映画「クレイジー・リッチ!」を支える日本の生け花

10月15日(月)6時12分 JBpress

ニックの祖母の家の演出で使われたテオさんの作品。マレーシアのコロニアルスタイルの旧迎賓館「カルコサ・スリ・ネガラ」で撮影。(© 2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.)

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 日本で公開中のハリウッド映画「クレイジー・リッチ!」(原題:Crazy Rich Asians)は、シンガポール出身で米国在住の作家、ケビン・クワン氏著「クレイジー・リッチ・エイジアンズ(アジアのクレイジーな富豪たち)」を映画化したものだ。

 同小説は、米・ニューヨークタイムズ紙のベストセラーリストで第1位を獲得するなど、約20カ国で出版された国際的な大ヒット作だ。

 米国では、公開されるやいなや、興行成績1位を独占。過去10年間のラブコメディ映画で最高の収益を挙げている。

 その勢いは米人気女優ジュリア・ロバーツと米有名俳優のリチャード・ギア主演の大ヒット作「プリティ・ブライド」(1999年公開)を凌ぐ勢いで、ハリウッドにアジア旋風を巻き起こしている。

 映画は、ニューヨークで働く大学教授の中国系米国人のレイチェルとシンガポールの不動産王の御曹司のニックの恋愛物語を描いた。

 物語は2人がニックの故郷であるシンガポールに親友の結婚式のため、一時帰国することで巻き起こるラブコメディ。

 注目されている最大の理由は、白人優先主義「ホワイトウォッシング」が台頭するハリウッドで、この映画が「オールアジア」で製作されているからだ。

 監督は、今夏起きたタイの洞窟救出劇を描く映画でも指揮を執ることになっているジョン・チュー氏。原作者、監督、俳優もすべてアジア系で、舞台もシンガポールと、アジアというわけだ。

 ホワイトウォッシングに飽きた米国人にとって、そういった点が強烈なカルチャーショックで目新しく、人気を得ている点だが、地元・シンガポールでは、不満や反感の声も挙がっている。

 アジアの俳優と言いながら、東アジア系(特に華人系)が多く、「シンガポールが舞台なのに、マレー系やインド系が起用されていない。

 中国系富豪の下で働くブラウンアジア(東南アジア系)の存在を無視した最悪の作品」と手厳しい。また、話されている英語が、「欧米英語」で「シングリッシュ」でない、と批判しているのだ。

 また、原作者のクワン氏は11歳で家族とともに渡米。シンガポール国防省が今年8月末、クワン氏を兵役忌避の罪で、指名手配中であることを明らかにした。

 シンガポールでは18歳から2年間の兵役義務がある。1990年からシンガポール政府は通知を出してきたが、無視してきたと発表。

 逮捕され、有罪判決を受ければ、1万シンガポールドルの罰金か、3年間の服役、あるいはその両方が科されることになっている。

 クワン氏の兵役逃れの問題もシンガポール国民からの反感を買う要因になっているというわけだ。

 一方、物語はロンドンから始まって、ニューヨーク、そしてラストシーンまでシンガポールが舞台となる。

 しかし、ロケは実は「(映画撮影の)約70%が隣国のマレーシアで撮影されている」(ハリウッド映画関係者)という。

 映画の冒頭、ロンドンでの高級ホテルでのシーン。母親のエレノアとニックがチェックインの際、アジア人ということで冷遇され、宿泊を断られる。

 激怒したエレノアが夫に電話をかけ、そのホテルを買収し、再びホテルオーナー一家として、同ホテルを訪れ、かつて冷遇された英国人スタッフを見下し返す。

 アジアのクレイジー・リッチとは、「こんなもんよ」と見せつけるところは爽快だ。

 あれは、実はマレーシアのペナン島にあるイースタン・アンド・オリエンタル・ホテル(E&Oホテル)で撮影された。

 同ホテルは、シンガポールのラッフルズホテルの創業者、サーキーズ兄弟が1885年に設立したコロニアルスタイルの超豪華5つ星ホテルだ。

 また、ニックとレイチェルがシンガポール行きを話すニューヨークのカフェは、マレーシアの首都、クアラルンプールにある有名レストラン「Be-Landa House」で、NYケネディ空港のシーンも実は、クアラルンプール国際空港だ。

 シンガポールに住んでいるレイチェルの友人である超リッチなゴー一家の豪邸も、クアラルンプールにある国王の旧宮殿だ。

 また、ニックの祖母が住んでいるシンガポールの豪邸シーンも、クアランプールにある旧カルコサ・スリ・ネガラで撮影された。

 カルコサは、2015年末に営業を終了。現在、マレーシア政府所有の建物だ。

 1897年に旧宗主国、英国の高等弁務官用の邸宅として建てられ、その後は、すべての部屋に執事がつくという迎賓館として、日本の天皇陛下や英国のエリザベス女王など世界中のVIPを迎えたことでも知られた。

 また、クライマックスのシーンでレイチェルとエレノアが麻雀を打つ場面は、ペナン島の歴史的建築物「ブルーマンション」。

 もとは、中国商人の邸宅で、スコットランドの鉄柱、ステンドグラス、風水が取り入れられ、2000年に修復されユネスコの最優秀遺産保護賞を受賞。現在は、博物館兼ブティックホテルになっている。

 このほか、ランカウイ島やラワ島など、クレイジー・リッチの撮影ロケの多くが、マレーシアで行われた。

 余談だが、俳優も主演のニック役のヘンリー・ゴールディングは、マレーシアのサラワク州生まれ。

 父親は英国人で、母親はサラワク州のボルネオ島の原住民、イバン族の家系。ニックの母親役のミッシェル・ヨーは、マレーシアのイポー出身。映画「007」のボンドガールも演じた、アジアを代表するハリウッドレジェンドだ。

