トランプ再選に残された武器は「外交と株価」のみ

12月30日(月)6時0分 JBpress

トランプ再選をめぐって全面対決のケリーアン・コンウェイ大統領首席顧問と夫のジョージ・コンウェイ氏

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弾劾支持が微減、不支持は微増

 ドナルド・トランプ米大統領に対する上院の弾劾裁判は年を越すことになった。

「公明正大な裁判」を主張する民主党が評決の前に4人の証人喚問を要求した。トランプ共和党はこれを拒否、入り口論で真っ向から対立している。

 上院での弾劾裁判の「判決」はすでに出ている。共和党は上院100議席の53議席を占めている。弾劾を認めるには議席の3分の2(67議席)が必要だ。

 従って天地がひっくり返らない限り、トランプ大統領は弾劾を放免される。

 世論は目敏い。最新の世論調査(12月2日から15日)でも弾劾を支持する人は46%、支持しない人は51%。

 前回の世論調査(11月2日から15日)に比べると「弾劾支持」はマイナス6ポイント、「弾劾不支持」はプラス5ポイントとなっている。

(https://news.gallup.com/poll/271691/trump-approval-inches-support-impeachment-dips.aspx)

 こうした空気を見抜いた共和党内には「(上院の弾劾裁判では)民主党からも不支持票が出る公算大だ」と強気になっている。

 だが、ニューヨーク・タイムズはじめ主要メディアはトランプ追及の手を緩めてはいない。

 これから議会が再開する1月6日までにトランプ大統領にとっては不利なスクープが出てくることも十分予想される。

 トランプ大統領は、弾劾は放免されてもそれだからといって再選に向けた態勢が盤石になるとは言い難い。

 すでに12月半ばにはその兆候を示す2つの動きが表面化した。

 一つは、2016年のトランプ候補の勝利に大きく貢献した宗教保守エバンジェリカルズ(キリスト教福音主義)*1の一角が崩れ始めたことだ。

*1=エバンジェリカルズはギリシャ語のエバンゲリオンに由来したものでキリストの4人の弟子(マルタ、マルコ、ルカ、ヨハネ)による福音書正典を信じ、宣教することを意味する。福音書に書かれた文言をすべてそのまま信じる信徒を指している。

 エバンジェリカルズの理論誌「クリスチャニティー・トゥデー」2が12月19日の電子版に掲載した社説で下院が弾劾訴追したトランプ大統領の罷免を主張したのだ。

*2=同誌は、米国の著名な宣教師、ビリー・グラハム師が1956年に創刊した雑誌。エバンジェリカルズ穏健派の「旗艦的存在」。有料発行部数は13万だが、電子版を含むと月250万。PV(ページビュー)は月500万。現在の編集主幹はマーク・ギャリ氏。過去20年間編集主幹を務め、来年初めに引退するという。

 同氏はトランプ氏の不道徳な言動について2016年大統領選の最中や大統領就任3か月後にも批判していた。エバンジェリカルズ中道穏健派の知識人だ。

 ギャリ氏は、同誌の社説でこう主張している。

「トランプ大統領は政敵の評判を落とすため、自分の権力を使って外国首脳(ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領)に働きかけた。これは米国憲法違反というだけでなく、極めて不道徳な行為だ」

「トランプ大統領は保守派を最高裁判事に起用するなど福音派信徒(エバンジェリカルズ)が同氏を支持する理由の一つだったことは事実だ」

「だがそうした点を考慮したとしても、我々が今直面する道徳的、政治的危険性に立ち向かう上で、ここまで不道徳な指導者を大統領として仰ぐのは困難といえる」

「トランプ氏を(弾劾裁判が開かれる)上院で罷免するか、次の選挙で落選させるか、これは良識で判断すべき問題だ」

(https://www.christianitytoday.com/ct/2019/december-web-only/trump-should-be-removed-from-office.html)


指導者200人が直ちに反論

 同社説について、故グラハム師の長男で師を受け継いでいるフランクリン・グラハム師が直ちに反論した。

「トランプ大統領は現代史における最もプロライフ(妊娠人工中絶反対)な大統領だ。これこそが(エバンジェリカルズにとっては)最重要なことだ」

「『クリスチャニティー・トゥデー』(の社説)はそのことをクリスチャンに無視することを望んでいる」

 エバンジェリカルズの指導者たち200人も直ちに反論した。

『クリスチャニティー・トゥデー』の発行人、ティモシー・ダルリンプル氏に共同署名の書簡を突きつけた。

 署名したのは、エバンジェリカルズ系リバティ大学のジェリー・ファルウェル・ジュニア学長、妊娠中絶反対運動の「ファミリー・リサーチ・カンスル」のトニー・パーキンス氏らそうそうたる人たちだ。

