不足する大学発スタートアップの経営人材、人材確保支援に乗り出したマイナビ
2025年1月17日(金)16時52分 マイナビニュース
将来のイノベーションの担い手として期待される大学発スタートアップ。しかし、日本におけるその設立数は諸外国と比べて少なく、その数を増やす必要性が生じている。政府としても産業の新陳代謝をうながし、経済活動を活性化させるためには、その量産が必要不可欠であり、起業を促すための施策が必要との認識を示している。そうした取り組みの1つが新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募する2024年度「大学発スタートアップにおける経営人材確保支援事業(Management Personnel Matching program:MPM)」であり、この実施事業者にマイナビが選ばれたことが2024年6月にNEDOより発表された。
マイナビがなぜ大学発スタートアップの経営人材確保の取り組みをするのか? 同社でこの施策の旗振り役を務める経営企画本部 産官学連携推進部 部長の釜野千絵美氏に、その狙いや目指すべきものを聞いた。
大学発スタートアップという存在が重要になる社会形成を目指して
この取り組みのミッションについて釜野氏は、「大学や高校などの教育機関の皆様、また、官公庁の皆様と、社会へ『新しい価値の創出』と『日本の人材育成』への寄与」と説明する。このミッションは、例えば、同社がこれまでデータサイエンティストという新たな職業の重要性を感じ、横浜市立大学や滋賀大学などと連携して、キャリア開発に取り組んできた流れを受けて、本件も、ディープテック領域に関わる人材を生み出す人材育成の一環として掲げられたものだという。
しかし、大学発スタートアップの多くは資金的にも人員的にも余裕があるわけではない。就職や転職を事業の軸として据える同社の中にあって、人材育成という取り組みは短期的な利益にはなりづらい。そうした市場背景を踏まえてなお、あえてそういう分野に足を踏み入れる理由を釜野氏は「長期的にみて社会に価値を還元することで、社会からさらに必要とされる存在になる」ということを目指しているためだとする。
「(この取り組みが)マイナビに何のメリットをもたらすのか? という質問をいただくこともあります。しかし、大学発スタートアップの創出というものは、大学とのつながりを大切にしてきたこれまでの当社の取組の流れにも沿っていますし、社会からの必要性の高まりも感じています。また、大学発スタートアップには、人類の課題を解決できる大きなイノベーションが生み出される可能性があります。そうした社会を変えるような成果が日本から生まれたら、日本の社会全体として考えた場合、産業と雇用がうまれ、(とても長い時間はかかりますが)最終的には当社の事業にも還ってくると思っています」(釜野氏)。
文部科学省(文科省)は2024年3月に開催した「博士人材の社会における活躍促進に向けたタスクフォース」において、「博士人材活躍プラン〜博士をとろう〜」を取りまとめ、2040年における人口100万人当たりの博士号取得者数を2020年度比で約3倍に引き上げる目標を打ち出した。
併せて産業界に向けて、「博士人材の活躍促進に向けた企業の協力等に関するお願いについて」と題し、企業における博士人材の採用拡大や処遇改善など、産業界での活躍を促進していくための協力要請も打ち出している。釜野氏も「博士号を有する優秀な人物が、これまでの研究を踏まえて、その培ってきた力を発揮できるのが大学発スタートアップという存在。アカデミア界で活躍する研究者を引き続き確保することはとても重要だと思いますが、受け入れる雇用環境に限界があります。そうした状況を踏まえ、アカデミアに残り続ける選択肢と併せたもう1つの方向として、大学発スタートアップに何かしらの形で関わるということをキャリアの選択肢に入れて欲しいと考えています。起業だけでなく、一度就職という形で社会を経験し、博士課程という強みを活かして大学発スタートアップの経営者として参画するという新たな選択肢を提示できる世の中にしていきたい。博士号を取得するまで培ってきた研究知識や論文を、アカデミアでなくても続けられる環境を構築していくためにも大学発スタートアップというキャリアの存在は重要。必ずしも大学発スタートアップのすべてが成功できるわけではないです。今までやってきた自分の好きな世界に、社会に成果を還元しながら関わりあい続けられる世界を作っていきたい」と、博士人材の社会参画に向けた土台を作る必要性を強調する。
大学発スタートアップというと、教授や准教授といったその分野の研究の最前線に立つ人物が立ち上げるイメージが強いが、それだけだと圧倒的に数が足りない。ましてや研究成果を社会に還元するような事業化に興味を持ち、人事や資金回りといった経営に関するノウハウを持てる人は、必然的に限られてくる。釜野氏は「大学発スタートアップにそうした経営を知っている人たちが参画してもらうことで、よりよく生み出されたシーズが社会のニーズに対応できるようになることが期待される。そうした、経営ができる層と研究を推進したい層をマッチングさせる支援を行っていくのが今回の事業の肝になる」と、同社がMPMで取り組む役割を説明する。
2025年は大学発スタートアップへの注目を高める年に
MPMとして、そうした経営人材と研究人材をマッチングに向けて2025年にはいろいろな取り組みを推進していくことが予定されているという。「そうした取り組みを通じて、大学発スタートアップに対する注目を高めて、より多くの人の興味を引くことを目指す」(同)とする。その第一弾となる取り組みが、すでに2024年の下期より開始したインキュベートプログラムによるアントレプレナーシップ教育だという。
