航空機の技術とメカニズムの裏側 第477回 身近な航空関連技術・製品(2)炭素繊維複合材料 - レクサスや新幹線まで
2025年3月18日(火)9時5分 マイナビニュース
歴史はけっこう長いが、航空機の主要構造材として用いる事例が広く知られるようになったのはボーイング787以来ではないかと思われる。それが炭素繊維複合材料。炭素繊維の糸で作った「織物」を、樹脂で固めて作る。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照。
けっこう身近に使われている炭素繊維複合材料
ただ、一言で炭素繊維複合材料といっても、その種類は多種多様。炭素繊維そのものの種類が複数あるだけではない、繊維素材の使い方も、織物にするだけでなく、チョップドファイバー、つまり短く切った繊維素材を均等に撒いて樹脂で固める使い方がある。その繊維を固めるために使用する樹脂も、さまざまな種類がある。
最もよく知られているのは、炭素繊維の織物に熱硬化性樹脂を含浸させたプリプレグ素材ではないかと思われるが、常にこれを使用するとは限らない。プリプレグをオートクレーブに入れて焼き固める手法は、高強度の製品を作れる一方で、高コストでもある。
だから用途によって、最適な素材や樹脂、最適な製造方法を使い分けている。
そこで身の回りを見回してみると、炭素繊維複合材料が意外と使われていることが分かる。例えば筆者の手元では、カメラ用の三脚でカーボン製、つまり炭素繊維複合材料製のものがある。
スポーツ用品では、ゴルフクラブのシャフトやテニスなどのラケット、そしてスキー板(これは筆者も使ったことがある)。自転車でも使用事例があるらしい。繊維の配列によって強度を発揮できる向きをコントロールできる上に、弾性があるから、適度なしなりを求められるスキー板には格好の素材といえる。
クルマでは、例えばレクサスLFAが、炭素繊維複合材料をボディに利用した事例として知られている。その後、レクサスRC Fでも使用した事例がある。RC Fの場合、エンジンフードやルーフなどを炭素繊維複合材料に変更して、トータル10kgの軽量化につながったという。
このほか、市販車ではないが、レーシングカーでは炭素繊維複合材料は「使うのが当たり前」の素材となる。
鉄道業界と炭素繊維複合材料
ボーイング787みたいに、鉄道車両の車体(業界では構体という)そのものをまるごと、炭素繊維複合材料で製造する量産車の事例はないといって良さそうだが、一部分を炭素繊維複合材料にした事例はある。
たとえば、JR東日本のE4系新幹線電車がそれで、一部の編成では先頭部分を炭素繊維複合材料で製造した。また、フリーゲージトレインの第三次試作車でも、先頭部を炭素繊維複合材料で製造した。複雑な形状を持つ部材を、軽く丈夫に作るにはうってつけである。
これらはいずれも川崎重工が手掛けた。御存じの通り、同社には航空機部門があり、ボーイング787の機体構造製作にも参画しているから、扱い慣れた素材といえる。
もうちょっと乗客の目に触れやすいところでは、E5系新幹線電車のグランクラスで用いられている腰掛。これのバックシェル部分が炭素繊維複合材料で造られている。製造しているのは東レ・カーボンマジック(旧・童夢カーボンマジック)だ。
先に弾性の話を書いたが、炭素繊維複合材料が持つ性質をうまく使い、「台車枠」にあたる部品が個々の車軸の動きを吸収する「軸ばね」としても機能する。そんな巧妙な作りの台車がある。それが川崎重工の「efWING」で、熊本電鉄やJR四国に導入事例がある。
どんなところが買われているか
炭素繊維複合材料というと「軽くて高強度」といわれることが多いし、実際その通りである。だから、その「軽くて高強度」が求められる分野であれば、(コストや歩留まりの面でリーズナブルであれば)炭素繊維複合材料を用いる事例は多い。
また、織物の配列によって強度を発揮する向きをコントロールできるとか、型に敷き込んで整形するために複雑な形状を持つ部材に向くとかいう話もある。後者が活きたのがE4系新幹線電車の先頭部といえよう。
また、「efWING」のところで述べたように、炭素繊維複合材料が備える弾性を活かす使い方もある。バネの機能を利用する用途として、義肢に利用した事例もあるという。金属と比べると耐食性に優れているので、海水に浸かる場面での用途も考えられる。
意外なところでは、金属と比べてX線の透過性が良い性質があるため、レントゲン撮像装置で使用することがあるそうだ。
課題としては、やはりコストの問題が大きいだろうか。プリプレグ素材を用いると高価な上に、素材に賞味期限があるのも難点になり得る。しかし、炭素繊維を型に敷いてから樹脂を含浸させるRTM(Resin Transfer Molding)、あるいは含浸の際に真空引きを併用するVaRTM(Vacuum Assisted Resin Transfer Molding)みたいな手法なら、賞味期限やコストの問題は緩和される。
スウェーデンのサーブ社傘下にある造船所・コックムスで、そのVaRTMを用いて船艇の構造材を造る現場を見せていただいたことがある。同社が得意としているのは、フォーム材を炭素繊維でサンドイッチして、そこにVaRTMで樹脂を含浸させて固めた構造材だ。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。