スケベおっさんの楽園だった中国リゾート島の興亡紀

10月19日(金)6時12分 JBpress

「下川島」のメインストリート(出所:Wikipedia)

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(安田 峰俊:ルポライター)

 広東省台山市にある「下川島」という島をご存知だろうか? 香港や深圳から南西に直線距離で約150キロ、面積は山手線の内側面積の約1.5倍の100平方メートル弱という、そこそこ大きな島である。マカオに隣接する珠海からバスで2〜3時間かけて対岸の山咀碼頭に移動、そこから更にフェリーに乗った先・・・という、なかなかアクセスが大変な場所だ。

 下川島は周囲の複数の島嶼とともに川島群島を形成しており、東隣りにある上川島はフランシスコ・ザビエルの終焉の地として知られている(晩年のザビエルは中国布教を望んだものの、大陸に上陸できずに寄港先の島で亡くなった)。

 だが、下川島が有名なのはそうした理由からではない。人口2万人程度のこの島は往年、性産業に従事する女性を2000人以上も擁する、中国有数の売春島として名を馳せていたのである。当初は台湾人のおっさんたちにより「開拓」されたため、台湾メディアでは「荒淫の島」の異名で呼ばれていた。

 ただし、2013年の習近平政権の成立からしばらくして、下川島の性産業はほぼ壊滅している。今回の記事では中国側の文献や報道から島の歴史を振り返りつつ、「荒淫の島」が興亡したバックグラウンドについて考察してみたい。


アナーキーだった90年代広東省

 現地の文献『台山下川島志』(1997年、広東人民出版社)によると、下川島の存在が中国の地理書にはじめて登場したのは元王朝時代の1304年のことだという。

 やがて明の時代から徐々に人が暮らしはじめ、その後は海賊(倭寇)の根拠地になったり、清や中華民国の兵隊が駐屯したり日本軍に侵略されたり、人民公社が設立されて文化大革命が荒れ狂ったりと、中国南部の田舎の島にありがちな歴史を重ねていった。

 それが大きく変わるのは、鄧小平のもとで改革開放政策がスタートしてからだ。1985年に島内南部の王府洲にリゾート開発計画が持ち上がり、これが1991年ごろから本格化してホテルや別荘が建ちはじめるようになる。

 中国全体がまだ貧しくてアナーキーだった当時、最初は島をマカオのようなカジノリゾートにする計画もあったようだが、さすがに社会主義国家の中国でそれはマズいということで頓挫。結局、いつしか売春産業が発達していき、島では性的なサービスをおこなうサウナやカラオケ店、置屋などが多数開業しはじめる。大部分のホテルでも施設内で公然と女性を抱えているという、ものすごい島が出来上がってしまった。

 広東省はゼロ年代前半ごろまで北京の中央政府による統制がゆるく、「先進地域」である香港や台湾、海外華僑らをターゲットにした賭博や売春で外貨を稼ぐ産業が花盛りだった。いわんや、中央政府どころか広東省政府の目すら届きにくい辺境の下川島では、それが特に極端におこなわれたようなのである。


台湾のスケベおっさんのパラダイス

 1990年代終わりごろから、下川島は台湾人のおっさんたちによって「開拓」されていった。すなわち、企業家や駐在員など中国大陸に一時居住している人だけではなく、女性を目的にわざわざ台湾から島にやってくる人が出はじめたのだ。

 以下、2001年に台湾の週刊誌『壹週刊』第10号が巻頭で特集した、「大陸直擊台湾男人蜂擁荒淫島」という物凄いタイトルの記事の一部を翻訳して紹介しよう。

 王府洲度假区(休暇村)内のビーチでは、ビール腹を突き出して少女の手を引いて歩いている中年男性をどこでも見ることができる。なかには白髪頭の「祖父と孫」のような組み合わせも少なくなく、特に人目を引く。
 (記者と)同じツアー団の簡さんはすでに御年68歳、顔と手には老人斑が浮かぶ。彼は20歳ほどの四川省出身の女性の手を引いてビーチをゆっくり歩き「若いのはいいぞ」と、前歯がすべて抜けた口を開けて上機嫌で大笑いした。
 簡さんが言うには「ここの女性は純朴で騙してこないよ。数百元をあげれば何でもできるし、ときには2〜3人を全部連れ出して、一緒に食事をして眠っても、1000元もかからないんだ」

 記事中には、国共内戦の生き残りである中華民国陸軍の元将校の80代の老人が17歳の中国人少女の手を引いて歩いていた──、といったエゲつない話もある。想像するとグロテスクな光景だが、現在から17年前の話であり、当事者たちもすでに逝去している可能性が高いので、過去のひとつのエピソードとして読むべきだろう

 なお『壹週刊』によると、2001年当時の下川島で働いていた女性たちの約7割は湖南省出身で、次が四川省出身と、中国内陸部の貧しい地域の出身者たちが多くを占めていた。当時の台湾国内には下川島ツアーを専門に取り扱う旅行会社が30社以上も存在し、毎日300人以上の台湾人男性が下川島に上陸。彼らの遊び代は「イッパツ」が200元(現在のレートでは約3200円)、女性と24時間一緒にいて400元だったとのことである。


日本人客も大量に行っていた!

