デジタル制覇狙うロシアの巨大銀行

11月28日(木)6時0分 JBpress

ロシアの銀行

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 先日、在モスクワのヘッジファンドの友人からインベスターツアーへの誘いが届いた。筆者の本業は未上場のベンチャー企業への投資である。

 しかし訪問先にはロシアを代表するIT企業の一つであるMail.ru、そして何よりもズベルバンクが含まれている。

 筆者はズベルバンクの最近の動向に関心を持っており、喜んでメンバーに加えてもらうことにした。

 ズベルバンクとは、ロシア版「ゆうちょ銀行」とも言える、ロシア最大の銀行である。

 その歴史は帝政時代の1841年にさかのぼり、ソ連時代も唯一のリテールバンクとして存続、ロシアになってからは、株式の過半数をロシア中央銀行が保有しつつも商業銀行として活動している。

 2019年6月末現在(以下数値は同)、同行の従業員数は29.2万人、国内支店数1万4200店舗、個人顧客数は9300万人にのぼる(ロシアの人口は1億4000万人余である)、巨大金融機関である。

 そして巨大なのは組織だけではない。

 ズベルバンクがロシア国内の個人預金に占めるシェアは44.6%、個人向け貸出の40.8%、住宅ローンの54.4%、法人向けでも預金 24.9%、貸出31.1%。

 この結果、同行の国内銀行総資産に占める割合は31.6%と圧倒的なビジネスの規模を誇っている。

 2018年の純利益は8320億ルーブル(約1兆4100億円)、ROE(自己資本収益率)は23.1%と過去3年間20%を上回るなど業績も好調である。

 株式市場での評価も高く、足許の同行の時価総額は約8.7兆円、ロシア国内ではガスプロム(10.2兆円)に次ぎ第2位、我が国のメガバンク最大手三菱UFJ銀行(7.9兆円)をも上回っている。

 同行の株式の45%は外国投資家が保有しているが、その人気の理由も理解できる。

 今年のロシア株式市場は主要指標のMOEX(ルーブル建て)が年初来+24.6%(11月25日)と好調であるが、ズベルバンクの株価(同+27.5%)が大きく貢献していることは間違いない。

 さて、こうした基礎知識を頭に入れてズベルバンク本店でのIRミーティングに向かった。同行の本店はモスクワ中心部からはやや離れた場所にある。

 筆者は20年以上前の大使館勤務当時、同じ建物に同行の副頭取を訪問したことがある。その時の話の内容はすっかり忘れてしまったが、通された会議室はテニスができそうなくらい広い空間と巨大テーブルであったことが強く記憶に残っている。

 今回もどんなギガントマニア(巨大マニア)ぶりが見られるのか期待していったのだが、期待は受付ロビーで見事に裏切られた。

 そのロビーは銀行というよりも、まるで今どきのIT企業のそれであった。

 緑(同行のコーポレートカラー)と白を基調にした明るいホールには大きなスクリーンが張りめぐらされ、モスクワの新しい都市風景が映し出されている。

 ロビーにはコーヒーショップ、さらにはズベルバンク・グッズを扱うショップまで開設され、“#SBER”とプリントされたTシャツ(着ている人を見たことはないが)やマグボトル等が販売されている。

 オフィス階のエレベーターホールにも近年モスクワでも人気上昇中のオーガニックフードの自動販売機が設置されるなど、以前の「半官半民貯蓄銀行」のイメージは全く感じられなかった。

 一体、この巨大銀行に何が起こっているのか?

 その答えは今回のIRミーティングで明らかになった。それは 「Shaping the digital landscape beyond banking」、あえて訳せば「銀行業の向こうにあるデジタル経済へ」と言ったところであろうか。

