火星の夏では塩化水素が生まれ、水は失われる? 欧露の火星探査機が発見

2月18日(木)6時30分 マイナビニュース

●火星で塩化水素を発見、これまで知られていない化学サイクルが存在か?
欧州宇宙機関(ESA)などは2021年2月11日、欧州とロシアが共同で運用している火星探査機「トレース・ガス・オービター」の観測データから、火星の大気に「塩化水素」を発見したと発表した。塩化水素が見つかったのは初めてで、火星でこれまでに知られていない化学サイクルが起こっていることを示しているという。
また、火星から水が失われた謎についても新たな発見があった。
これらの成果についてまとめられた2本の論文は、2月10日付け発行の『Science Advances』誌に掲載された。
火星で「塩化水素」を発見
トレース・ガス・オービター(Trace Gas Orbiter)は、ESAとロシア国営宇宙企業ロスコスモスが共同で開発した火星探査機で、2016年3月に打ち上げられ、同年10月に火星に到着。現在も観測を続けている。
トレース・ガス・オービターは、火星の大気のうち、とくにメタンや水蒸気、窒素酸化物、アセチレンといった微量のガスに重点を置いた観測を行う。微量ガスは英語でTrace Gasと呼び、それがそのまま探査機の名前になっている。
そして今回、トレース・ガス・オービターの研究チームは、その観測データから、火星で初めて塩化水素のガスを発見した。塩化水素は水素と塩素の原子から構成される化合物である。火星で第17族元素(ハロゲン)が発見されたのも初めてとなる。
また、この発見は火星でこれまで知られていない化学サイクルが起こっていることも示唆しているという。塩化水素などは火山活動から排出されることが多いため、これまで多くの科学者たちは、このガスを探すことで、火星でいまなお活火山が存在するのかどうかを調べようとしていた。
しかし、今回観測された塩化水素は、非常に遠く離れた複数の位置で同時に観測されたこと、また火山活動から予想される他のガスが検出できなかったということから、火山ではない、別の発生源から生じたものである可能性が高いという。
現時点で、火星で塩化水素が生成される正確なプロセスはまだわかっておらず、これまでに知られていない、まったく新しい地表と大気との相互作用が起こっていることを示唆するものだとしている。
研究チームでは、火山活動以外に考えられるシナリオとして、海が蒸発したあとに残った塩化ナトリウムが、火星の塵だらけの地表に混ざり、それが風によって塵(ダスト)ととして大気中に舞い上がり、さらに太陽光で暖められた大気によって氷床から放出された水蒸気とともに上昇。そして、大気中に含まれる水分と反応して塩素を放出し、その塩素が水素を含む分子と反応して塩化水素が生成された、という可能性を考えているという。これは地球でもよく起こっているプロセスだという。
また、さらに反応が進むと、塩素や塩酸が豊富な塵は「過塩素酸塩」となって、地表に戻ってくる可能性もある。ちなみに、米国航空宇宙局(NASA)が2007年に打ち上げた探査機は「フェニックス」は、2008年に火星のレゴリスの中に塩素系の塩である過塩素酸塩を発見しており、両者の発見の間にはなんらかの関連がある可能性もある。
今回の研究を主導した科学者のひとりである、英国オックスフォード大学のケヴィン・オルセン(Kevin Olsen)氏は「塩素を遊離させるには水蒸気が必要で、塩化水素を生成するには水に含まれる水素が必要です。つまり、この化学反応には水が重要だということです」と語る。
オルセン氏はまた「今回の現象は、ダストとの相関関係も観測されています。ダストの活動が活発になると、塩化水素がより多く見られるようになるのです」とも語る。
火星では2018年に、火星全体を覆うほどの大規模な砂嵐が発生しており、今回の塩化水素は、この砂嵐が起こっていた最中の観測から発見されたものだという。
また観測データからは、北半球と南半球の両方で同時に出現することが観測されており、さらに砂嵐が収まるのと合わせるかのように、驚くべき速さで消えていくことも観測できたとしている。研究チームはまた、次の砂嵐のシーズンに収集したデータを調べた結果、同様に塩化水素の量が上昇していることがわかっているという。
研究チームでは今度、塩素にまつわる、地表と大気の相互作用をよりよく理解するために、実験室での実験と、火星全体を対象にした新たな大気シミュレーションが必要であるとしている。また同時に、塩化水素の増加と減少が、南半球が夏の季節であるときに起こっていることが示唆されていることから、年間を通した継続的な観測を行うことも必要だとしている。
トレース・ガス・オービターのプロジェクト・サイエンティストを務める、ESAのハカン・スヴェデム(Hakan Svedhem)氏は「火星の大気中に初めて新しい微量ガスを発見したことは、トレース・ガス・オービターのミッションにとって大きなマイルストーンです。2004年にESAの火星探査機『マーズ・エクスプレス』がメタンを観測して以来、初めて発見された新しい種類のガスです」と、この発見の意義を強調している。
●火星の水はなぜ失われたのか? 水蒸気の分析が謎の解明の手がかりに
舞い上がる水蒸気が気候の進化の解明の手がかりに
トレース・ガス・オービターはまた、火星がどのようにして水を失うことになったのかについても新たな示唆をもたらした。
