グーグル量子コンピューターは何を達成したのか

11月27日(水)6時0分 JBpress

米カリフォルニア州のカリフォルニア大学サンタバーバラ校で量子コンピューターを開発するグーグルの研究チーム(提供:Google/ロイター/アフロ)

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 カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校に拠点を置くグーグルの量子コンピューター開発チームが「量子超越性(Quantum Supremacy)を実現した!」との報道が流れ、世界的に大きな反響がありました。

 まず9月中にNASAから間違ってペーパーが公開され、ついで10月23日にネイチャー(Nature)誌に正規の公刊(https://www.nature.com/articles/s41586-019-1666-5)があったものです。

 どれくらい中身が理解されているかは別として、ビットコインなど仮想通貨価格が上下するなど、影響が見られました。

 しかし、いったいそこで何が実現したのでしょう?

 原著を理解するのには、量子ゲート計算の数理と計算可能性の情報科学、それに極低温物性実験やデバイス加工の知識が揃わないと歯が立たず、なかなかモノにするのは難物です。

 これは全くの偶然なのですが、論文のエンドオーサー、プロジェクト・トップのジョン・マルティニスは、私がかつて極低温物性物理研究の末端に関わっていた頃の分野と重なる人物で、私の出身研究室の先輩や後輩にもこの分野で仕事をしている人がいます。

 そこで、いろいろ教えてもらいながら、多岐にわたるグーグルペーパーの一通りの概要を押さえるようにしてみました。

 量子ゲート計算は今後の情報テクノロジーの世代交代、特にセキュリティのシフトを左右する最大のカギを握る分野と考えられます。

 以下ではグーグルの論文が何を主張しているのか、そのポイントと並行してセキュリティの世代交代という観点からの意味づけを検討してみましょう。


計算機の世代交代とは?

 ここで話を卑近な例に移して考えてみたいと思います。

 読者の皆さんは1930〜40年代生まれから21世紀にこの世に誕生した人まで、様々と思いますが、1970年前後の記憶がある方には、電卓登場の前後の違いを覚えておられる方が少なくないと思います。

 私は前回の東京オリンピックの年に生まれましたので「カシオミニ」が登場した1972年には小学校2年生で、「子供に電卓を使わせると計算力が低下する」といった大人の議論が戦わされていたのをよく覚えています。

 今日では考えられないことでしょうが、電卓とそろばんが一体化した製品などが売り出されており、ピ・ポ・パと電卓で計算して出てきた数字が本当に正しいのか、そろばんで検算しないと納得しない、という商店主の方などが、決して少なくなかった。

 ちなみに、現在でも私は、レジで会計してもらうとき、足し算その他を暗算でフォローしておつりが正しいか、自分自身の頭でチェックするのが生活習慣になっています。

 とりわけ欧州の生活では、レジを打つおっさんおばさんが全く頭を使わず、誤った額のつり銭を出してくることが珍しくありません。

 得をするならまだしも、損するような計算間違いが非常に多い。その都度クレームすることになります。

閑話休題

 そろばんを信用できると思っていた世代は、電卓やエクセルの計算を信用する気にならず、いちいち別の方法で検算することが普通でした。

 そのような習慣が、21世紀の今日はほぼ廃絶していると思います。

 一つの理由はそろばんを習う人が減ったことにあると思いますが、もう一つの理由として、そろばんでは代替できない、レジ固有の機能が圧倒的に進化したことを挙げておく必要があるでしょう。

 サプライ=チェーン・マネジメントのテクノロジーは1970年代、ワンチップのコンピューターが登場し、それがネットワークで連結することで急速に進化します。

 端的に言うなら、米国発祥のセブンイレブンがコンビニエンスストア・チェーンとして日本に上陸するのは1973年、つまり「カシオミニ」の翌年のことで、ワンチップコンピューターなくして、コンビニチェーンのビジネスモデルなし、ということができます。

 我が国の社会経済にコンビニが浸透するにつれて、スタンドアローンのマシンであるそろばんは、その存在感を薄めていきました。

 どれだけそろばんが進化しても、ネットワークコンピューターの代役を果たすことはできません。

 つまりネットでつながれたレジは、そろばんに対して圧倒的な優越性、超越性を有していたので、完全にその役割が世代交代することになった。

 これに相当する「世代交代」を示す指標として、フォン・ノイマン式の「古典計算機」を量子コンピューターが完全に凌駕する状況を「量子超越性(Quantum Supremacy)」と呼ぶことにしたのです。


グーグルが示した「量子超越性」とは?

