直されることに対し、その適用が外国人居住者や外国人観光客にどこまで影響を及ぼすのかということを巡って大きな議論が沸き起こり、不安が高まっている。


「婚前セックス禁止令」に世界が騒然

 オーストラリアでは「バリ島でのセックス禁止令か」などと報じられ、日本でも一部報道で「インドネシアで婚前セックス禁止法案」などとセンセーショナルに伝えられるなど、大きな反響を呼んでいる。

 9月24日に予定されていた同法案の議会での可決成立は、法案の内容が個人のプライバシー侵害や報道・言論の自由を侵す恐れがあることを背景にした大学生などによる全国的な反対デモの結果、ジョコ・ウィドド大統領と議会関係者の協議で10月以降の次期国会での継続審議となった。

 とりあえず法案可決は先送りされた形となったが、法案の内容を巡る議論は依然として国内外でホットな論争となっている。

 論争の焦点は2つ。まず「婚外者による性行為」(刑法417条)で婚姻関係にない2人の間での性的関係は法律違反となり、最高で1年の禁固刑が科されるというもの。

 もう1つは「婚姻関係にない者同士の同棲」(刑法419条)で、これに対しても6カ月という最高刑が待ち構えている。

 こうした条文は現行の刑法でも一応規定されているが、改正案では417条、419条ともにこれまでの「配偶者による通報」だった必要条件が「配偶者に加えて親権者、子供の通報」までに拡大されることになるという。

 こうした新刑法の内容がニュースなどで伝えられると、「この条項の対象に外国人居住者や外国人観光客は含まれるのか」を巡る議論が日本を含めて沸騰しているのだ。

 というのも外国人同士あるいは外国人とインドネシア人の男女で婚姻関係にないにも関わらず同棲して継続的に性的関係を結んでいる人々、1夜限りの性的関係を持つ人々にとっては、そうした行為が通報で「刑法違反容疑」に問われる危険性が現実問題として出てきたからである。

 心にやましい思いを抱いていたり、「よからぬこと」を目的にインドネシアに来ようとしていたりする外国人にとっては「犯罪者になるかならないか」という差し迫った問題がつきつけられそうになっているのだ。


世界的観光地バリ島が敏感に反応

 日本以外にもオーストラリアなどの一部報道が「バリ島での婚外性交が禁止される」「バリ島のホテルでは宿泊者の男女に婚姻証明書の提示が求められる」などと今回の刑法改正案については伝えられた。

 世界的観光地でもあるバリ島を訪れるオーストラリア人は年間約100万人と観光産業に大きな貢献をしていることから、オーストラリア人の関心も高く懸念が広がったのだ。

 こうした内外の懸念、特にオーストラリア人の心配に対して一番に声をあげたのが観光産業で成り立っているそのバリ島である。

 バリ観光協会イダ・バグース・アグン・パルタ会長は9月23日に記者会見して「外国人同士の場合は刑法417、419条に問われる心配は無用だ。なぜなら片方の親や子供、そして既婚者の場合は配偶者がバリに来て地元警察に訴えないとならないからだ」と説明して、既婚、未婚に関わらず外国人同士のカップルは問題ないとの見解を示した。

 法案推進者の1人でもあるヤソナ・ラオリ法務人権相も「刑法の適用を受けるのは警察に近親者から訴えがあった場合に限られるので外国人同士であれば罪に問われることはまずない」と外国人観光客の減少への影響を考慮して火消しに躍起となっている。

 では婚外性交や婚外同棲の一方がインドネシア人だった場合であるが、この場合はそのインドネシア人が既婚者だとこれまでは配偶者だけの通報に限定されていたが、新刑法ではさらに親と子供が警察に通報すればアウトになる可能性がある。インドネシア人が未婚者の場合も同様のリスクを負うことになる。たとえ金銭の授受が伴わない、つまり売春ではない場合でもだ(売春は当然のことだが罪である)。

 基本的にインドネシア刑法は、外交官特権を有する外交官など特別な例外を除いて外国人在住者はもちろん外国人観光客に対しても適用されることになっているのは、どこの国でも同じである。


