武装組織が人質1300人、インドネシア・パプア州で謎の村落占拠事件

11月15日(水)21時40分 ニューズウィーク日本版

<ニューギニア島のパプア州の村で警官らに対する銃撃事件が相次いだことから発覚した大量人質事件。地元では、イスラム系テロ組織説から独立運動説、米資本の鉱山会社での労働争議説まで諸説乱れ飛ぶが、未だ決め手がない>

インドネシア最東端に位置するニューギニア島にあるパプア州で正体不明の武装集団が複数の村を占拠し、住民など1300人を人質にとる事件が起きている。インフラもほとんど整備されていない遠隔の地だけに、ニュースは地元の州警察や首都ジャカルタの国家警察の発表と数少ない地元メディアの情報に限られている。事件の詳細は不明で現地の様子を伝える映像もほとんどなく、一体何が起きているのか、インドネシア国内でも謎の事件として注目を集めている。

ことの発端は10月21日の現地時間午後12時半ごろ、同州の山間部に位置するミミカ県トゥンバガプラ地方のウティキニ川沿いにある小さな村を巡回警備中の州警察機動部隊車両が突然銃撃を受けて、警察官2人が負傷したことだ。同日朝には離れた場所で鉱山開発関連会社の車が銃撃され、運転手が負傷する事件も起きていた。

この2件の銃撃事件の捜査していた警察部隊が同日午後に再び発砲を受け、警察官1人が死亡、6人が負傷する事態になった。

このため警察は警察官を増員、完全武装で同地域での犯人捜査に乗り出したところ、11月6日ごろから周辺のバンティ村とキムベリー村が正体不明の武装組織に占拠され、住民など1300人が人質に捕らわれていることがわかった。

イスラム系テロ組織の犯行か

「武装した集団が住民を人質に取って村を占拠」という事件の第一報は、インドネシア政府、治安当局をあわてさせた。フィリピンのミンダナオ島マラウィ市を5月に占拠し、戒厳令下フィリピン国軍と本格的戦闘を10月まで続け、多くの犠牲者がでたイスラム系武装組織と中東テロ組織「イスラム国(IS)」シンパによる事件を想起したからだ。マラウィ市での状況が武装組織に不利になるにつれ海路インドネシアに逃走したメンバーの存在も伝えられ、インドネシアも国境警備を強化していた経緯がある。

しかし今回はパプア州の南部の山間部でとても外部から入り込める地域でないことや目撃証言による外見や言葉からパプア人の集団であること、武装しているとはいえ、拳銃や小銃レベルで一部は弓や槍を所持していることなどから、イスラム教系テロ組織の可能性は否定された。

警察は「犯罪者集団」との見方

地元パプア州警察、インドネシア国家警察によると、村々を占拠している武装集団は当初20〜25人とみられていたが、その後約100人と判明、ほぼ全員が武装し、住民と近くの金鉱山で働く州外からの労働者1300人が人質になり村外への移動を阻止されているという。



ボイ・ラフリ(Boy Rafli)州警本部長は11月11日に武装集団のメンバーとして21人を指名手配したと発表。このうちリーダー格はサビヌス・ウェーカー(Sabinus Waker)という人物でこれまでに「殺人、銃の不法所持・不法発砲」容疑がある人物で、集団には類似の犯罪者が多く含まれている、としている。

パプア州警本部長だったこともある国家警察のティト・カルナフィアン(Tito Karnavian)本部長も「今回事件のあった一帯で金鉱山を無許可で採掘する労働者の中に武装グループが存在していることを当時確認していた」とわざわざコメントした。これは今回の事件がテロや独立運動とは無関係であることを強調する意図があるものとみられているが、一部マスコミからは「そんなグループを確認していたのならなぜその時に摘発しなかったのか」と逆に批判を受けている。

独立運動の一派、労働争議との見方も

占拠された村には武装集団の求めに応じる形でこれまでに外部から食料などコンテナ20個分が届けられており、人質からは「子供用のミルクを届けてほしい」などの要望がでているという。

パプア州は西パプア州とともにニューギニア島の西半分にあり、旧オランダ領から国連統治を経て1969年に帰属を問う住民投票が実施された。しかし自国領と主張するインドネシア軍の投票操作とその後の軍の侵攻でインドネシアへの併合が実質上決まったことを背景に独立を求める武装闘争が細々とではあるが現在も続いている。

独立運動の主体は「自由パプア運動(OPM)」という武装組織で、インドネシア警察、軍への散発的襲撃やパプア州南部で大規模な金、銅鉱山開発、採掘を続ける米資本「フリーポート社」関係者への襲撃事件などを起こしている。

こうした経緯から今回の人質事件も警察官襲撃が前段になっていることからOPMの一派の関与を指摘する報道も出ている。

もっともOPMは当局が封じ込めほぼ活動停止状態と主張してきたインドネシア治安当局にしてみれば、「OPMの活動は認めたくないところ」。それがために「犯罪者集団の犯行説を強調しているのではないか」(インドネシア人記者)との見方も出ている。

さらにフリーポート社の現地子会社でもある「フリーポートインドネシア」や関連する下請けの鉱山開発各社では最低賃金や労働環境を巡る労働争議も頻発している。争議の大半は州外からの労働者とパプア人労働者の待遇格差とされ、今回も人質の中に州外からの鉱山労働者が300人含まれていることから、労働問題が関連している可能性もあるという。



人質の安全優先で長期化の懸念も

いずれにしろ武装集団からは食料を届けること以外に身代金の要求、具体的な政治的要求もなく、犯行動機も集団の性格も判然としない状態が続いている。

インドネシア国軍のガトット・ヌルマンティヨ(Gatot Nurmantyo)司令官は「住民の安全を最優先する立場から説得による解決を目指したい」との考えを示しており、場合によっては解決が長期化する懸念も出ている。

11月12日には人質となっていた住民の中から妊婦が出産のため解放され、村の外に出た。警察はこの妊婦を病院に搬送する一方で、犯行グループや人質の状況などについて詳しく事情を聴いている。

警察は人質の健康状態への懸念から医療チームを占拠された村へ派遣する交渉を現在進めており、地元の有力者やキリスト教関係者が武装集団と直接話し合いを続けているという。

今回の事件は遠隔地の山間部で報道陣も容易に近づけない場所であり、警察による発表以外に現地の様子があまり詳しく伝わらないことや、事件の長期化による社会的、政治的影響も大きくないとの判断から、警察は「説得による解決」を今のところ目指している。その一方で、膠着状態の長期化はフィリピンのマラウィ市の二の舞となる心配もあり「状況次第では一気に強硬手段に出る可能性も否定できない」と現地情勢に詳しい関係者は指摘する。

人権団体の弁護士などからは占拠された村周辺には多数の警察官、兵士が配備されており、人質以外の住民への立ち退きや移動制限などが始まっており、次第に緊張が高まっていることは間違いなさそうだ。

[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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大塚智彦(PanAsiaNews)

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