離反しだした韓国と米国に共通する「超格差」の反動

10月10日(木)6時0分 JBpress

 先ごろ二週間ほど韓国に滞在し、母国である韓国の情勢について深く考えさせられた。日本、韓国ともに、論客のほとんどがこの二国間関係を日本ないし韓国の視点からしか捉えていないのだ。しかも、最近の両国関係の悪化局面の影響から、韓国vs.日本、文在寅(ムン・ジェイン)政権vs.安倍政権、または韓国の左翼勢力vs.日本の右翼勢力という構図の枠で語られることが多い。それも、最近は激しく。


ギクシャクする韓米関係の中の不気味な韓国とアメリカの類似点

 仕事柄、1年の4分の1はアメリカに、同じく4分の1は韓国に滞在するような生活を長く続けているが、そういう経験をしていると、韓国を取り巻く違った構図が見えてくる。韓国やアメリカには、日本人がちょっと想像できないくらいの格差社会が出来上がっている。その中で、大多数を占める弱者層の声が、その国の政治家に与える影響力も大きくなっている。その力学が日本と韓国の葛藤をより激しくしている面があるのだ。

 今回、韓国滞在中に文在寅大統領の側近・曺国(チョ・グク)法務長官候補(当時)の聴聞会を十数時間見ることができた。具体的な疑惑のやり取りについてはすでに日本でも報道されているので割愛する。振り返って総合的に見ると、二つのテーマが浮き彫りになったように感じる。

 まず一つ目は、曺氏の「言行不一致」(韓国語ではオンヘンブルイルチ)、すなわち進歩的改革を打ち出しているのに、身内は保守的手法により利益を得ているということだ。もう一つは、曺氏自身の発言で、「民主主義と社会主義は両立できると思う」というものである。

 曺氏がこれからいかなる運命を辿るかは未知であるが、この二つのテーマは韓国のみならず、日本やアメリカにとっても無関係ではない。キャリアや影響力からすれば比べ物にならないが、人格的にみると、曺氏、そして現韓国政権を支えている人たちにはトランプ的な要素とアメリカの民主党側大統領候補者のサンダース、ウォーレン的要素が混ざっているように見える。すなわち、日韓に見る葛藤は複雑にアメリカや世界の格差問題や民主主義の漂流とも絡み合っているのである。


「言行不一致」は矛盾ではないのか

 韓国では、日本以上に社会の中の格差が拡大している。この弱肉強食的社会構造は、強者である保守勢力が弱者を搾取するという構図で捉えられている。そして進歩系勢力は弱者のために不公平性を生む社会の歪みを是正するのが大義となっている。その象徴的政策というのが、曺氏が青瓦台の前民情首席、そして今回の法務長官として担う司法改革である。すなわち、捜査権と起訴権を両方行使できる検察権力の改革だ。

 ところが、韓国の国民が最も公平性を求める入試の過程において、曺氏の子どもたちは不公平と思われる手法で進学していると疑われるようになり、不法行為の有無が究明されるようになった。まさに、「言行不一致」の候補(当時)が司法を司る長官職に相応しいのか、国民の過半数以上が疑問に思った。

 アメリカにも言行不一致の人がいる。お馴染みのトランプ大統領だ。最近、アメリカのメディアからは、トランプ氏が中米からの不法移民に対して厳しい処置を取り続けているのは、中米やメキシコからの移民を犯罪者や麻薬業者とする氏の差別的表現に起因していると批判した。しかし、トランプはその発言記録を突きつけられても、「わたしは世界で最も非差別的な人だ」(least racist)と躊躇なく返した。今度の大統領選に向けいくつかの放送局がトランプ支持者に「再度、氏を支持するつもりか」と聞くと、多くの人が、「嘘つきであろうが人を裏切ろうが、氏に投票する」と回答したという。

 同じように、曺氏にも熱烈なサポーターが多い。彼はけっして恵まれない環境で育ったわけではない。政府幹部の資産公開資料によれば、50億〜70億ウォン(おおよそ5億〜7億円)の資産を持っているという。しかも、教授、すなわち学問畑の人がいかにここまで蓄えたのであろうか。そうした人が、韓国の4つの蟻地獄、すなわち教育、就職、不動産、老後を改善すると主張するのだからいびつに見える。そのような人がいかに恵まれない人の境遇がわかるのであろうか。不思議なことに、進歩系でこうした「言行不一致」の人は曺氏だけではない。ある文政権の青瓦台元幹部スタッフも資産公開で5億円の資産を保有していた。こちらも大学教授だ。こうした人々を韓国では「江南左派」(カンナムチョアパ)と呼ぶ。

