イエメン泥沼化がもたらす世界経済への悪影響

12月8日(金)6時0分 JBpress

バブ・エル・マンデブ海峡の位置

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イエメンの首都サヌアで、大統領府を狙ったサウジアラビア主導の連合軍によるものとみられる空爆の被害状況を調べるイスラム教シーア派反政府武装勢力「フーシ派」の兵士(2017年12月5日撮影)。(c)AFP〔AFPBB News〕

 11月30日にウィーンで開かれたOPEC総会で、OPECをはじめとする主要産油国が、協調減産期間を来年3月から来年末まで延長することを決定した。この決定はほぼ市場の予想通りであり、需給改善が続くとの見方が有力である。

 今年5月時点で過去5年平均に比べ2.8億バレル超過していたOECD全体の原油在庫は、主要産油国の減産努力などで10月までにその半分に減少した。今月に入り「11月のOPEC全体の原油生産量が半年ぶりの低水準となっている」との観測も広まり、原油価格は微増減はあるものの堅調に推移している。

 だが、米国のシェールオイルが再び増産基調を強めるのは火を見るより明らかである。米国の11月の原油生産量は日量962万バレルとなっており(8月に比べ113万バレル増)、原油輸出量が同200万バレルを超える週も現れている。

 シェール企業による将来の原油生産に対する売りヘッジも急増している。売りヘッジを行っている期間のヘッジ数量の増減と生産量の増減との間の相関性が高いことから、来年以降、増産のペースが加速する可能性がある。

 FRBの利上げにより投資家の多くが生産拡大よりも利益還元を求めていることから、来年のシェールオイル生産量の伸び予想は「日量50万バレルから170万バレルまで」とされている(11月29日付ブルームバーグ)。このような情勢から、原油価格は今後しばらくの間、1バレル=50〜60ドルのレンジで推移するとの見方が一般的だ。


原油価格を上昇させた「供給途絶」事案

 この均衡を破るのは「突発事象による原油供給の大幅途絶」ではないだろうか。

 今年9月以降に原油価格が上昇したのは、まさにそれだった。まず、8月末のハリケーン「ハービー」をはじめ複数のハリケーンが米国を直撃したことで同国の原油生産量が減少した。9月末にはイラクのクルド自治政府による独立の是非を問う住民投票が実施されたことが原因となり、イラク北部からの原油輸出(日量約60万バレル)が停止した。

 さらにその後、ベネズエラの財政危機が深まり、同国の原油生産量はじりじり減少している(現在の生産量は日量約190万バレル)。ベネズエラの国営石油会社PDVSAは11月に入り「デフォルト」状態にあると認定されたことから、新規プロジェクトを大幅に削減し、従業員に対して50%のコスト削減を求めており、原油生産量がさらに落ち込むのは確実な情勢である。

 しんがりは、カナダから米国を原油を輸出するキーストーンパイプラインでの大規模な漏出事故である。11月中旬の事故発生以降、最大日量約60万バレルの原油輸送がストップした(現段階では復旧の目途は立っている)。

 秋以降の一連の「供給途絶」事案により1バレル=5ドル以上の価格上昇効果があったと筆者は考えている。


成功の保証はないムハンマド皇太子の改革

「供給途絶」事案はまだ続くかもしれない。筆者の念頭にあるのは、サウジアラビアを巡る内外の「きな臭さ」である。

 日本では報道が少なくなったが、11月4日に始まった一連の汚職逮捕劇は収束する兆しが見えていない。ムハンマド皇太子が率いる汚職摘発の委員会が有力王子や閣僚らを一斉拘束して1カ月が過ぎたが、アブドラ前国王の息子で国家警護隊相を務めていたムトイブ王子など一部は拘束を解かれたものの、依然として約200人の王子らが拘束されたままである(12月5日付日本経済新聞)。

 サウジアラビア当局は、拘束した人物から500〜1000億ドルの資金回収を見込んでいるとされているが、「当局が求める金額を支払えないため、多くの王子の拘束が長期化している」ようだ(ムハンマド皇太子は11月24日に「財産放棄と引き換えに釈放することに大半が同意している」と述べていた)。

 筆者が疑問に思ったのは、「王子らの尋問(拷問)を米国の民間軍事会社アカデミ(旧ブラックウォーター)の傭兵たちが行っており、中でも世界的な投資家であるアルワリード王子は相当手荒な扱いを受けている」(11月23日付ZeroHedge)ということである。

 ムハンマド皇太子は一連の権力集中化の動きにより、国防軍に加え内務省(警察)、国家警護隊とすべての「暴力装置」を掌握したはずなのに、尋問のためになぜ民間軍事会社の手を借りなければならないのだろうか。この報道が事実だとすれば、ムハンマド皇太子はこれらの「暴力装置」を把握できていない、もっと言えば、「暴力装置」と敵対しているのではないかと疑いたくなる。

 今回の逮捕劇では、標的はアブドラー前国王の息子たちとされているが、「“ズデイリー・セブン”(初代国王に寵愛を受けたズデイリー家出身の妻が産んだ7人の王子、サルマン国王もその1人)に属する王子らも含まれている」との情報もあり、本来なら味方になるはずの王族まで敵に回してしまった可能性がある(ただし「反対勢力が直ちに反旗を翻す情勢にない」との見方が現段階では強い)。

