“障害者の性”を描く映画「37セカンズ」が全ての人に勇気を与える傑作だった

2月8日(土)15時7分 ねとらぼ

(C)37Seconds filmpartners

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 日常の中で、誰かに「お前にはこれくらいしかできない」などと可能性を制限されてしまったことや、自分自身で「どうせこれくらいしかできない」と過小評価してしまった経験はないだろうか?
 2月7日から公開されている日本・アメリカ合作の映画「37セカンズ」では“障害者の性”というテーマを扱っており、“障害者の可能性が制限されてしまっている”状況がリアルに描かれる。その上で語られる本作のメッセージは、驚くほど普遍的なものになっている。
●車椅子生活のゴーストライターの女性が“性”に触れる
 まずは、あらすじを簡単に紹介する。
 脳性まひの女性のユマは、過保護な母親のもとで車椅子生活を送りながら、マンガ家のゴーストライターを続けていた。彼女は公園に捨てられていたアダルトコミック誌を見かけたことをきっかけに、自立のため出版社へ持ち込みをするが、女性編集者から「作者に経験がないと良いエロマンガは描けない」と言われてしまう。ユマはその言葉に従い、やがてネオンきらめく歓楽街へと向かうのだが……。 同作ではこのように、物語の発端およびメインストーリーに“障害者の性”があり、“障害者の可能性が制限されてしまっている”という状況も描かれている。
 ユマは体が不自由であり母親と2人暮らしで、オープニングの“風呂に入るだけ”のシーンでは、その大変さはもちろん、彼女を介助する母親の愛情、その一方での「私がいないと何もできないんだから」と思ってそうな過保護ぶりも伝わってくる。
 さらに、ユマは健常者の少女マンガ家の友人のゴーストライターもしている。友人はルックスがアイドル並みにかわいくてサイン会でも大人気であり、ユマはその姿を見て、次第に「自分の名前で、大好きなマンガを描きたい」と願うようになる。
 この“過保護な母親からの抑圧”と“ゴーストライターを続けている”という状況こそが、“可能性の制限”だ。そして、彼女は「妄想だけで描いたエロマンガなんて面白くないから、経験しておいでよ」という女性編集者のとんでもないアドバイスにより、性の世界に足を踏み入れるのである。
●まさかの冒険へ旅立ち、そして新たな世界も知っていく
 この作品が真に面白いのは、“障害者の性”を文字通り赤裸々に描きつつも、それをきっかけに“可能性の広がり”と“新たな世界”を提示していくことだ。
 やがて、主人公は『フォレスト・ガンプ/一期一会』のような、広い世界への冒険の旅にも出発する。そこには、「障害者の性を描いていたと思っていた物語が、ここに行き着くのか!」という驚きがある。そして、障害のある人に限らず、全ての人に通じるメッセージにもつながっていく。
 また本作では、「可能性が例え制限されていた(障害があった)としても、その中で大切な価値観に気付くこともできる」という、さらなる優しい訴え、希望も提示されている。
 自分の可能性を見つめ直すきっかけは、“性”であっても構わない。むしろ、子どもから大人への過程において人間として自然な欲求である性と向き合うことは、成長の糧となるのではないか……当たり前のことかもしれないが、その当たり前に気付かせてくれることにも、同作の意義がある。
●主人公を演じるのは実際に脳性まひの女性
 ユマ役を演じたのは、生まれつき脳性まひがあり社会福祉士としても活動している佳山明。当初主人公役には健常者の女優の起用が検討されたが、監督のHIKARIが強い疑問を示し、オーディションによって100人の候補から選ばれたのが佳山だった。彼女の存在があってこその映画になっていることも、特筆すべきだろう。
 劇中で佳山が演じる主人公の声の“か細さ”を聞き、「心配になってしまう」人も多いのではないだろうか。しかし、そのか細い声こそが劇中での「自分の気持ちを伝えたい」「自分の可能性を信じたい」と願うユマの切実な気持ちにもつながっており、彼女に対し過保護になってしまう母親の気持ちもより伝わってくるのだ。もしも脳性まひでない女優がこの声を演技でまねようとしてもできるものでもないし、そもそもまねしてはならないと思えるほどだった。
 そして、物語の1/3は、監督が佳山に出会ったから生まれたものだった。もともとは主人公は幼少時の交通事故で脊髄損傷を負う設定だったが、演じている彼女に合わせて脳性まひに変わったのだという。このために、本作はフィクションの枠を超えて、まるでドキュメンタリーのような感覚さえ覚えるような内容にもなっている。