 トランプ氏のほうは、億万長者どころかビリオネアー(10億ドル以上)だ。しかも、氏の父は若いころから彼に強力な弁護士をあてがい、不動産事業などでは使用人や下請けにとって不利な条件で整理などを押し通した。弱者の涙を共有したことのない人に弱者の期待が集まったのだ。

 対極に位置するのが、民主党大統領候補のエリザベス・ウォーレン氏だ。彼女は貧しい家で育ち、兄弟は軍隊に行き、自身は授業料が払えなく、苦学してやっと大学学位を取り、学校の先生になった。その後、政治の世界に入り、有力上院議員の座に上り詰めた。CNNなどで演説会やインタビューを見たが、さすが弱者共感とはこういうことを言うのかと思った。そのウォーレン上院議員はアメリカの50億円以上保有する世帯の流動資産に2%税をかけることにより教育や福祉などの支援の財源を捻出しようとしている。

 曺氏とトランプ氏には共通する側面がある。それはゲームプレーヤーだということだ。目的は権力の頂点に立つこと。そのためには現存の機会を掴む。その機会とは極度に開いた格差に悩む多くの弱者が熱烈に期待する既存勢力の破壊だ。そのためには手段を選ばない。矛盾であろうが、何であろうが。そうした力学が現在韓国でもアメリカでも民主主義という仕組みを新たな方向へ変形させている。


三つのタイプの市民

 私は最近、韓国に滞在した折に、文政権のサポーターの一人と話してみた。彼の息子は韓国の大手航空会社(財閥系)の社員で、その企業の優遇措置として海外研修に行っているそうだ。このように息子が保守系企業の恩恵を身内が受けているにも関わらず、彼は政治的には保守解体を強く主張している。矛盾しているように思えるが、韓国にはこのような人は意外に多い。

 私は、民主主義体制下で市民が示す意思の裏側の態度は3つに分類できると考えている。例えば、ある人はタバコを吸わない。だから、禁煙政策を支持し、それを主張する政治家に投票する。現実的にはひとつの政策だけではなく、多くの政策の集合体で投票先が決まるのであろうが、基本的には自分の利害をベースに考える。これを「利己主義」と呼ぶことにしよう。これが一つ目だ。

 さらに、成熟した民主主義社会においては、自分の利害より社会の利害や理想を優先する考えを持つ人がいる。先ほどのタバコの喩えを続けるなら、愛煙家が、副流煙は健康に悪いから自分はタバコが吸えなくなって不便を感じても、禁煙政策に賛成するというケース。これを「利他主義」と呼ぼう。これが二つ目になる。

 では、前記した、保守系の恩恵を受けながら進歩系の改革を熱烈に支持する市民はいかに捉えるべきであろうか。こうした傾向は日本でも見たことがある。経営コンサルタントとして多くの組織改革を促してきた経験からすると、日本の大企業の経営陣から次の考えが透けて見える。「企業の競争力アップのため改革は大賛成だ」。ここまでは建前だ。次の本音を言う人はたまにしかいない。「だけど私がこの仕事から転出した後にしてほしい」。一種の抵抗勢力である。現行の恩恵を受けながら、スタンスとしては改革を支持する。国籍を問わずこのタイプを「超利己主義」と私は呼ぶ。これが三つ目だ。彼らは、現在の体制から一定の恩恵を受けていても、その権力構造を破壊するためなら手段を択ばない。そしてそのことを矛盾とも考えない。超格差社会が生んだ、現状打破を願う大衆とも言える。

 実は、この超利己主義の層をいかにうまく掴むかがそれこそ政治ゲームプレーヤーの知恵比べということになる。彼らの支持を得られれば、世論の大勢を掴むことが出来るし、改革も進めやすいからだ。ただ問題は、これが果して民主主義を良い方向に導くのかどうか、だ。弱者である彼らの声を掬い上げることは、必然的に社会主義の考えに近づいていくからだ。実際、韓国はもちろん、アメリカでも社会主義的思想が市民の共感を獲得しつつある。


社会主義は20世紀に死ななかったのか

 次に、曺氏の「民主主義と社会主義は両立できる」とした発言について考えてみたい。

 日本の論客の中には、韓国はアメリカから離れ、中国に近寄っているという流れを主張する人がいる。文在寅氏が優先課題として掲げている北朝鮮融和政策と関連して、こうした傾向があることは否定しない。しかし、もう少し深く分析する必要があるのではないか。

