メルケルの「苦い勝利」はEUの敗北

10月7日(土)11時0分 ニューズウィーク日本版

<先月の議会選挙でメルケルの4期目続投は確実になったが、反EUの極右政党の躍進に押されて独仏協調のEU改革は困難に>

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は4期目の続投を確実にしたが、その表情は冴えない。

9月24日に実施された連邦議会選挙(下院選)でメルケル率いる与党・キリスト教民主・社会同盟(CDU・CDS)は第1党の座を維持したものの、得票率は33%で過去最低レベル。呉越同舟のゴタゴタを覚悟で新連立を組むか、前例のない少数与党政権を発足させるしかない。

しかも今回の選挙では極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が国政進出を果たし、議会の第3党に躍り出た。

一方で中道左派の社会民主党(SPD)は惨敗を喫し、連立から離脱。メルケルは企業寄りの第4党・自由民主党(FDP)、第6党でFDPとは反りが合わない緑の党と大連立を組む可能性が高い。

今回の結果と対照的なのは、今年4〜5月に行われたフランスの大統領選挙と6月に行われた国民議会選挙(下院選)だ。エマニュエル・マクロンは大統領選の決選投票でほぼ3分の2の票を獲得。下院選では彼が率いる「前進する共和国(REM)」が、共闘を組む政党と合わせて国民議会の6割強の議席を獲得した。

マクロンの圧勝を受けて、メディアは一斉に「欧州の民主主義を脅かすポピュリズム旋風に歯止めがかかった」と歓喜の声を上げた。欧州統合を引っ張ってきたドイツとフランスが再び「1つの欧州」の旗振り役となり、延び延びになっていた改革を主導して、EUの経済的・政治的基盤を強化する——そんな期待も膨らんだ。

だがメルケルの「苦い勝利」で欧州の民主主義とEUの統合推進の行方は楽観視できなくなった。現状ではメルケルの続投はむしろEUの結束にマイナスになりかねない。

ドイツの今回の選挙結果を見て、フランスに続きポピュリズム勢力を抑え込めたと思うのは誤りだ。独仏の選挙制度は異なるから単純な比較はできないが、試しにドイツの今回の議会選とフランスの議会選の第1回投票を比べてみると、結果はほとんど変わらない。

フランスもドイツも与党は3分の1前後の票を獲得。フランスの極右政党・国民戦線もドイツのAfDも得票率は13%前後だった。フランスの極左の得票率は14%前後。ドイツの極左政党の得票率は9%前後にすぎなかったが、緑の党には中道に加え極左グループが含まれているから、極右と極左のポピュリズム勢力はドイツでもフランスでも同程度の力を持つとみていい。



改革阻む「自国第一主義」

この勢力が両国の民主主義を脅かしている。特にAfDが連邦議会下院で94議席を獲得したことは重大な脅威だ。AfDは法案審議のプロセスをひっかき回し、政治の場に憎悪に満ちた言説を持ち込むだろう。

同じことは国民戦線にも言える。彼らは国政レベルだけでなく、欧州議会でも発言権を持つ。政治システムは、政治家がそれを機能させようとする限り機能する。だがシステムを人質に取るか、破壊することで支持率が伸びるなら、多くの政治家はなりふり構わず破壊に走るだろう。

とはいえ、今回の選挙結果ですぐに脅かされるのは欧州の民主主義ではなくEUの将来だ。

欧州委員会のジャンクロード・ユンケル委員長が先日、欧州議会で行った統合強化に向けた野心的な施政方針演説はこの際どうでもいい。EUの実質的な大統領ポストを創設する構想や欧州委員会にEUの財務相を置く構想などは、今よりもはるかに条件の良い時にも実現しなかった。独仏の政治状況はこうした提案にはほぼ影響しない。独仏の国益にかなう状況はまずあり得ないからだ。

だがEUのマクロ経済政策の協調と「銀行同盟」の実現となると、話は全く違う。これらは独仏にとって死活問題だ。

両国ともユーロ危機の再来を何としても避けたいと思っているが、危機回避の仕組みづくりについては両国の主張はこれまで異なっていた。フランスは何らかの形でのEUの「経済統治」を前提として、各国が節度ある財政運営を行うやり方を支持し、ドイツは財政赤字のGDP比を決めるなど財政規律の強化を主張してきた。

だがマクロンとメルケルは改革という共通の目標に向けて歩み寄り、「連帯と集団的意思決定」(フランスの主張)を認める代わりに、「EUの監督下で各国により大きな責任を課すこと」(ドイツの主張)も認める方向に舵を切りつつあった。

しかしドイツの議会、ひいては予想される新たな連立政権の陣容を考えると、ドイツは逆方向に舵を切ることになりそうだ。メルケルはマクロンとの連携を目指すだろうが、与党内の右派はそれには懐疑的で、FDPは真っ向から反対するだろう。さらにAfDが「メルケルはフランスに屈服した」と世論の怒りをあおり、支持を広げる可能性もある。そうなればEUのマクロ経済政策をめぐる独仏の対立は解消されず、EU改革の進展は期待できない。

独仏の立場の違いは具体的に5つの形で表れるだろう。第1にドイツが大幅な貿易黒字について開き直りを決め込むこと。「ドイツ企業の輸出競争力が高いから当然だ、フランスやイタリアもドイツを見習って財政を引き締め、構造改革を進めよ」と説教するようになる。



