ロヒンギャが「次のパレスチナ人」になる日

10月11日(水)17時0分 ニューズウィーク日本版

<イスラム社会はロヒンギャ迫害を、70年前にパレスチナで起こった「大災厄」と重ね合わせ始めた>

パレスチナ人への迫害は、イスラム教徒の世界的な共同体を意味する「ウンマ」にとって、長年の関心であり続けた。パレスチナ人が慣れ親しんだ故郷を繰り返し追われ、不当な扱いを受け、国家樹立を否定されるのを、世界のイスラム教徒は長年にわたって目に焼き付けてきた。

そんな彼らの前に今、イスラム差別の新たな象徴が現れた。ミャンマー(ビルマ)のイスラム系少数民族ロヒンギャだ。

一部のイスラム系論者に言わせれば、ロヒンギャが受けている扱いは、これまでパレスチナ人しか経験していないようなものだ。当然、ウンマが見過ごすはずはない。

荒廃した村や、ロヒンギャがバングラデシュに避難する映像は、パレスチナ社会に伝わる「ナクバ(大災厄)」の記憶に強烈に訴える。ナクバとは48年5月、イスラエル軍が英委任統治領パレスチナから75万人以上を追い出し、イスラエル国家が建設された日だ。

いま世界中のイスラム教徒が、パレスチナ人とロヒンギャの経験に共通点を見いだしている。ロヒンギャも目に余る虐待の標的にされ、社会の片隅に追いやられている。

ロヒンギャは国家を持たない永遠の流民となり、彼らの人権を守ろうと声を上げる味方はほとんどいない。パレスチナ人と同じく自国の民族と認められず、不法入国者として扱われている。

イスラム教徒は、迫害の正当化に宗教が利用されていることもパレスチナ人との共通点とみている。ミャンマー政府は仏教徒の過激派に、ロヒンギャの迫害を促している。イスラエル政府は、ユダヤ人過激派がパレスチナ人の民族浄化を奨励するのを許してきた。

ミャンマーで仏教系過激派組織「969運動」を率いるアシン・ウィラトゥ師など超国粋主義の仏教徒は、イスラム教徒をアフリカのコイに例える。「繁殖スピードが速く、暴力的で共食いもする。国内では少数派だが、私たちは彼らがもたらす負担に苦しんでいる」

この言葉から思い出すのは、パレスチナ人を「蛇」呼ばわりしたイスラエルのアイエレット・シャクド法相など極右派の発言だ。シャクドは「パレスチナ人は全てわれわれの敵であり、抹殺すべきだ」と言い放った。イスラム嫌いには国境がないことを、改めて思い起こさせる。

イスラム世界に亀裂も

アラブ諸国のメディアは、ロヒンギャへの残虐行為についての論評を絶え間なく報じている。ヨルダンのアル・クッズ政治学研究センターのオレイブ・レンタウィは、ロヒンギャの問題が既に「シーア派対スンニ派」のような宗派対立よりも大きな問題になったと指摘する。米クリスチャン・サイエンス・モニター紙も、宗派的・政治的対立の要素がないロヒンギャの窮状は、宗派の垣根を越えた問題だと書いた。



ロヒンギャ問題に関する抗議行動がいくつものイスラム教国で起きていること自体、宗派を超える問題であることを示している。ロシア南部チェチェン共和国の首都グロズヌイでは、ロヒンギャとの団結を示すため数万のイスラム教徒が抗議行動を行った。テルアビブやジャカルタのミャンマー大使館前でも、大勢のイスラム教徒がデモを行っている。

世界中のイスラム教徒がロヒンギャの問題に心を痛めている一方で、イスラム教の宗教指導者や国家指導者の対応は十分とは言い難い。アラブ連盟も、イスラム諸国の国際機関であるイスラム協力機構も、緊急の会合を開いていない。

反応が全くないわけではない。イラン議会のアリ・モタハリ第2副議長はイスラム教国に対し、イスラム教徒主導の派遣軍を立ち上げ、ロヒンギャを救済するよう呼び掛けた。イランと対立するサウジアラビアは、「ウンマの指導者を自任する国として、残虐行為と人権侵害を非難する決議の採択を呼び掛けた」と、ツイッターで発信した。