 そんな佳山を(劇中の物語上においても)サポートしている俳優たちには、神野三鈴、大東駿介、萩原みのり、渋川清彦、宇野祥平、奥野瑛太など、実力派が勢ぞろいしている。特に出色なのは、障害者中心のサービスを行うデリヘル嬢を演じた渡辺真起子の“姉御肌”っぷりだろう。そのサバサバした性格と存在感により、「この人を信頼したい」と本気で思えるほどの過去最高の渡辺真起子だったので、彼女のファンも是が非でも見てほしい。
●作り手が真摯に取り組んだからこその完成度
 「37セカンズ」の物語は、監督がセックス・セラピストを描いた映画「セッションズ」の内容や、「障害者の男性向けの性サービスがあっても女性向けのものはほとんどない」と気付かされたことも着想元となっているそうだ。
 さらに、監督は下半身不随でも自然分娩で赤ちゃんを産んだという女性にインタビューするなどして、障害者の事情を知り得ただけでなく、女性の身体がいかに素晴らしいかも再認識できたのだという。
 監督(作り手)が物語を作る過程で、障害者が抱える性の問題を知り、そして障害者の可能性を知っていったことも、本作のドキュメンタリーのようなリアリティーに大きく貢献しているのは間違いない。
 また、本編では“車椅子の高さからのカメラワーク”も意識的に用いられている。監督は、主人公の心と、女性としての成長をカメラ位置で表現することを重視し、観客は“彼女の目線”で“世界を見る”ことになるのである。
 このように、障害者の性という普段は“(語弊はあるかもしれないが)隠されがち”なモチーフについて、作り手がこれ以上なく真摯に向き合っているのは間違いない。そして障害のある人に限らず、全ての人に通じる現実で前向きに生きるためのヒントを与えてくれる、何より“世界の広がり”を教えてくれる「37セカンズ」……ただただ「この映画を作ってくれて本当にありがとう」と感謝を告げたくなる、大傑作であった。
●同日公開の映画「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」も見てほしい
 「37セカンズ」と同様の提言がある映画に、なんと同作と同じ2月7日より公開されている「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」がある。
 「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」の物語は、老人用の養護施設で暮らすダウン症の青年が、子どもの頃から憧れていたプロレスラーの養成学校に入ることを夢見て施設を脱走するところから始まる。同じころ、兄を亡くし孤独な毎日を送っていた漁師が、他人の獲物を盗んでいたのがバレてボートに乗って逃げ出す。この2人が偶然にして出会い、利害の一致により共に旅をするというものだ。
 「37セカンズ」の脳性まひの女性も、「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」のダウン症の青年(こちらも演じているのは実際にダウン症の俳優)も、どちらも自分の可能性を過小評価されてしまっていたが、ある日冒険に旅立ち、誰かと出会い、そして自分のことを知って、成長していくという共通項がある。
 この「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」は、当初米国ではわずか17館で上映が始まり、公開6週目には1490館にまで上映規模を拡大し大ヒットを記録。映画批評サイトのRotten Tomatoesで一時期は100%の評価を記録したほどだ。
 あらすじを見ると異色作のようだが、凸凹コンビがいつしか心を通わせていくロードムービーおよびバディものでもあり、どこかアカデミー賞受賞作「グリーンブック」を思わせる。誰もが楽しめるキュートで優しい映画であり、スマッシュヒットも納得だ。
 そして、「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」の鑑賞後には「自分もどこかに旅に出てみようかな」「新しいことにチャレンジしてみようかな」と、やはり「37セカンズ」と同じような前向きな気持ちになれるはずだ。
 映画は娯楽であるが、こうして“生きる希望”も得られるのも素晴らしい。そんなことを再確認できるこの2作を、ぜひ劇場で楽しんでほしい。
(文:ヒナタカ)
●「37セカンズ」作品情報
監督・脚本:HIKARI
出演: 佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、萩原みのり、宇野祥平、芋生悠、渋川清彦、奥野瑛太、石橋静河、尾美としのり板谷由夏
2019年/日本/115分/原題:37 Seconds/PG-12/配給:エレファントハウス、ラビットハウス/ (C)37 Seconds filmpartners
挿入歌:「N.E.O.」CHAI <Sony Music Entertainment (Japan) Inc.

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