かつての火星には、液体の水が表面を流れ、海や湖もあったと考えられており、そのことは干上がった谷や川のような地形や、そこに水が原因で生成される物質が見つかっていることなどから、ほぼ間違いないとされる。しかし、現在の火星は荒涼とした世界が広がっており、かつての面影はない。火星ではいまなお、大気中の水素と酸素からわずかながら水が生成されているが、そのほとんどは北極と南極にある「極冠」と呼ばれる氷に覆われた地域に閉じ込められていたり、地下に埋もれたりしているとみられている。
なぜ、火星の気候がこのような進化を歩んだのか、また一方で地球はなぜそうならなかったのか、あるいは将来的に地球でも起こりうるのかなどといったことは、惑星科学における大きな謎のひとつとなっている。
火星の気候の進化を理解するためには、極冠やレゴリス(表面を覆う砂)に含まれる水と、その季節的・長期的な挙動の相互作用を理解することが鍵となる。そして、その理解は、水蒸気や、水分子にある2つの水素原子のうちの1つが重水素原子に置き換わった「半重水」を調べることでわかるという。
研究に参加した、NASAゴダード宇宙飛行センターのジェロニモ・ヴィラヌエヴァ(Geronimo Villanueva)氏は「重水素と水素の比率を調べることは、火星の水の歴史や、時間の経過とともに水がどのように失われていったかを知ることができる、クロノメーターのような役割を果たします」と語る。
トレース・ガス・オービターには、水の同位体が大気中を上昇していく様子を、これまでにないほど詳細に観測することができる赤外分光装置が搭載されている。これにより、従来は大気全体の深さの平均値のみの2次元的な観測しかできなかったところが、3次元的に大気を分解して観測することができるようになった。
ヴィラヌエヴァ氏は「トレース・ガス・オービターのクロノメーターのような素晴らしい観測機器のおかげで、火星に新たに水が貯えられることがあるのかどうかを調べることができるようになりました」と語る。
そして観測の結果、水が元の場所から上昇するにつれて、重水素と水素の比率が高度や季節によって大きく変化することが明らかになったという。また興味深いことに、水が完全に気化すると、ほとんどの場合において大きく濃縮されて半重水となり、火星全体の水がある部分で地球の6倍以上の重水素と水素の比率を示し、大量の水が時間の経過とともに失われていることが明らかになったとしている。
また、2018年4月から2019年4月にかけて収集されたデータからは、大気から水を失わせる作用を加速させた、3つの出来事が起きたことも判明したという。1つ目は2018年に起きた、火星全体を覆うほどの大規模な砂嵐。2つ目は2019年1月に起きた、短期間ながら激しい地域的な嵐。そして3つ目は季節の変化と関連した、夏の間の南極の極冠からの水の放出だという。
研究チームはこのうち、とくに3つ目の南極の極冠からの水の放出に注目しており、季節的にも、また年単位でも、火星の大気上層部に水を送り込んでいる活動となっているとみられるという。
研究チームは今後、米国航空宇宙局(NASA)の火星探査機「メイヴン(MAVEN)」をはじめとする他の探査機と協調し、火星の1年間の水の進化について、さらに研究していきたいとしている。とくに今月はじめに火星周回軌道に到着した、アラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「ホープ(Hope)」は、火星の大気、水蒸気の観測に重点を置いていることもあり、大きな期待が寄せられている。
ハカン・スヴェデム氏はまた、「火星の季節の変化、とくに南半球の比較的暑い夏が、今回の3つの研究でみられたような、塩化水素に関連したダストの活動や、大気中の水の損失の増加などといった活動の原動力になっているようです。トレース・ガス・オービターの観測によって、これからも火星の大気の謎を解き明かしていきたいと思います」と語っている。
トレース・ガス・オービターは、欧露共同の火星探査ミッション「エクソマーズ(ExoMars)」の一環として行われている。2016年3月に打ち上げられ、同年10月に火星に到着し、現在も観測を続けている。ただ、トレース・ガス・オービターから分離され、火星の地表への着陸に挑んだ「スキアパレッリ」は、火星の大気圏に突入したあとに交信が途絶え、失敗に終わっている。
トレース・ガス・オービターは今後も当面は運用が続けられる予定となっている。またエクソマーズ計画では、2022年に火星探査車「ロザリンド・フランクリン」の打ち上げも予定されている。
○参考文献
・ESA - ExoMars discovers new gas and traces water loss on Mars
・Transient HCl in the atmosphere of Mars | Science Advances
・Water heavily fractionated as it ascends on Mars as revealed by ExoMars/NOMAD | Science Advances
・ESA - Robotic Exploration of Mars - ExoMars Trace Gas Orbiter (TGO)
鳥嶋真也 とりしましんや
著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら

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