「この社説はただトランプ大統領を標的にしただけでなく、トランプ大統領を支持する我々を標的にしたもので許しがたい」

 エバンジェリカルズ指導者たちの反論を見越してか、トランプ大統領は12月20日、自信ありげにこうツイートした。

「この雑誌は出来損ないのプログレッシブ連中のはけ口にすぎない。皆から信仰と銃を取り上げようとする過激な左翼の信仰心のない連中だ」

エバンジェリカルズ信者:
トランプ大統領も私たちもみな罪びと

 エバンジェリカルズの信者たちは同誌の社説にどんな反応を示しているのか。筆者は取材に出かけてみた。

 エバンジェリカルズはキリスト教の特定の宗派の名称ではない。その信徒は確かに南部バプテスト教会派に多いが、長老派、ルーテル派、メソジスト、さらにはカトリック教派にもエバンジェリカルズはいる。

 また地域的にも南部、中西部が多いものの、カリフォルニア州など西部にもいる。特に新興のメガチャーチ(ドームのような巨大教会)にはエバンジェリカルズが集まる。

 ピュウ・リサーチ・センターによれば、カリフォルニア州のキリスト教信者の5人に1人はエバンジェリカルズともいわれている。

 その代表的なメガチャーチの一つが、南部カリフォルニアのリバーサイドにある「ハーベスト・クリスチャン・フェローシップ」だ。

 エバンジェリカルズ系の代表的な教会だ。毎週日曜日の礼拝には数千人の信者が3回に分かれて集まるという。信者数は1万5000人。今も増え続けている。

 この教会のグレグ・ロウリー牧師は熱狂的なトランプ支持者だ。ホワイトハウスを何度も訪問している。大統領主催のクリスマスパーティにも招待されている。

 礼拝を終えて出てきた中年の白人女性になぜ、トランプ大統領を支持するのか聞いてみた。彼女は穏やかな口調でこう答えた。

「私たちはみな人間です。罪を犯していない人間なんか一人もいませんよ。トランプ大統領も同じ、私たちと同じ人間です。悪いこともすれば良いこともする。言わなくていいことも口にする。それはあなたも私も同じです」

 もう一人、信者を掴まえた。不動産業を営んでいる70代の白人男性はやや早口でこう答えた。

「トランプ大統領はわれわれとの公約を次々と実現させている。歴代大統領はみな公約してきたが、やろうとしなかったのが駐イスラエル米大使館のエルサレム移転だ。それを真っ先に実現したのはトランプ大統領だ」

「大統領は、公約通り、人工中絶に反対する法律家を最高裁判事に指名し、最高裁を健全化させた」

「われわれクリスチャンにとって重要なアジェンダは人工中絶の無条件禁止と同性愛の合法化阻止だ。これは神がわれわれに命じたミッションだ」

エバンジェリカルズ共和党支持の起点
「クリントンの不倫行為」

 エバンジェリカルズのトランプ支持はそう簡単には崩れそうにない。『クリスチャニティー・トゥデー』の社説はどうやら不発に終わった感すらする。

 一体なぜエバンジェリカルズはこれほどトランプ支持に固執するのか。そのナゾを解く本がある。

 父親がエバンジェリカルズの教会の牧師で生まれ育ち、長いことエバンジェリカルズ信徒だったベン・ハウ氏が書いた『The Immoral Majority: Why Evangelicals Chose Political Power over Christian Values』(イモラル・マジョリティ:エバンジェリカルズはなぜキリスト教価値観よりも政治的パワーを選んだか)だ。

(本書については2019年10月10日付けのサイトでも紹介したことがある=https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57884)

 同氏によると、エバンジェリカルズのトランプ支持は何もトランプ氏が大統領選に立候補した時に起こったのではなく、それ以前から共和党支持として存在していたという。

 ハウ氏はこう指摘している。

「それまでキリスト教福音主義の宣教に専念してきたエバンジェリカルズの指導者たちが1980年代に政治色を強め、共和党支持に傾倒したのは、ビル・クリントン氏の不倫疑惑、ホワイトハウスのインターンだったモニカ・ルインスキー嬢との「性行為」に対する憤りからだった」

