「非処女」で代表漏れ、インドネシア女性選手の悲劇

12月5日(木)6時0分 JBpress

*写真はイメージです。本文の内容と関係ありません

写真を拡大

(PanAsiaNews:大塚智彦)

 フィリピンのマニラ首都圏周辺一帯のルソン島で11月30日から12日間の予定で東南アジア諸国による国際競技大会「東南アジア競技大会(SEA GAME)」が始まり、各国のアスリートによる熱戦が続いている。東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国に東ティモールを加えた11カ国の選手団約5500人が56競技530種目でメダルを目指して競い合っており、2020年の東京オリンピックに向けた前哨戦として盛り上がりをみせている。

 1959年以来2年ごとに開催されている「東南アジアのオリンピック」だけに各国のテレビ、新聞はマニラに特派員を派遣して自国選手の活躍を連日伝えている。

 しかしその一方でインドネシアではメダル競争や選手の活躍とは別の話題がニュースとなっている。それは17歳の女子体操選手が大会直前の合宿から強制排除される事件が起きたからである。

 女子選手の母親などによると強制排除の理由は女子選手が「処女でなかったから」というもの。これは「体操競技とは無関係の選手の極めて個人的なことであり、事実とすれば許されることではない」としてマスコミを中心に強い関心を集め、青年スポーツ省、インドネシア国立スポーツ委員会、体操競技協会や女子選手の出身地の州知事、政府与党関係者まで巻き込んだ論争に発展する事態となっているのだ。


「結婚前の性交はタブー」というイスラム教の規範

 当該選手を大会選手枠から外した体操競技のコーチは「強制帰国は素行に問題があり、競技への集中力が欠けていたため」として「処女か処女でないか」が理由ではないと主張している。しかし青年スポーツ省は「事実関係を調査してもし処女性が強制排除の理由であれば、人権問題であり放置できない」との立場を示している。

 女子選手は地元に帰還してから病院での医学的検査を受けた結果「処女である」との診断が下された。だがインドネシア国内ではいまだに「17歳の非処女は国際競技大会に出場する資格がないのか」との主張と、インドネシアの圧倒的多数を占めるイスラム教の「結婚前の性交は禁忌」との規範に照らして「やむを得ない」との考え方が対立。国民の間にイスラム教の規範に基づく考え方が根強いことも示している。

 過去にはオリンピックでバドミントンや重量挙げでメダルを獲得したこともある東南アジア域内きってのスポーツ大国インドネシアが今、女子選手の「処女性」を巡って揺れ動いているのだ。


体操の代表選手候補に突然帰省指示

 女子体操選手として他の体操競技選手団とともに合宿をしながら11月初旬からフィリピンでの大会に備えていた床運動のスペシャリストでもあるシャルファ・アブリラ・シアニさん(17)は11月26日、体操競技のコーチから代表候補を突然外されて、出身地の町へ帰るように命じられた。

 娘のシャルファさんを迎えに行くよう指示を受けた東ジャワ州クディリ在住の母親アユ・クルニアワティさんは、競技関係者やマスコミ関係者から娘の排除理由が「処女ではないこと」であると聞かされ、深い悲しみと同時に怒りに襲われたという。

「娘が非処女である訳がない。しかしもしそうだとして体操選手として何が問題になるのか、体操競技とどう関係するのか」と思ったアユさんだったが、とにもかくにも帰省したシャルファさんをまずは地元のバヤンカラ病院に連れて行き検査を受けさせた。

 その結果シャルファさんには「処女膜が残っていた」ことから処女であることが医学的に証明されたとアユさんは主張している。もっともインドネシアのマスコミの中には「処女膜が残っているからといって必ずしも性交未体験とは断定できない」(iNews)との見方を伝えるところもあり、にわかに「処女論争」が巻き起こっている。

 こうした論争の過熱ぶりに対し青年スポーツ省のガトット・デワ・ブロト報道官は11月29日に声明を出し「シャルファさんの代表選手からの排除は合宿中の素行や競技への集中力欠如があったためであり、処女かどうかが理由ではないと聞いている」との見方を示した。ただ、事柄の性格上「詳細な調査をして処女性が問われたかどうかを調べ、もしそうした事実があれば厳正に対処するべき問題と考える」と将来の調査に含みをもたせた。