議会の任期満了直前の駆け込み可決にも批判

 インドネシア国会は、9月17日に「国家汚職撲滅委員会(KPK)」の権限を実質的に弱体化するKPK法改正案を、国民の強い反対にも関わらず可決成立させてしまった。

 KPK法はインドネシアで最強の捜査機関とされるKPKが現職閣僚や国会議長、国会議員、地方自治体の首長、地方議会議員、司法関係者などを容赦なく汚職で摘発する組織であるため、議員の間から「権力に制限を設ける改正法案」が提案された。

 KPKに期待と信頼を寄せる国民から「改正法反対」の運動が高まる中、ジョコ大統領が条文の再検討を申し入れたにも関わらず、「脛(すね)に傷を持ったりやばい過去をもったりする議員ら」の思惑が一致したためか各政党の議員で一気に可決されてしまった。

 現国会議員は4月の総選挙で新たに選出された新国会議員が招集される10月1日を控えその任期は9月30日で切れる。このためKPK改正法、刑法改正案と任期切れを前にした駆け込み審議・可決に対する国民の不満も背景にある。「なんで慌てて可決する必要があるのか、新しい議員による次期国会で審議すればいいだろう」と。

 こうした不満に現議員は「任期一杯まで職責を全うしたい」と調子のいいことを表明して、マスコミの追及をかわしているのが実情だ。


強まるイスラム色に国内からも反発

 今回の刑法改正案であるが、表向きはオランダ植民地時代の1918年制定の刑法を「現代にマッチした内容に変える」(ラオリ法務人権相)、「オランダ植民地のくびきからの解放」(刑法改正素案作成委員会でディポネゴロ大学の元法教授ムラディ委員長)などとその正当性が説明されていた。

 一方「婚外者の同棲」に関しては「性的少数者(LGBT)」からも不安の声が上がっている。

 男性同士、女性同士の同棲、同居については通報があれば刑法違反として処罰の対象になる可能性が指摘されているからだ。

「今回の刑法改正にはイスラム教の規範が色濃く反映されている」との指摘もあるように、世界4位のインドネシアの人口約2億6000万人の約88%を占めるイスラム教の影響が投影されているという。

 現行刑法にも未婚者同棲や婚外性交、LGBTの存在や宿泊時の結婚証明書の提示拒否などが即座に犯罪になるとの規定は、厳格なイスラム教徒により「イスラム法(シャリア)」が施行されている北スマトラのアチェ州を除いて、インドネシアでは法律としては存在しない。

 それが「イスラム教の規範により厳しい法改正にするべきだ」との保守系イスラム教団体などの要請を受けて、特にイスラム教徒のインドネシア人に対する処罰規定の厳罰化要求が法改正の背景にあるとされている。

 こうした「イスラム教優先」は、他宗教の存在も認める「多様性の中の統一」を国是とするインドネシアでも近年顕著になりつつあり、非イスラム教徒に対する無言の圧力となっているとの指摘がでている。


問題先送りでは解決にならず

 世論の強い反対にも関わらず議会で可決成立したKPK法改正法は議会主導で進められた法案であることから、ジョコ大統領は「伝家の宝刀」である拒否権を行使することをためらった。

 しかし刑法改正案は政府の刑法改正素案作成委員会などが主導で進め、法務人権省の提案で進められた法案であることから、ジョコ大統領は国会関係者を大統領官邸に呼んで9月24日に予定されていた現国会での採決の次期国会への見送り、再検討を指示し、延期が決まった。土壇場でジョコ大統領が指導力を発揮した形となったのだ。

 法務人権省や国会議員の中には「刑法改正案は可決成立してもその施行は2年後からでありまだ先である」との理由から早期の改正案可決を求める声も根強い。

 しかし施行が2年後だからというのも、次期国会に採決を先送りというのも刑法改正案が内包する「人権侵害」「個人のプライバシー」の観点に立った根本的な解決策の論議につながるものではないといえる。

 10月1日に新議員による国会議員の就任、10月20日のジョコ大統領の2期目の就任式、その前後に予定される新内閣の組閣と政治日程が目白押しの中で、国民の声や国際社会の注目を見極めながら刑法改正にいかに取り組むのかジョコ大統領には重い課題となっている。

筆者:大塚 智彦

JBpress

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