 その後、下川島はゼロ年代後半から日本でも一部で有名になり、日本人客も少なからず来島したらしい。2010年8月21日付の香港紙『東方日報』は、同年秋の広州アジア大会を控えた広東省中心部の売買春摘発政策を受けて、広州・東莞・深圳あたりで性産業に従事していた女性が下川島に流れ込んでいると報じるなかで、現地の様子をこのように書いている。

 台山の上川島・下川島はかねてからずっと台湾と日本のセックスツーリストの天国であり、毎日島にやってくる台湾や日本の旅行客は100人を下らず、フェリーから下船するやすぐにグループを作ってお楽しみを探しに出かける。
 現地で性産業に従事する女性いわく「女性を目的に島に来るのは中年の台湾人男性が最も多く、それに日本人客が次ぎ、香港人はここしばらく減っている。ただ、いちばんスケベなのは日本人客だ」という。
 言葉が通じないことから、日本人客は気に入った女性がいるとすぐにたどたどしい中国語で「ヅオアイ、ヅオアイ」(注:性行為を意味する中国語)と話し、それから会話帳を取り出して専門用語を指差し、料金の条件を交渉するという、非常に手慣れた行動をおこなう。

 こちらの記事によると、公安が捜査に来たときはフェリーに乗る時点で分かるので、下川島の女性たちや性産業経営者たちはガサ入れがあっても誰も摘発されないのだという。地元島民は紙上で「島全体がこれ(=性産業)でメシを食っている。警察は島民全員を捕まえるなんて無理だろう」ともコメントしていた。

 その後、2013年には台湾の女性社会学者・陳美華氏が上陸して島内でフィールドワークを実施。大規模なカラオケ店舗では1店舗内に500人近い女性が働いていたことを伝えるいっぽう、島を訪れる中高年の台湾人男性たちの動機が単純な性行為ではなく、疑似恋愛を求めるものであったと分析している。


裏にあったのは人民解放軍利権か?

・・・とまあ、もはや20年近くも続く伝統産業と化していた下川島の性産業だが、2015〜17年くらいにかけて一気に衰退し、現在はすでに壊滅に近い状態にある。島は近隣地域の中国人が子連れで海水浴に訪れるような、健全なファミリーリゾートに変貌したという。

 そのワケは、過去の下川島が「荒淫の島」として発展した理由と表裏一体だ。下川島はもともと全域が人民解放軍の管理下に置かれていたほど軍の影響が強い場所であり、巷説によると現地の性産業は軍の利権だったとされる。

 事実、台湾などで公開された軍事情報を確認すると、下川島には中国人民解放軍海軍・南海艦隊の潜水艦第52支隊(91024部隊傘下)の基地が置かれ、隣接する上川島にも第26ミサイル快速艇大隊が配備されている。

 人民解放軍はもともと陸軍が主体の軍隊であり、往年は海防にまったくヤル気がなかった。ことに中国がまだ貧しかった1990年代には、人民解放軍は深刻な資金難に悩み、党から資金調達策としてさまざまな副業を認められていた。当時の下川島のリゾート開発もその一端だったかと思われる。

 だが、中国の国力が増大して南シナ海への支配を強めるようになったゼロ年代からは海軍へのテコ入れが進み、2013年ごろからは下川島の第52支隊が急速に拡大されだした。下川島は南シナ海への入り口にあり、台湾にも近いため、台湾への武力侵攻を検討する上では地政学的に重要な島だ。1990年代とは違い、ちっともユル場所ではなくなったのである。


利権消滅で「荒淫の島」は終焉へ

 加えて2013年に国家主席に就任した習近平は、汚職摘発や党の統制強化に力を入れる指導者であり、江沢民・胡錦濤時代まで野放しだった中国国内のダーティーな産業利権がどんどん崩壊した(下川島と同じく広東省の性産業の街として知られた東莞が2014年3月に「壊滅」したのも同様の理由だ)。

 軍の掌握を目指す習政権のもとで、従来の制服組のトップだった徐才厚や郭伯雄も汚職容疑で失脚し、聖域視されていた軍の利権構造にもメスが入った。その過程では将校クラスの幹部が20人以上も自殺し、なかでも海軍関係者の自殺は、海軍政治委員の馬発祥中将や南海艦隊装備部部長の姜中華少将など高官が目立った。

 近年、下川島の性産業が「壊滅」したのは、過去にこの島を治外法権たらしめていた利権構造が習近平の手によって崩壊したことと、島の軍事的重要性が向上して管理を強める必要が出たことが、主たる理由だと見ていいだろう。

 かつての下川島の繁栄を支えたものは、台湾・日本と当時の中国大陸との巨大な経済格差や、中国の人権概念の薄さ、それに食らいついて利益を得ようとする利権関係者の地下のネットワークだった。

 だが、近年は中国が豊かになり「発展途上国」ではなくなったことで、海外客を相手にした性産業を問題視する意識が高まった。日台との経済格差も縮小し、人件費も上がり、若者の間では人権意識も強まってきた(あまり知られていないが、当局への反抗につながらない分野についての中国人の人権意識は近年大幅に向上している)。仮に習近平が登場しなかったとしても、下川島の性産業の衰退はある程度は必然だったと言えるだろう。

 中国が非常にアナーキーだった1990年代の広東省の南の海で、人民解放軍の腐敗が生み出した邪悪な大人のリゾート島は、このようにして滅び去ったのであった。

筆者:安田 峰俊

JBpress

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