これは博士課程人材や博士研究員(ポスドク)、アカデミアに残るか就職かを決めきれていない学生、アカデミアに残りたい気持ちがありつつも難易度の高さから他の選択肢を模索している学生、事業化に興味がある学生などを対象としたもので、最終的にはGAPファンド採択(資金調達)を目指すところまでを専門人材がメンタリング伴走支援を行う取り組みとなっている。
1月25日(締切りは1月20日)にはオンラインで、1月26日(締切りは同じく1月20日)に名古屋でリアル開催の形で、それぞれ初日(時期を分けて全部で4日間の日程)が開催される予定となっている。
また、それとは別に、事業化の意思のある研究シーズ、またはすでに起業済みの大学発スタートアップの求人を集め、経営者候補を無償にてアサインしていくマッチング事業も2024年11月より開始した。
主に経営経験者と大学発スタートアップのマッチングを目的とした取り組みで、同社のプロ人材サイト「スキイキ」に登録してもらう形でマッチングを進めていく予定。今後は、より大学発スタートアップに対する理解を深めるためのリアルイベントの開催を通じて、シーズを持つ研究者と経営層への参画希望者との深い対話が可能な場所を設けることも予定しているという。
「リアルイベントへの参加に向けて専用の応募フォームを用意するので、スキイキに登録していなくても、まずはそちらに登録してもらって、イベントを通して実際に手ごたえを感じてもらった後にスキイキに登録してもらうといった流れも考えている。イベントはイベント、スキイキはスキイキで個人情報を分けて管理させてもらっているので、勝手にイベントに参加したからといってスキイキに情報が行くことはないのですが、イベントを通じて大学発スタートアップに興味を持ってくれたことをスキイキ登録時に伝えてもらえれば、話が伝わりやすいように枠組みは作らせてもらっています」(同)と、事業部の枠を超えて、全社的に大学発スタートアップの成長を支援する体制整備を社内で進めているとする。
このリアルイベントは3月1日に東京で、3月2日に大阪でそれぞれ開催される予定。専用の申し込みサイトもすでにオープン済みだという。
「このマッチングの取り組みに関しては、大学発スタートアップに入社後半年はお互いの相性・方向性を確認する期間となりますが、伴走支援や知財に関する相談窓口をマイナビに設置します。もし半年間の期間を通して、うまく行きそうであれば正式にCxO人材として入社してもらうことになります。」(同)とのことで、スケジュール感としては、遅くとも2025年6月までに入社、その後の最大6か月の試用期間の間の給与はマイナビが支払いを負担するという。
「CxO人材なので、CEOに限らず、CFO、COOなど、スタートアップに必要な経営能力であったり、資金繰りであったりといった経験を有している人が興味を持ってくれることを期待したい。そうした人こそ、今の大学発スタートアップに重要な存在」と釜野氏は語る。また、「今の若い人たちを見ていると、多くの人が社会課題を解決したいという強い思いを持っている。大学発スタートアップは、そうした社会課題を解決するという存在になれる。科学技術人材を育てていくという日本政府の方針にもつながっていく」とのことで、若い人材からの参画を含め、長期的な視点の下、日本の理系人材が社会で活躍できる場所を作っていくことをコミットしていきたいと釜野氏は強調。そのために、今後もいろいろな取り組みを推進していくとするほか、大学発スタートアップからも社会への成果の還元に向けた声を聴いていくことで、MPMの理想である技術を生み出す役割の人材と、事業を推進する役割の人材が互いに尊重して、成長していける姿を作り上げていきたいとする。
大学の研究成果が社会を変革する原動力になる日
かつて日本には、本田技研工業(ホンダ)の本田宗一郎と藤沢武夫、ソニーの井深大と盛田昭夫、松下電器産業(現パナソニック)の松下幸之助と高橋荒太郎など二人三脚で事業を成長させたモノづくり企業が多々ある。米国でもスティーブ・ジョブスとスティーブ・ウォズニアックのApple創業者のコンビは有名である。釜野氏もMPMの取り組みを通じて、日本の大学発スタートアップが経営者と技術者という二人三脚体制で、そうした世界的企業へと育っていく支援をしていきたいという思いを語る。
今も毎日のように、日本の多くの大学から社会を変えるような研究成果が次々と発表されている。ノーベル賞の自然科学3賞やクラリベイトの「クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞(Clarivate Laureates)」などは、まさにそうした社会に貢献した研究成果を表彰するものだが、そうした賞を授与しなくても社会を変える成果は数多く生み出されている(東北大学の総長などを務められた故 西澤潤一先生は、逆にその功績を称える形でIEEEが自身の名前を関した「ジュンイチ・ニシザワ・メダル」を創設、電子デバイスや材料科学分野の顕著な貢献をした人物などを顕彰している)。そうした研究の成果を通じて生み出されたシーズが社会の在り方を変える、そんなことが当たり前になる世の中が、もう目前に迫ってきているといえる。
同社の取り組みのみならず、日本全体で理系人材の活用がどのように進んでいくのか、今後の社会変革を見通すうえで、その動向にはますます注目していく必要があるだろう。