 同省では同時にインドネシアのすべての競技団体に対し「極めて個人的な理由である女子選手の処女性と競技を関連付けるようなことを決してしないように」と警告を発する事態となっている。

 競技関係者の話や地元マスコミの報道を総合すると、シャルファさんは合宿中も夜遅くまで複数の男性選手らと外出することを繰り返し、コーチ陣が「夜遊びばかりしていることから処女ではないとみられる」と判断して代表選手から外すことを決めたという。

 シャルファさん自身には排除の説明も帰省指示の理由も直接告げられることはなく、帰省にもコーチや関係者は同行せず、帰省して初めて「非処女が理由」との報道を知ったという。


地元州知事は競技復帰を要請

 シャルファさんの地元である東ジャワ州のコフィファ・インダル・パラワンサ州知事は「処女性に関する情報を漏らした体操コーチは選手本人と家族に謝罪するべきであり、コーチの追放を含めた制裁を求めたい。誠意ある対応がない場合は国立スポーツ委員会への不信任を突きつけ、予算の一時凍結も政府に要請する」とシャルファさんを擁護する。

 また政府与党でジョコ・ウィドド大統領の出身母体でもある「闘争民主党(PDIP)」の東ジャワ支部のスリ・ウンタリ・ボソワルノ支部長も「処女かどうかは私的な問題であり、コーチは他人やメディアに言うべきことではない。事実かどうかは別にしてこのコーチは選手本人に心理的、精神的ダメージを与えて混乱に陥らせた」と厳しく批判。その上で「同じ女性として問題を懸念しており、コーチの謝罪とシャルファさんの代表選手への復帰そしてフィリピンでの大会への参加を求める」としている。

 同州クディリの高校3年生であるシャルファさんはマスコミで「処女でないことが排除の理由」と大々的に報じられたことから「恥ずかしくて学校にも行けない」「体操の練習もしたくない」という状態に追い込まれていると報道されている。

 病院での検査で「処女であることが一応確認」されたものの報道の影響は深刻で、ある意味でシャルファさんは「マスコミによる報道被害」を被っている状況だ。そこで人権保護団体などが実態調査と支援活動に乗り出す構えをみせているという。


圧倒的多数のイスラム教の規範が優先

 インドネシアは世界第4位、約2億6000万人の人口のうち88%をイスラム教徒が占める世界で最も多くのイスラム教徒が住む国である。しかしながら宗教、民族、文化、言語などの多様性を認めることで統一国家を維持するため、マレーシアやブルネイなどと異なりイスラム教を国教とは規定しておらず、少数派であるキリスト教、ヒンズー教、仏教なども等しく認めている。

 しかし、近年イスラム保守派や急進派が圧倒的多数を背景に「イスラム教規範を半ば強制したり、暗黙の優先がまかり通ったりと宗教的少数派には厳しい状況」が生まれつつあるのも事実。

 インドネシアでは警察や軍隊に入隊を希望する未婚の女子は女医が2本指を膣内に挿入する形での「処女検査」が国際的人権団体やキリスト教組織の強い反対にも関わらず現在も続けられているといわれている。

 警察官の場合は「法を執行する職務の警察官が未婚で性体験を有するようではその資格がない」というのが処女検査の根拠とされているが、これも婚前交渉を禁忌とみなすイスラム教の影響が深く関係している。

 国立スポーツ協会、体操協会、青年スポーツ省はいずれも処女が理由の排除をこれまでのところ否定しているが、コーチとのやりとりで実際に何があったのか「詳細な調査を行いたい」としている。

 しかし当面は841人の大選手団を派遣し56競技中52競技にエントリーして熱戦を繰り広げている大会が開催中であることから「現在はフィリピンでの競技の支援に専念したい」としており、本格的な調査は大会閉幕後になりそうだ。

筆者:大塚 智彦

JBpress

「インドネシア」をもっと詳しく

「インドネシア」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