 国際社会からの懸念をよそに、国内ではムハンマド皇太子の改革を称賛する声が圧倒的に多いようだ(ニューズウィーク誌12月5日号)。ムハンマド皇太子はエンターテインメントを重視したり、穏健なイスラムを標榜したり、女性の自動車運転を解禁するなど人口の半数を占める若者を味方につけようとしている。驚くのは、若者に限らず一般の国民が「ムハンマド皇太子には良心があり、腐敗に手を染めることはない」と信じていることである。

 だが、ムハンマド皇太子も腐敗の元凶であるシステムから生まれた存在であることに変わりはない(昨年夏、欧州でのバカンス中に5.5億ドルのヨットを即金で購入したとの報道があった)。「今やりたいと思っていることを実現できずに死ぬことを恐れる」とするムハンマド皇太子(11月23日付ニューヨーク・タイムズ)は、「国民の支援を梃子に改革を強硬に進めていく」のだろうが、成功する保証はない。


風雲急を告げるイエメン情勢

 サウジアラビアでは内政に加えてイエメン情勢の方が風雲急を告げている。

 ムハンマド皇太子が国防相に就任した直後(2015年3月)に軍事介入を始めたイエメン情勢は、ますます泥沼化している。サウジアラビアが主導するアラブ連合軍の空爆が伝えられる一方で、「サウジアラビア政府は8000人のスーダン軍兵士を傭兵として雇って戦闘を続けているが、傭兵の反乱や相互の殺し合いが多発し、苦戦している」との報道(11月26日付ZeroHedge)が気にかかる。

 イエメンでは12月4日、イスラム教シーア派の武装組織フーシが、サウジアラビアとの対話を志向したサレハ前大統領を殺害し、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)への攻撃を強める姿勢を鮮明にした。

 フーシ派は11月にサウジアラビアへのミサイル攻撃を繰り返し(ニューヨークタイムズは「4日に発射されたミサイルをサウジアラビアは迎撃に失敗した」と報じている)、12月3日にはUAEで建設中の原発に「ミサイルを発射して命中した」としている(UAE政府はこれを否定)。技術的な要因により原発施設に命中しなかったものの、発射されたミサイルはスカッド改良型の弾道ミサイルではなく高性能巡航ミサイル(射程2500キロメートル、高度110メートル以下で飛行するためレーダーで探知できない)だったとの観測がある(12月6日付ZeroHedge)。

 世界の海上原油輸送のチョークポイントとしてホルムズ海峡(日量約1700万バレル)やマラッカ海峡(日量約1500万バレル)は有名だが、イエメンとジプチやエリトリアの間に位置するバブ・エル・マンデブ海峡(以下、マンデブ海峡)も日量400万バレル以上の原油が運搬されている。最も幅が狭い部分は約29キロメートル(ホルムズ海峡は約34キロメートル)、海峡を通過することが極めて困難であることから、船乗りたちから「涙の門」と呼ばれている(下の地図)。

(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51788)

 マンデブ海峡を囲む国々の治安もおぼつかない。イエメンに加えて対岸のエリトリアでは、エチオピアからの独立以降、25年にわたって独裁政治が続いており、世界の中でトップクラスの圧政国家である(アフリカの「北朝鮮」と呼ばれている)。10万人以上の死者が出たエチオピアとの戦争は和平合意が成立したものの、国境線に関する合意はできていない。エリトリアの南方には海賊問題で話題となったソマリアがある。

 フーシ派が産油国であるサウジアラビアとUAEにダメージを与えるために今後マンデブ海峡を通過する原油タンカーにミサイル攻撃を行う可能性は排除できない。フーシ派は昨年10月、イエメン沖の紅海で米海軍のミサイル駆逐艦に対して数度にわたりミサイル攻撃を行ったとされている(フーシ派は関与を否定)。このミサイル攻撃に原油市場は反応しなかったが、主要産油国の減産努力で需給バランスが改善されつつある現在、「フーシ派による原油タンカーへのミサイル攻撃」という記事が報じられれば、原油価格が急騰するかもしれないのである。


中東の地政学リスクがバブルを終わらせる?

 世界経済はサブプライム危機発生から10年を経て、各国の中央銀行の金融緩和などのおかげで金融市場を中心に改善された。しかし、国際決済銀行(BIS)が12月3日に「株価の評価が泡立っている」と指摘したように、主要金融機関の間ではこのところ「株価が割高だ」と警戒する動きが強まっている(12月4日付ブルームバーグ)。

 金利水準に加え、「世界経済に悪影響を及ぼすほど高くなく、また、世界経済にショックを与えるほど安くもない」という原油価格も、現在の株高を支える主要要因の1つである。

 金融市場が崩れるときにはジャンク債が真っ先に売られると言われるが、11月からジャンク債のスプレッド(信用リスクに応じて米国債に上乗せされる金利の幅)が拡大している(12月5日付東洋経済オンライン)。2016年前半に原油価格の下落によってシェール企業が大量倒産したとき、ジャンク債は暴落した。今後、中東地域の地政学リスクの上昇により原油価格が急騰すれば、「金利上昇」への警戒からジャンク債が暴落するばかりか、バブル化が指摘されて久しい中国経済までがいよいよハードランディングすることにもつながりかねない。

 ムハンマド皇太子の「サウジドリフト」(サウジアラビアの若者の間で流行る無謀で危険なドリフト運転)がもたらす地政学リスクについて日本では相変わらず関心が低いが、過去最大規模と言われるバブルを終わらせる「伏兵」になるかもしれない。

筆者:藤 和彦

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