<コラム>日本と多くの共通点を持つ福建省、出身者にとって日本は住みやすい場所に違いない

12月31日(土)22時20分 Record China

歴史上、日本と福建省の関係は密接であった。言葉も似ているし、食べ物でも親しみを感じる。福建省の人にとっては、日本は住みやすい場所に間違いない。写真は筆者撮影。

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在日中国人が日本の「忘年会文化」にすっかり馴染んでしまう。先日、私は「ビン南同郷会(ビン=門構えに虫)」の忘年会に参加した。「ビン南」とは、中国福建省の南地域という意味である。私の故郷である福州市は福建省の北にあるけれども、「ビン南同郷会」の会長である親友に誘われて入会した。

私は日本に来て間もない十数年前のことを思い出した。「出身は中国のどこですか」とアルバイト先の人から聞かれた。「福建省です」と答えると、相手はちょっと神妙な面持ちで「そっか」と言われた。その後、同郷の人から「日本人は福建省出身の人にあんまりいいイメージを持たないらしい」と聞かされた。

日本では、「県民性」という言葉があり、各都道府県の県民の性質や行動についての傾向を指すものである。福建省の「県民性」と言えば、主に勤勉、団結、辛抱強い、商売上手、冒険志向など挙げられる。だが、一部の人の犯罪行為の影響により、80年代から日本では福建省に対して怖いイメージが形成された。

80年代、中国のほかの地域の人よりも一足早く大勢の福建省の人が日本に上陸した。留学ビザにもかかわらず、長時間アルバイトをする人が多かった。当時、福建省の人の多くは単に「金」のために日本にやってきていたのだ。

80年代に来日したある同郷の人が当初アルバイトを探した経験を教えてくれた。日本に来た翌日、日中辞書を片手に数軒の料理屋をまわり、分からない言葉を直ちに辞書を開いて調べて、単語で自己アピールした。さらに皿を洗う仕草を懸命に真似し、店の人がその熱意に感動したらしい。日本語が分からないにもかかわらず、同郷の人がその場で採用された。

80年代に来日した福建省の人たちは、懸命に仕事をして、貯金のほとんどを貧しい故郷の家族に送っていた。「家族のために新しい家を建てたい」。それは皆の共通の夢であった。

資料によると、世界各地にいる福建省出身の華人は約1580万人、海外華人の4分の1を占めている。現在、多くの福建省の人が日本各地で活躍し、その中には起業した人もかなりいる。日本の上場企業の社長もいるし、料理屋のチェーン店のオーナーもいるし、学校法人を経営する人もいる。

日本人の福建省に対するイメージを一新するために同郷人が努力している。「ビン南同郷会」のような在日福建省の人の集まる会はいくつかある。SNSのコミュニティで、「東京福州人会」もあり、同郷の人が力を合わせ、情報交換したり、助けあったりしている。

日本での暮らしが長くなればなるほど、日本と故郷の繋がりが段々見えてくる。1つは、日本語と福建省の地方言語。発音が似ている語彙(ごい)は数え切れないほどある。ちょっと不思議だと思っている。たとえば、「日本」(NIPPON)の発音は、福州語と日本語がほぼ同じである。「野(や)」、「素麺」、「天下」、「犬(けん)」「感謝」、「謝罪」、「参加」、「加減(かげん)」などなど。「転婆」という日本語の言葉は福州語にも存在する。ただ中国語の中には、そういう語彙はない。

ある日、私は苗字「阿保」という方とお会いする際に、相手から「阿保です」と言われた際に、一瞬福州語が聞えたと錯覚をした。日本語と福州語での「阿保」(あぼ)の発音は、完全に一致する。福州語は日本人にとって歴史の香りが漂う言葉であるのかもしれない。

もう1つは、日本料理と福建料理、何とか深い縁がある。福州市の郷土料理である「太平燕」は明治時代に華僑が日本に伝えたもの。現在「太平燕」は熊本県のご当地グルメと知られている。長崎の名物料理「ちゃんぽん」は福州市に属す福清市の「[火悶]麺」(メンミエン)からアレンジしたものとみられる。「ちゃんぽん」の発音は福清語の「喫飯」(食べること)と似ている。福清市では、「天麩羅」に似た作り方の料理もある。

江戸時代初期の1654年、福建省の禅僧隠元隆[王奇]が来日。隠元は、中国式の禅文化と「素菜」(中国式の精進料理)を日本に伝えた。それは日本の「普茶料理」の前身。福建料理は日本料理の源の1つだと言えるだろう。

歴史上、日本と福建省の関係は密接であった。平安時代の遣唐使留学僧の空海がかつて福州市の有名なお寺の鼓山湧泉寺を訪問した。江戸時代に長崎奉行所に置かれていた通訳「唐通事」は南京語と福州語とショウ州語(ショウ=さんずいに章)の三系統に分かれていた。ショウ州はビン南地域の都市である。

日本では福建省の名物と言えば、やっぱり「烏龍茶」である。烏龍茶のペットポルトの包装で「中国福建省茶葉使用」、「福建省産茶葉100%、良質な茶葉を使用した烏龍茶です」という広告の台詞を見ると、なんとなく誇らしく思う。

もう1つの名物である「寿山石」はあまり知られていないかもしれない。福州市の寿山(じゅざん)と言われるところで取れる幻の印材である田黄(でんおう)は、印材の最高峰で、オークションでは数千万の値がつくほど。

言葉も似ているし、食べ物でも親しみを感じる。福建省の人にとっては、日本は住みやすい場所に間違いない。ちなみに、数年前に中国の多くの都市で反日デモが起きた際、福建省では、あまり反日デモはなかった。商売上手な人々は、政治と文化をはっきり分けられる傾向がある。これからもっと多くの日本人が福建省観光へ行ってほしい。現在、東京から福建省の福州とアモイへ行き直行便がある。是非、福建で日中関係の歴史の香りを楽しんでほしい。

■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。

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