 むろん、エバンジェリカルズ指導者たちには、クリントン氏以下民主党主流派の人工中絶容認や銃規制強化といった政策に対する抜き差し難い反対論が初めからあった。

 それが反民主党スタンスとして確立した引き金になったのが「クリントンの不倫」だったというわけだ。

 こうした憤りはバラク・オバマ大統領の8年間の任期でさらに勢いを増し、エバンジェリカルズの反民主党、トランプ支持への流れを決定づけていった。

 ハウ氏はさらに続ける。

「トランプ氏の登場(大統領選への立候補)でエバンジェリカルズの指導者たちはキリスト教の状況倫理に対する絶対的な原則(Absolute principles for situational ethics)を放棄し、人工中絶反対などエバンジェリカルズが主張する政策実現という政治的便宜主義(Political expediency)に走った」

「状況倫理に対する絶対的な原則」とは、モーゼの十戒に書かれた厳しい戒律だ。

「汝、殺すなかれ、姦淫するなかれ、偽証するなかれ・・・」

 エバンジェリカルズたちは、トランプ氏の乱れた女性関係や非倫理的な言動の数々には目をつぶったのだ。


マケイン派残党が動き出す

 トランプ大統領にとって12月にはもう一つ嫌な動きがあった。

 共和党内の穏健中道派が「トランプ再選阻止」を旗頭に政治献金集めのスーパーPAC(Political Action Committee)を設立し、活動を始めたのだ。

 この活動の正式団体名は「リンカーン・プロジェクト」(Lincoln Project)。

 米第17代大統領のエイブラハム・リンカーンを「理想の大統領」と崇め、その精神と行動をガイドラインにトランプ政権下で分裂する国家を政治的にも、精神的にも統一させるための政治活動だという。

 一言で言えば共和党が指名し、当選させたトランプ氏の再選を阻むことによって今の米国の流れを変えようというわけだ。

 そうしなければ、共和党は未来永劫、健全な政党にはなれないという強い信念がある。

 同団体は、12月17日、ニューヨーク・タイムズのオピニオン面に以下のような声明を発表している。

「われわれは広範囲な意味でコンサーバティブ、あるいは古典的なリベラル派である。多くの政策で民主党とは一線を画すが、米国憲法に忠誠を誓うという点では(民主党と)共通の努力を分かち合う」

「われわれは、2020年の大統領選ではいわゆるスウィング・ステート(共和党、民主党の支持率が拮抗し、選挙の度ごとに勝利政党が変動する州)やスウィング選挙区の現状に不満な保守派、共和党員、共和党支持の無党派の有権者たちが選挙人獲得数や一般得票数でトランプ票に勝つよう支援する」

「そうすることでトランプ氏にこれ以上憲法違反行為をさせないためだ。たとえそれが結果として民主党が上院でも過半数をとり、下院でさらに議席を増やすことがあってもだ」

(https://www.nytimes.com/2019/12/17/opinion/lincoln-project.html)

 同団体の発起人は弁護士のジョージ・コンウェイ氏(ケリーアン・コンウェイ大統領首席顧問の夫君)、スティーブ・シュミット氏(ジョージ・W・ブッシュ大統領、ジョン・マッケイン上院議員らの戦略官を歴任)、作家兼メディア・コンサルタントのリック・ウィルソン氏ら7人。

 面々をみると、共和党中道穏健派、故ジョン・マケイン上院議員を支持してきた「残党」、「怒れる七人のサムライ」といったところだ。


「トランプは共和党を蝕む癌だ」

 スーパーPACは集める政治資金の上限も運動経費の上限もない。いくら集めてもいくら使ってもいい。唯一義務づけられているのは寄付を出した人の名前を選挙管理委員会に届けることだ。

 同団体の発起人の一人、ジョン・ウィーバー氏(ジョン・カーシック・オハイオ州知事のアドバイザー)は具体的な戦略についてこう述べている。

「ドナルド・トランプ大統領はいわば、共和党に住み着いた癌のようなもの。それに追従する上院議員たちも同じ穴のムジナだ」

「われわれは、ミシガン、ペンシルバニア、ウィスコンシン、アリゾナ、ノースカロライナの5州でトランプ再選阻止のための大キャンペーンを展開する」

「と同時にアリゾナ、コロラド、ノースカロライナ、メーン各州の上院選に再出馬する共和党候補を落選させる。カンザス、ケンタッキー各州でも共和党候補を落とすことを検討中だ」