 ベルリンの壁崩壊後、アメリカのブレジンスキー元安全保障アドバイザーが『大いなる失敗』(The Grand Failure)という本を書き、20世紀の社会主義は大規模な、そして弊害の多かった実験であったが、失敗に終わったと主張した。ところが最近、変形した社会主義が再び注目を浴びるようになってきている。これは紛れも無く極度に開いた格差のためであろう。

 こうした格差認識を決定付けた歴史的転換点がアメリカと韓国の両国にある。アメリカの場合は2008年のリーマン・ショックだ。ウォール・ストリート(金融エリート)という「1%」が弱者の「99%」を食い物にした、と人々はウォール街を占領しデモした。ちなみに、この年中国では北京オリンピックが開かれ、国民は自信を高揚させたと同時に、リーマンの悪影響を目の当たりにし、アメリカ流資本主義の限界を意識するようになった。

 韓国の場合は2016年の朴槿恵(パク・クネ)前大統領と親友崔順実(チェ・スンシル)による不正発覚である。それ以前のセウォル号沈没事件の際、高校生など乗客(弱者)の救助を朴氏は優先しなかった。それとその後親友とされる崔氏の蓄財に政権の一部を導員し、企業まで巻き込んだこととの間のコントラストが市民を極度に怒らせ、朴氏は弾劾された。これにより左派政権が誕生したのである。

 最近、欧米のメディアでは、アメリカの社会主義化に警鐘を鳴らす報道が目を引く。アメリカの民主党は極左とも言えるバーニー・サンダース上院議員、エリザベス・ウォーレン上院議員と、中道左派でオバマ政策を継承しようとしているバイデン元副大統領との間の論戦が注目を集めているが、アメリカ企業や富裕層は極左勢力の台頭に戦々恐々としている。「金持ちから奪い、貧困層に与える」(Take from the rich and give to the poor)という表現がアメリカにあるが、まさにそれを教育や福祉政策を通して実行しようとしている。

 サンダース氏もこうした中、自身をどう位置付けるか模索しているようだ。北欧の「社会主義」はうまくいっていると言ってみたり、中国は莫大な数の人々を貧困から救い出したと言ったと思えば、中国の国家主導型社会構造や経済システムには警戒心を示してみたりもする。

 トランプ氏と習近平氏のどちらの交渉能力が上手か競い合うようになってから、アメリカの報道は、中国が自国市場や企業をガードしながら、アメリカの自由市場の弱点を突く、一見賢く、一見不公平にも見える動きを明らかにしてきた。例えば最近の取材では、中国の国家情報員がアメリカの元諜報員達をリクルートし、アメリカ企業の機密情報を巧みに取得していたことが明かにされた。最後に記者がこうした事件を調査した検察官に「どの国も諜報活動は行っているのでは」と聞いたところ、中国の場合、国家が企業のために相手国の企業機密情報まで諜報するケースがここ数年あとを絶たないと言っていた。逆に、他の国の場合は国家同士、そして民間同士の諜報活動が主となるケースが多いそうだ。


超格差社会が育む社会主義的思想

 果して、今後の世界においては、当分の間(30年サイクルを主張する学者もいる)、中国に見るような国家主導型の社会・経済システムが幅を利かすようになるのだろうか。そして、これからの「社会主義」というのは、果して20世紀に見た全体主義的色彩を必然的に含むものなのであろうか。

 現在の香港情勢を見ても分かるように、国家主導型の社会構造や経済システムは、民主主義を必ずどこかで抑圧する。一方で、自由主義経済の行き着く先に出現した超格差社会は、大衆の中の社会主義的思想を育むことになる。

 こうした動きの中、従来の北東アジアの政治構造、すなわち、中朝露対日韓米、という二つの軸はどうなっていくのであろうか。韓国だけが中朝に接近するという従来の見方の一歩先を読むとアメリカ自体どうなっていくのかを見極める必要がありそうだ。民主主義と自由経済に飼い馴らされてきた私にとってこの過渡期は心配だ。社会主義や国家主導型経済システムは経済発展や技術開発、そして人権を妨げる傾向があることを経験から知っているからだ。

 日韓米を行き来している直感からすると、かつて日本は「総中流社会」といわれたこともあり、今日本がいくら自らを格差社会と認識しようが、韓国やアメリカにおける格差の大きさに対する実感が湧きにくいのではないだろうか。仮にトランプ再選の場合においても、カリフォルニアやマサチューセッツなどで幅を利かす左派勢力がいかにアメリカの国政に影響を及ぼし、日本にはこうしたアメリカ、そして北東アジアといかに向き合うのか、巧みな舵取りが求められる。

筆者:T.W.カン

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