 撮影の方は、もともとシンガポールで行うはずだったが、「シンガポール政府からロケ現場のハブになる建物の撮影許可が下りなかった」(ハリウッド映画関係者)。

 また、「シンガポールとマレーシアは、もともとマラヤ連邦という一つの国で、文化や言語が類似していてる。旧迎賓館をはじめ歴史的建物や豊かな自然環境立地が気に入り、撮影の大半をマレーシアで行うことにした」(同)という。

 同映画は、ハリウッドの映画批評家の間でも高い評価を受けており、特にゴージャスな邸宅やパーティーシーンでの斬新な演出やセットが注目されている。

 中でも、「これまでの映画作りで、『最高のフラワー・デザイナー』だ」と同映画の配給先のワーナー・ブラザーズの名物演出家、ネルソン・コアテス氏を唸らせたユー二ス・テオさんの存在は大きい。

 映画全体の演出を際立たせるフラワーアレンジメントを一手に担当したのがマレーシア人のテオさんだ。

 ハリウッド映画進出は初めてだったというテオさんに、日本のメディアで初めて、単独インタビューを行った。

 テオさんは、米国の格式ある全米フラワーデザイナー機関(AIFD)の審査員の免許を持つ東南アジアで唯一のフラワー・デザイナーだ。

 シンガポール、タイ、フィリピン、インドネシアなどアジア諸国に加え、欧米諸国でも国際会議、イベントなどで、フラワーデザインのアレンジメントや講義を行ってきた。

 今回のハリウッド映画初の進出について聞くと、「想像もしていなかった。今でも夢のようだ」と嬉しさを隠せない。

 もともとのきっかけは、長年の顧客だったマレーシアの広告会社の幹部から、「オーディションを受けないか」と誘われたことだったという。

 「オーディションの3回目になって、やっとハリウッド映画のオーディションだと知らされ、ビックリ仰天した」と屈託なく笑う。

 さらに、契約書のサインの際、「映画配給『ワーナー・ブラザーズ』という文面が目に飛び込んできた。何百回も読み直し、その文字から目が離せなかった」という。

 テオさんによると、映画のロケ撮影は昨年の4月末から6月末に行われたという。

 一番大変だったシーンは、映画のストーリーの中でも重要な意味を持つ、ニックの祖母の家で大々的に開かれた1年に1度しか咲かないという、曇花(中国語名:tan hua)の開花観賞パーティに使われた曇花の創作と演出だった。曇花とは、いわゆる月下美人のこと。

 1年に1度だけ、夏の夜、純白大輪の美しくジャスミンのような高貴な香りの花を咲かせ、夜に咲き始め、翌朝までの数時間でしぼむ、というロマンチックで神秘的なサボテン科の多肉植物だ。

 中国文化では、幸運を呼ぶ花として風水などでも重宝されるという。花言葉は「儚い恋」。

 映画で用意するのは、造花。常夏のマレーシアでの気温を考慮し、大事をとって、生花は使われなかった。

 テオさんは、可憐で妖艶な月下美人のリアルさを演出するため、26個の花を用意し、5つの違った花の花びらを使って創作した。1つの花の創作に4時間を要した。

 その5つの花の中でテオさんが一番気に入っているのは、日本の「桜」だった。

 実は、テオさんは8年間、マレーシアでのフラワーデザイナーとしての経験を積んだ後、1993年末に来日。1994年6月まで日本の宮城県仙台市に滞在し、東北大学の語学専門学校に通いながら、日本の生花やフラワーアレンジメントを日本人の先生に習った経験がある。

 現在、山形県でクリニックを経営する親戚夫婦が東京大学医学部の学生だった頃、子供だった花好きのテオさんに、日本から日本の花百選や生花の本を送ってくれて、憧れの日本でフラワーアレンジメントを習いたいと思っていたという。

 テオさんによると、「日本での修行がなければ、今の自分はない」と言い切るほど、日本でのフラワーアレンジメントの経験は、自らのキャリア形成の基礎となっているという。

 その日本人の先生というのは、東北の仙台市で生花やフラワーアレンジメントを教える手塚裕子さんだ。当時を振り返って、テオさんはこう述懐する。

 「手塚先生は、日本の生花だけでなく、ヨーローパスタイルのフラワーアレンジメントを教えていた。とても厳しく、多くを学んだ」という。

 特に、フラワーアレンジメントにおける「高度なテクニック、エレガンスなセンス、厳しい規律」を教えられた。さらに多くの生徒を抱えるテオさんにとって、フラワーアレンジメントの教授方法も手塚さんから習得したという。

 日本からマレーシアに帰国後も、数年間は手塚さんのところに通って、指南を受けたというテオさん。千葉・幕張で毎年開催の国際フラワーエキスポにもマレーシア代表で参加。

 世界的に著名なドイツ人のグレゴール・レルシュ氏にも師事したが、「ドイツのフラワーアレンジメントは、日本のレプリカ。日本の生花の“空間演出”を取り入れている」と分析。今、欧米で日本の生花の創作スタイルがトレンドだという。

 フラワー界での「ルックイースト」を実践してきたテオさんが、ハリウッドに進出。日本の生花がさらに世界で進化、飛躍していくということだ。

 「ハリウッド進出は人生を変えたか?」と聞くと、「私は今も変わらない。花への愛情も同じだ」という。

 主演のミッシェル・ヨーさんからも絶賛されたテオさん。来年公開予定の別のハリウッド映画撮影も今月終了した。

 「クレイジー・リッチ・エイジアンズ」の続編も決まった。花が咲くところ、ミツバチが飛んで、もう一つの花を咲かせる。花の魔術師の成せる業だ。

(取材・文 末永 恵)

筆者:末永 恵

JBpress

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