 標的に挙げている6州は共和党現職議員が再選を目指す州だ。

 特にケンタッキー州からは共和党のトップのミッチ・マコーネル院内総務が再選を目指している。党の「最重点州」だ。

 コロラド州のコリー・ガードナー上院議員は「共和党現職では最も危ない候補」と目されている。

 このほか、ノースカロライナ(トム・ティリス議員)、アリゾナ(マーサ・マクサリー議員)は民主党候補の猛追にあって激戦が予想される。

 発起人のコンウェイ氏は標的にしている共和党現職上院議員について厳しい言葉で責任を追及している。

「トランプ大統領の弾劾を積極的にあるいは消極的に放免する上院議員は米国憲法に誓った宣誓を破った」

「トランプ氏を大統領職から引きずり下ろすと同時にこれら上院議員たちも落選させる。有権者としての当然の義務だ」

(https://time.com/5751271/trump-conservative-critics-super-pac/)

 すでに述べた通り、コンウェイ氏の奥さん、ケリーアン・コンウェイ氏はトランプ大統領の懐刀。夫婦は全面対決状態に入った。


株価を操作できるトランプ・プット

 共和党内に起こった「一揆」をトランプ大統領はどうするのか。共和党カリフォルニア支部の幹部の一人に聞いてみた。

 トランプ側近とも密接な関係にある選挙戦略専門家だ。しかも長年ウォールストリートで働いたこともある経済通だ。

「忘れていけないのはトランプ氏は11月3日まで現職だということ。大統領としての権限を持っている。言ったことを実際に政策に出来る唯一の人間だ。それによって米経済も世界経済も動く。国際情勢も動く」

「トランプ氏には再選に向けて2つの武器がある。一つは外交政策。もう一つは経済運営だ」

「前者は素人かもしれないが、外交ではその素人さが役立つ。想定外のことができるからだ。米中で、朝鮮半島で何が起こるか、何を起こせるか。大統領の特権だ」

「後者は実業家トランプ氏の得意中の得意科目だ。具体的には『Trump Put』(トランプ・プット)を使えること。米国株価を操作する大統領特権だ」

「米大統領選挙が実施される年は米国株価が上昇しやすい傾向がある。現職大統領が選挙に向けて経済実績をアピールするために景気の下支えを狙うには最も効果的な武器だ」

「『米国の景気がいいのは私の政策が正しかったからだ』というのがトランプ氏の殺し文句。良好な景気を端的に示すのは米国株価の状況だ」

「トランプ大統領の外交政策は常に国内の株価をにらんでいる。一例を挙げる」

「米中通商交渉でも今年5月と8月にトランプ大統領は米中合意に向けたハードルを突然引き上げた」

「逆に株価が下落に転ずるや、大統領は中国に対する妥協姿勢を見せたり、協議が円滑に進んでいるかのような発言を繰り返した、また米連邦準備理事会(FRB)には利下げ実施を要求した、その後株価は上昇に転じた」

「トランプ大統領は、年明けとともにより米国株価の動きを意識して動く。大統領選投票日まで投資家たちの期待をつなぐことが株価上昇の主因になりうるからだ」

「トランプ再選のカギを握るのは一にもに二も経済、つまり株価だ。大統領選挙というのはモラル闘争じゃない」

「トランプ氏か民主党大統領候補か、どちらが米国民にメリットになるようなことができるか、それをセールスするディール(取引)が大統領選だ」

(https://www.cnbc.com/2019/05/10/the-trump-put-saves-stocks-as-investors-bet-the-president-wont-let-the-market-collapse.html)

 エバンジェリカルズの動向を取材し、トランプ陣営の思惑を探る過程で筆者が痛感したこと。

 それはアメリカ合衆国というの国は今や、かってのような「キリスト教的国家」ではなくなってしまったということだ。

 中道穏健派のエピスコパル(聖公会)の牧師で宗教社会学者のY博士は今の米国を筆者にこう描写してくれた。

「ご存知かどうか、新約聖書ゼカリア書の第四章第六節に以下のような聖句がある」

「『万軍の主(Lord Almighty)は仰せられる。これは権勢(Might)によらず、力(Power)によらず、わたしの霊(My Spirit)によるのである』」

「福音主義を建前にするエバンジェリカルズの指導者たちですら、今や、この聖句の逆をいっている」

「霊、つまり神のご意志によるのではなく、世俗的な権勢と力を備えたトランプを支持する構図、これはまさにマンガチックですらある」

筆者:高濱 賛

JBpress

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