だがこうした反応は、イスラム諸国の団結と同時に分断を示している。イスラムの各勢力が主導権をめぐって対立するなか、ミャンマーでの人道活動が過度に政治問題化されている。

かつて父祖の地を追われたパレスチナ人 Bettmann/GETTY IMAGES

トルコ政府当局者は、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領がミャンマーの国家顧問アウンサンスーチーと暴力について議論したという。トルコ当局はこの問題が国際的に、特に「イスラム世界」で懸念を集めているとしている。

サウジアラビア政府は、実際に国連安全保障理事会に働き掛けた。しかし批判派は、サウジアラビアがミャンマーと政治や経済面で深いつながりがあるために、ロヒンギャ問題に積極策を取っていないとみている。

クリスチャン・サイエンス・モニターは「サウジアラビアはミャンマーの石油インフラに数百万ドルを投資しており、ミャンマーを通る石油パイラインを使って中国に石油を提供し続けるつもりだ」と報じている。

実際には、サウジアラビアはロヒンギャへの支援策を強化している。サウジアラビアは近年、ミャンマーからイスラム教徒25万人を受け入れており、住居や教育、医療や雇用を無償で提供している。

ロヒンギャ問題が人々の感情に訴える理由の1つは、報道が偏向していると考えられていることだ。テロとして報じるのは犯人がイスラム教徒の場合だけと見なすイスラム教徒もいる。

米ジョージア州立大学のエリン・カーンズ率いるチームの調査でも、同様の結果が示された。調査によれば、暴力の加害者がイスラム教徒の場合のメディア報道は、加害者がイスラム教徒ではない場合に比べて約4.5倍に及んでいる。カーンズに言わせれば「イスラム教徒ではない加害者が同程度の注目を集めたければ、もう7人くらい殺さなくてはいけない」ことになる。

「パレスチナ人はテロリスト」という短絡的な見方も一般的だ。ロヒンギャの場合、ミャンマーは被害者のはずの彼らを「ベンガル人テロリスト」と、加害者として表現している。



「ナクバ」再来を危惧

世界のイスラム社会にとっては、イスラム教徒が過半数を占める国と「欧米」は、民族浄化に加担こそしていなくても、あまりに長く沈黙しているように感じられる。

しかし注目すべきなのは、他の民族集団でも起きている同様の問題に、国際社会がほとんど目を向けていないことだ。例えば中国西部の新疆ウイグル自治区を拠点とし、チュルク語を話す少数民族ウイグルの問題だ。イスラム教徒が過半数を占めるウイグルは、社会的にも政治的にも迫害されている。

イスラム世界は中国の治安部隊が反ウイグルの暴力をあおっても、見て見ぬふりをしてきた。この理由については、イスラム世界の指導者たちが中国との魅力的な貿易関係を損ないたくない、あるいは自国の反体制派に対する姿勢に注目を集めたくないためだという指摘がある。

ロヒンギャとパレスチナ人の窮状は、宗派間の違いを超えた危機となっている。双方に対する迫害は、イエメンやイラク、シリアでの宗派対立では見られないイスラム世界の協力と団結につながっている。

ミャンマーの問題では世界中のイスラム教徒が平和と思いやりを求めて団結しており、その点ではシーア派もスンニ派も同じ気持ちだ。その一因はロヒンギャの問題が、イスラム世界を分断する宗派の違いという問題から遠く離れていることだろう。

慈悲や思いやり、正義を重んじるイスラムの教えは、無実の命が失われることがあってはならないと説く。コーランには「地上で悪を働いたという理由もなく人を殺す者は、全人類を殺したのと同じ。人の生命を救う者は、全人類の生命を救ったのと同じ」と書かれている。

だから世界中の何億というイスラム教徒は、人種や民族、宗教や国籍に関係なく、人命を尊重しているのだ。

しかしロヒンギャの窮状は、世界中のイスラム教徒にとって特別な感情を呼び覚ます問題だ。彼らは新たな「ナクバ」の到来を恐れている。

イスラム世界の指導者たちは行動に乗り出さない。そのため一般のイスラム教徒は、自分たちの手でナクバを阻止しようとしている——たとえ、もう遅過ぎるとしても。

From Foreign Policy Magazine


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[2017.10.10号掲載]
クレイグ・コンシダイン

ニューズウィーク日本版

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