 極低温物性物理学者であるジョン・マルティニスは2014年にグーグルの量子コンピューター部門のトップに就任し、明示的な発表はありませんが、どうやら5年以内に一定の成果を挙げることを約束したようです。

 その5年目にあたる今年、2019年の秋に「量子超越性」を実証したと称する論文を公刊したわけですが、そこにはややマッチポンプ的なトリックがあります。

 いま、量子コンピューターを用いてデタラメな出力が得られるようなプログラムを組んだとしましょう。

 量子コンピューターは自身の生理に従って、ランダムな「1.0.0.1.0.1.1・・・」といった数字の列(ビット列)を出力するでしょう。

 これと同等の計算を、古典的なスーパーコンピューターに真似させてやろう、というのが、マルティニスたちのグループの戦略でした。

 つまり、もともと量子コンピューターにとって得意かつ自然であり、かつ古典コンピューターであるスパコンでは解決至難な問題を設定してやり、スパコンに量子コンピューターの真似・・・シミュレーションをさせてやろう、というのです。

 最初は比較的簡単な設定で、量子コンピューターを回してやり、同じ状況で幾度も幾度も、大量のデータを出力させることにします。

(彼らはこれをランダム・サーキット・サンプリングと呼んでいます)

 1011001・・・といったビット列が吐き出されますが、ランダムなりにその出力は同じシステムで出力してやると、量子力学的な偏りによって、一定の傾向を持つようになるのです。

 それを、通常の古典的なコンピューターにシミュレーションさせてやろうというのがここでのアイデアで、同等の計算を大変にパワフルなスーパーコンピューターに真似させるわけです。

 しかし、そもそもは量子力学系にとって自然で、ノイマン計算機には完全にアウェーの問題設定です。

 さらにその解くべき問題を難しくしていくと、古典的なスーパーコンピューターにとって難度は指数関数的に上昇して、ついには追いつかなくなってしまう。

 こんな具合で、相当難しい設定で量子コンピューターを30秒程度回し、その結果を観測してまとめるのに3分程度を要する問題を解いてみます。

 これと同等の計算をスーパーコンピューターで真似させたなら、理論的には1万年ほどかかってしまうだろう・・・という程度まで、量子コンピューターはスパコンを引き離すことができた。

 だから「量子超越性」が実証できた・・・というのがマルティニスたちのグループの主張なのですが・・・。

 やや強引な論法でもあり、競合するライバルたるIBMのグループを始め、数多くの量子コンピューター専門家から、批判や疑義が提出されている(https://wired.jp/2019/10/24/ibm-googles-quantum-leap-quantum-flop/)のも、ご存じの方はご存じの通りです。

 こんな具合で、やや牽強付会の観もある今回のマルティニスたちグーグルグループの発表なのですが、果たしてこれらは価値のないものなのでしょうか?

 いえいえ、これが本当に量子超越性を実証したかどうかは別として、今回達成されたことには、固有の意味があると断言できると思います。

画期的なプログラマブルな
量子ゲート計算チップの実装!

 量子ゲート計算を実現するうえで、一つ非常に難しいのは、実現している量子系の情報を正確に「観測」する技術で、ミスの訂正が技術的な一大難関となっているのです。

 例えば、隣接するキュービットの値を、各々を独立して観測したいわけですが、それらが混信してしまう「クロストーク」が極めて多く、これらを排除するのは容易なことではありません。

 計算そのものと同じか、それ以上に計算結果を読みだす技術の開発が至難を極めています。

 今回のグーグルのチップ「Sycamore」では、隣接するキュービットの間をつないだり、切ったりする「ノブ」や、クロストークを除去するための様々な工夫を凝らし、まともな計算が可能なチップを正確にチューンナップした、画期的なものと言えます。

 そして、そのチューンナップに約2年の時間を要したとみられます。

 それでも一つのキュービットは動作せず、本来は6×9=54と作動するはずが、53個の接合で実行された計算とシミュレーションとの比較が論文にまとめられています。

 今回の結果の最も画期的な成果は、このように細かにチューンナップし、プログラムを組むことができる量子ゲート計算チップを用いて、意味ある計算を実行し、大規模なスーパーコンピューターとの比較を行ったという点です。

 このアプローチの延長での実用化は、仮に汎用機を成立させるのに時間がかかるとしても、特定の目的に絞ったマシンであれば、比較的短期間にも実現可能なものがあるかもしれません。

 たとえて言うなら戦時中の英国がナチス・ドイツの暗号「エニグマ」の解読に特化したマシンを追求する過程で、アラン・チューリング・・・小谷太郎君の解説が出たばかりですが(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58336)・・・らの計算科学にまつわる基本的な業績が生み出され、全く違うところから、米国に亡命したハンガリーのフォン・ノイマンによる汎用計算機が登場する、というようなジグザグの経路を踏む可能性が考えられるでしょう。

 何はともあれ、大きなベンチマークの一つが刻まれたことは間違いなく、今後の展開に注意していきたいと思います。

筆者:伊東 乾

JBpress

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