困窮する農民を救った「罪」で殺される北朝鮮の幹部

2020年11月16日(月)5時50分 デイリーNKジャパン

北朝鮮は残念ながら、正直者がバカを見る社会だ。人々を救うために正しいことをしても、国や地域のトップの意にそぐわないことならば、命すら危ぶまれる。


韓国にほど近い北朝鮮の穀倉地帯、黄海南道(ファンヘナムド)で、また一人の正義感の強い幹部が、命を奪われようとしている。


道内の延安(ヨナン)郡の中心地にある協同農場は、2年連続で深刻な凶作となった。とりわけ今年は、梅雨の長雨と台風の被害により、惨憺たる作況となった。


ここで働く農民たちは、当面の食い扶持すら確保が難しい状況となっている。その理由は自然災害だけではない。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は、協同農場から「軍糧米」を確保しており、国は各農場に軍に供出する穀物の量を割り当てるが、凶作のせいで決められた量を供出すると、米びつがすっからかんになってしまうのだ。軍糧米の供出を巡っては、軍と農民の衝突すら起きている。


そんな状況を目の当たりにしたこの地域の人々の脳裏をよぎるのは、かつての大飢饉だろう。


当局は2012年、金正恩党委員長の「指導者デビュー」を祝う“どんちゃん騒ぎ”を数カ月にわたり続けるため、黄海南道の食糧を、根こそぎ徴発してしまった。延安や隣接する青丹(チョンダン)、白川(ペチョン)は深刻な食糧不足に陥り、多数の餓死者が発生した。


犠牲者数は2万人とも言われ、1日で1000人以上が餓死した日もあったと伝えられている。飢えた人々が家族の亡骸に手を伸ばす「人肉事件」の悲劇すら伝えられた。同様の事態は、2016年にも発生した。


恐怖に取り憑かれ、困り果てた農民は、協同農場の農勤盟(朝鮮農業勤労者同盟)のハン委員長を訪ねた。そして、窮状を率直に話し、問題解決に力を貸してほしいと直訴した。農民の苦しい暮らしを誰よりもよく知っていた委員長は、同情心と責任感から行動に出た。


委員長は、協同農場の管理委員会を訪ね、こう話を切り出した。


「自然災害で今年は農民に分け与える分配が滞ってしまった。個人耕作地の収穫もダメになり、農民個人の米びつはすっからかんだ。それなのに、分配量は去年より少ないと農民が憤っている。来年のポリッコゲ(春窮期)までどうやって食いつなげばいいというのか。軍の食糧は、国が責任を持って配給すべきではないのか」


また、農場に軍糧米の徴発にやってきた兵士や里(村)の朝鮮労働党委員会にも、農民の苦しい状況を説いて回った。


先月下旬、協同農場の農民数人が、軍糧米の未納運動を行ったとの濡れ衣を着せられ、保衛部(秘密警察)に逮捕された。その数日後、委員長も逮捕された。「軍糧米未納運動を謀議し、農民を煽動した」との容疑だ。現在は、黄海南道保衛部の予審課に勾留されている。


委員長の妻は、逮捕翌日に食べ物と衣類を持って保衛部に面会に行ったが、「マルパンドン(言葉反動=政府批判)の老いぼれの嫁が来やがった」などと暴言を吐かれ、門前払いされたという。


情報筋は、委員長の運命についてかなり悲観的に見ている。


「委員長は無期懲役刑にされ、管理所(政治犯収容所)か教化所(刑務所)に入れられるだろう。その中で生き残れる可能性は少ない」


正義感が逆に悲劇を生んだ最たる例は、1998年の黄海製鉄所の虐殺だろう。


未曾有の食糧難「苦難の行軍」の真っ只中で、飢えに苦しむ従業員10万人を救うために、製鉄所の幹部は、鉄板を売り払って食糧を購入したのだが、軍需用の物資を勝手に売り払ったとして、幹部8人が公開銃殺にされた。


その場で異議を申し立てた女性も射殺された。あまりの非道ぶりに怒った労働者は抗議運動を展開。これに対して金正日総書記が返した答えは、戦車を動員した大量虐殺だった。その犠牲者は1200人に達したと伝えられている。


デイリーNKジャパン

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