「デジタル経済」とはここ数年プーチン大統領の号令の下ロシア政府が最優先で取り組む経済政策のテーマである。

 ズベルバンクのトップには2007年から元経済発展貿易大臣であったヘルマン・グレフ氏が就いている。

 彼は第1期ウラジーミル・プーチン政権においてクドリン財務大臣と並んでリベラル派の大臣として西側からも高く評価されてきた。

 これ以降、グレフ頭取の下、ズベルバンクは大幅なリストラを伴う急速な組織改革を進めてきた。

 ズベルバンクは2017年に「New Sberbank Development Strategy 2020」 を策定、3つの目標を掲げている。

 1番目は金融ビジネスにおける最高のカスタマーエクスペリエンスと金融ビジネス以外のエコシステムの実現。

 2番目はテクノロジーにおける主導的地位、3番目はこれらを実現するための人材確保と組織づくりである。

 この戦略実現には2013年にズベルバンクに迎えられたレフ・ハシス第1副頭取(ロシアのリテール最大手X5グループCEO=最高経営責任者や米ウォルマート上級副社長を歴任)の果たした役割が大きいと言われている。

 ではズベルバンクは具体的に何をやっているのだろうか?

 答えはシンプルである。国内のベンチャー企業を買い集めているのである。

 ズベルバンクはこの1年間でフードデリバリーやタクシー配車、求人サイトにインターネットメディアにEコマース、ビデオ配信さらには病院予約・遠隔医療サービスまで傘下に収めている。

 グレフ頭取によれば、同行は2018〜2020の3年間に約1000億円を投じる予定であると発言している。

 ズベルバンクが出資しているのは、こうしたネットサービスばかりではない。

 中期戦略の2番目の目標、テクノロジーにおける主導的地位の確立にも余念がない。

 例えばつい先週来日していたVisionLabs社は顔認識技術で世界のトップに位置する(米NIST顔認識ベンダー調査で2019年9月現在第1位)ベンチャー企業であるが、ズベルバンクは同社の大株主である。

 同社の技術はズベルバンクのATMやモバイルアプリにも導入されており、顔認証による口座取引が既に実用化されている。

 なんと先進的な取り組みであろうか!

 しかし、こうしたズベルバンクのベンチャー買収戦略に対して、筆者には今一つ釈然としない思いが残った。

 同じ思いを抱いたのは筆者だけではない。ロシアで著名な投資家の一人がIR担当者に「本業と関係の薄いベンチャー企業買収が企業価値の向上につながるのか?」と質問した。

 IR担当者の答えはエコシステムによる顧客の囲い込みが重要である云々・・・とあまり納得のいくものではなかった。

 筆者にはズベルバンクの行動はロシアの大企業にありがちな「何でも自前主義」にしか思えない。

 そしてズベルバンクはロシアのインターネット・プラットフォーマーにも強い関心を示している。

 同行は国内検索エンジンで60%以上のシェアを誇るインターネット企業の最大手ヤンデックスにも触手を伸ばしたが、これに危機感を感じたヤンデックス側がズベルバンクとの提携を拒否した。

 これに対し、ズベルバンクは国内第2位のインターネット起業Mail.ruとの提携に矢継ぎ早に動いている。

 しかし、ここにきてズベルバンクのエコシステムに異議を唱える大物が現れた。

 ロシア中銀である。

 ロシア中銀はロシア銀行業界に対して絶対的な権限を持つばかりではなく、ズベルバンクの50%+1株を保有する株主でもある。

 ロシア中銀は今週発表された「金融市場における競争発展に関するリポート」の中で、ズベルバンクを直接名指しすることは避けつつも、大銀行による自前のエコシステムの構築は市場の健全な競争を妨げるうえ、個人データの集中は情報漏洩のリスクも高めると強く批判している。

 タイミング悪く、ズベルバンクは先月に相次いで顧客情報の外部漏洩を起こしている。5000人分のクレジットカード顧客の口座情報が闇サイトに流出したのである。

 報道では銀行職員の内部犯行と報じられている。しかもその1週間後にはなんと6000万人分のクレジットカード情報が闇サイトでアクセス可能となっていると報じられた。

 ロシア中銀がこれを看過するわけがない。

 プーチン大統領が期待する「デジタル経済」が今後大きく成長するためには、何よりも健全な競争が必要である。

 政府、ましてや政府系大銀行が市場をコントロールすることで成長を実現することはできない。

 筆者はズベルバンクのエコシステムに対するロシア中央銀行の批判は至極尤もであると感じている。

筆者:大坪 祐介

JBpress

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