イエメン、サレハ前大統領の殺害はなぜニュースなのか

12月7日(木)21時33分 ニューズウィーク日本版

内戦で800万人が飢餓状態にある「最悪」の失敗国家。サウジアラビアとイランが代理戦争を戦う国。サレハはこの国に分断の種を撒き、今日まで権力と富を欲しいままにしていた男。だがサレハのいないイエメンは、サレハがいたイエメンより悪いかもしれない>

内戦が続くイエメンで12月4日、武装した兵士らが毛布にくるまれたアリ・アブドラ・サレハ前大統領の遺体を運ぶ映像がネットに流れ、中東全域に衝撃を与えた。

サレハが率いていた政党「国民全体会議(GPC)」は、サレハは同党のヤセル・アル・アワディ幹事長補佐と首都サヌアを移動中、イスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」に殺害されたと確認した。

サレハの殺害は、イエメンの未来と泥沼化した内戦の行方を大きく左右する大事件だ。空爆の巻き添えで既に数千人の市民が死亡し、国連に「世界最悪の人道危機」を宣言された現状から、さらに事態は悪化しかねない。

政治家としてのサレハの経歴は功罪相半ばする複雑なものだ。1990年の南北統一後にイエメンを率いた唯一の大統領として、彼の政権は、汚職、不祥事、党派主義にまみれていた。

「アラブの春」で倒したはずが

政敵同士を対立させて排除する一方、大いに私腹を肥やしたとされる。2004年以降はイスラム教シーア派武装勢力フーシ派と断続的な戦闘が続いた。イエメンの治安部隊がフーシ派の中核だったフセイン・バドルッディーン・アル・フーシを国家の敵として殺害したのがきっかけで、イエメンで民主化運動が起きた2011年まで続いた。

2011年に中東で民主化運動「アラブの春」が起きた時、イエメンでデモに参加した若者たちは30年以上独裁政権の座にあったサレハを退陣に追い込んだ。その後、サウジアラビアなどペルシャ湾岸の6カ国で組織する湾岸協力会議(GCC)が調停に入り、全ての大統領権限を当時副大統領だったアブドラ・マンスール・ハディに移譲することで合意した。

ハディは改革推進のための国民対話会議(NDC)を主導したが、性急に事を運び過ぎて南イエメンやフーシ派の不興を買い、そこをサレハに付け込まれた。

サレハは自らに忠誠を誓う兵士たちとフーシ派の反政府勢力を糾合して、2014年9月、首都サヌアを制圧し、ハディ政権を南部アデンへと追いやった。

サウジアラビア主導の連合軍は2015年に軍事介入を開始し、ハディを正当な大統領として担いだ。サウジアラビアの狙いは、仇敵イランの支援を受けるフーシ派の台頭を阻止することだった、というのが専門家の見方だ。

サレハはフーシ派との連携で力をつけ、イエメン内戦に介入する国内外の勢力に大きな影響力を持つようになった。フーシ派との関係がこじれる時もあったが、連携は続いた──サレハがフーシ派を裏切るまで。



サレハは12月2日、突然フーシ派との連携解消を発表。サウジアラビア主導の連合軍との関係改善を訴え、対話の用意があると表明した(数日前には、フーシ派の後ろ盾であるイランに内戦への関与を強めるよう求めたばかりだった)。

怒ったフーシ派は、イエメンの政治と軍事を巧みに操ってきたサレハをサヌア郊外で殺害。イエメンはさらなる混乱の淵に突き落とされた。

サレハの殺害を受けて、未解決の課題や新たな疑問が浮上している。なかでも差し迫った疑問は、新たに生まれた権力の空白に、イエメンがどう向き合うかだ。

息子を後継者として育てていたが

第一の問題は、誰がサレハの後を継ぐのかということだ。サレハは生前、GPCの組織内で息子のアフメド・サレハを指導し、一定の政治権限を持たせていた。サレハとその支持者らは、イエメン内戦の開始前からアフメドを将来大統領の座に就かせようと後押ししていた。

アラブ首長国連邦(UAE)がすでにアフメドをサレハの後継者として承認していた、という未確認情報もある。だが、サレハの死後、GPCがアフメドを党の指導者として認めるかどうかは不透明だ。

第二の問題は、サレハに従ってきた武装勢力が、このまま忠誠を誓い続けるかどうかだ。武装勢力の指揮官は権力を争う傾向が強いうえ、フーシ派を敵に回すより再度手を組もうとする指揮官が出てくる可能性がある。これら2つの問題の答えが出るまで、しばらく時間がかかるだろう。

フーシ派はサレハの殺害を歓迎し、現在の指導者アブドル・マリク・アル・フーシは12月4日のラジオとテレビの演説で、「裏切り者の陰謀に勝利した」と宣言した。だがフーシ派が今後、これまでサレハが率いてきた勢力と連携するかは不明だ。

地域レベルでは、焦点になるのは内戦と湾岸諸国の軍事介入の行方だ。もしサレハがサウジアラビア連合軍との軍事的、外交的な関係改善に成功していれば、彼は比較的寛大な形でサウジアラビアとUAEを内戦から撤退させていただろう。

だが、国内でフーシ派に対する反乱を煽るサレハがいなくなれば、サウジアラビアにもUAEにも友好的なイエメン指導者はそういないだろう。サレハ政権で国防大臣を務めたアリ・アル・アフマルが有力だが、彼にはイスラム教主義者やアルカイダとの人脈があり、とくにUAEは嫌がるはずだ。

そこでトランプ米政権の出方が問題になる。ドナルド・トランプ大統領の「アメリカ第一主義」に則れば、アメリカの政策は今後も変わらなそうだ。米政権が望むのはイエメン軍内部のテロ因子を叩くことで、内戦の背景にある根本問題に関心はない。



湾岸諸国の終わりなき代理戦争が続けば、アメリカの武器がたくさん売れてトランプ政権は大喜びだろう、という皮肉な見方もあるほどだ。

だが、トランプ政権はこの1年、外交らしい外交はしていない。そもそも国務省は今、レックス・ティラーソン国務長官が辞めさせられるという噂が流れるほど混乱している。

サレハの死にかすかな希望を見出せるとすれば、彼が私服を肥やすために作り出した分断や格差が次第に解消し、安定へのよりよいチャンスが生まれることだ。

だが現実には、サレハが遺した傷はあまりに生々しく、治癒には何年、いや何十年もかかるだろう。そしてイエメンは失敗国家の深みへさらに落ちていく。「世界最悪の人道危機」をこじらせながら。

This article first appeared on the Atlantic Council site.
Tarek Radwan is an independent Middle East researcher and analyst. Follow him on Twitter @tradwan.





タレク・ラドワン(中東アナリスト)

ニューズウィーク日本版

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