第2党だったSPDの大連立離脱で欧州の民主主義とEUの未来に暗雲が? Christian Mang-REUTERS

第2に、4期目のメルケルはEUの金融システムが抱えるリスクに従来ほど寛容ではなくなるだろう。イタリアの銀行に対し、不良債権を減らし国債を削減するよう圧力を強めるはずだ。こうした「リスク削減」重視は当然のことで、銀行同盟の「リスク共有」におけるドイツ側の一層の譲歩と引き換えではないと見なされるだろう。

そして第3に、EUの預金保険や銀行決済に共通の財政支援策を創設することにドイツは抵抗するはずだ。以前から抵抗してはいたが、EUの金融システムのリスクが低下すれば抵抗も薄れるという期待があった。

しかし現実は逆だ。リスクが低下すれば、加盟各国の金融システムのリスク分担の仕組みづくりにドイツが関与する必要はなくなる。ユーロ圏の債務を共同化する「ユーロ圏共同債構想」となれば、なおさらだ。新たなドイツ連邦議会は新たな「財政移転同盟」にこれまで以上に不寛容になるだろう。

強まるECBへの圧力

残る2つはECB(欧州中央銀行)に関係がある。第4に、選挙後のドイツはECBに量的緩和の縮小と、マイナス金利によって実質的に銀行に課税する異例の措置からの脱却を急がせようとしている。FRB(米連邦準備理事会)のような利上げによる金融政策正常化をECBに迫る可能性さえある。ECBは政治的独立性があり、こうした圧力によって政策に根本的変化が生じる見込みは薄い。それでもECBの政策理事会がその権限をどこまで広げるかには影響するはずだ。

ドイツの圧力はいずれ、独政府がECBの総裁人事にいっそう公然と口出しすることにもつながるだろう。これがドイツの総選挙がEUに及ぼす第5の影響だ。イェンス・ワイトマン現ドイツ連邦銀行総裁は、選挙前からマリオ・ドラギECB総裁の後継候補として有力視されていた。選挙結果を受けて、ワイトマンが19年11月にECB次期総裁に就任する可能性ははるかに現実味を増している。

ドイツの立場のこうした変化はすぐに悪影響を及ぼすわけではない。EU経済が引き続き成長している限り、EU各国は金融システムのリスクを減らし、同時に景気刺激策を少しずつ縮小することができるだろう。ドイツ式の経済「競争力」(そんなものが本当にあるとしたらだが)に近いものを得られる財政・労働市場改革に着手することも可能かもしれない。

だが新たな危機に直面すれば、EUは前回より辛うじてましな対処しかできないはずだ。厳重に監督されている国や銀行ならともかく、トラブルに陥る全ての国や銀行を救済するだけのリソースはなく、イタリアの潜在的危機に対処することさえ難しいだろう。そうした大き過ぎる問題に対処するには、EUのマクロ経済統治の枠組みを改革し、銀行同盟を完成させる必要がある。しかしドイツの選挙結果を見る限り、EUがそうした制度を構築する見込みは薄い。



ブレグジットにも影響が

ドイツの「ジャマイカ連立」(各党のイメージカラーの黒、黄、緑がジャマイカの国旗の色と同じことから)の実現は容易ではなく、数カ月かかる可能性も十分ある。FDPと緑の党の立場はなかなか折り合わないことが多い。FDPは緑の党が主張する多文化主義や移民に寛容な政策を拒否し、経済やEU統合強化をめぐっても両党の立場には大きな溝がある。メルケルはその溝を埋めるべく悪戦苦闘することになるだろう。

連立交渉の難航は、イギリスのテリーザ・メイ首相とブレグジット(EU離脱)支持派にとっても頭が痛い。メイは9月22日イタリアのフィレンツェで演説。10月のEU首脳会議中に離脱交渉の行き詰まりを打開し、EUとの将来の「深いパートナーシップ」の協議に進みたいと述べた。

ゴーサインを出すのはメイではなく、細かい詰めの作業はEUのミシェル・バルニエ首席交渉官と欧州委員会が、EU離脱手続きを定めたリスボン条約50条にのっとって行うことになりそうだ。離脱交渉期限は19年3月29日、イギリスにはもうあまり時間がない。

エリート層の支配にノーという声を上げているのはドイツの有権者だけではない。(マクロン率いる中道政党が勝利したとはいえ)フランス、ドナルド・トランプ大統領を選んだアメリカ、メイとブレグジットを選んだイギリスでも状況は同じだ。この手の選挙結果は民主主義が機能不全に陥るリスクを増大させる。制度は重要だが、崩壊する可能性もある。

そのような選挙結果は、政治システムの回復力も、経済・社会の回復力も共に弱めることになる。問題は、こうした退化を逆転させる方法を政治家たちが見つけられるかどうかだ。

ドイツの新たな連立政権がメルケルの指導力にとって最大の試練になるとしても、メルケルは気質、経験、能力からいってそうした役回りに恐らく最適の人物だ。確かに制度は重要だが、人格とリーダーシップが制度を形作る。メルケル政権が4期目に最も素晴らしい成果を残すことを祈ろう。

From Foreign Policy Magazine


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[2017.10.10号掲載]
エリック・ジョーンズ(ジョンズ・ホプキンス大学ヨーロッパ研究教授)、マティアス・マティース(同助教)

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