『それ町』で注がれていた視線の正体を、大童さんを見てやっと理解できた—— 『天国大魔境』石黒正数×『映像研には手を出すな!』大童澄瞳 特別対談

3月23日(土)21時54分 ねとらぼ

『天国大魔境』石黒正数×『映像研には手を出すな!』大童澄瞳 特別対談

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『天国大魔境』:大災害後の荒廃した日本で旅する、ボディガードの「おねえちゃん」ことキルコと、「天国」を探す少年のマル。二人と並行して描かれるのは、壁の中の平穏な施設で暮らす少年少女たち。そこにはマルとそっくりの顔立ちをしたトキオという少年もいて……。二つの世界を縦横無尽に行き来し展開されるSFアドベンチャー。
 『それでも町は廻っている』『木曜日のフルット』の石黒正数先生による最新作『天国大魔境』、待望の第2巻が3月22日に刊行されました。
 今回はこの新刊発売を記念して、石黒正数先生と、『映像研には手を出すな!』の作者・大童澄瞳先生の豪華対談が実現!
『映像研には手を出すな!』:自分にとっての「最強の世界」を空想してデザインする、浅草みどり。アニメーター志望の読者モデル・水崎ツバメ。プロデューサー気質の、金森さやか。この女子3人組がアニメ制作を志す様子を描いた青春冒険録。
 大童先生の存在を「マンガ界にとって厄災なのか、それとも救いなのか」と評する石黒先生。そして、石黒作品から影響を受けマンガの描き方は『それ町』をお手本にしたと語る大童先生。
 出自が全く異なりながらも相思相愛ともいえる二人の気鋭が繰り広げる、ディープかつエキサイティングなマンガトークをお届けします!
石黒正数(いしぐろまさかず)1977年生まれ、福井県出身。2000年、『ヒーロー』でアフタヌーン四季賞秋の四季賞を受賞しデビュー。2005年から『それでも町は廻っている』の連載開始、2010年にテレビアニメ化、2013年に第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞、2018年に第49回星雲賞受賞。『木曜日のフルット』『外天楼』『ネムルバカ』など、幅広いジャンルを手掛ける。本作『天国大魔境』にて、18年ぶりにアフタヌーンに帰還。
大童澄瞳(おおわらすみと)東洋美術学校絵画科卒業後、独学でアニメーションを学ぶ。その後、コミティア111にて漫画を製作し出品、スピリッツ編集員に声を掛けられ、2016年9月号『月刊!スピリッツ』(小学館)から連載されている『映像研には手を出すな!』でデビュー。
(取材・文:かーずSP/編集:八木光平)
●まさかのネタかぶり!?? キル光線の原点は、とある道具から
──今回が初めてのご対面なんですよね。
大童澄瞳先生(以下、大童):はい。ですが以前に一度メールのやり取りをしたことがありました。
単三の乾電池って、銃の弾とサイズ感や質量が似てるじゃないですか。単三電池を薬莢に見立てて、バンバンって撃ちながら手からポロポロ落とすようなガジェットがあったらイイよねって、去年か一昨年くらい前にツイキャス実況で僕が話してたんです。その実況をたまたま石黒さんが見てくれてて。
石黒正数先生(以下、石黒):それを思ったそのまま『映像研』に描きゃよかったのに、大童さんがツイキャスで喋っちゃったもんだから……。ちょうど俺が「キル光線」を描いている最中に。
一同:(笑)
石黒:まるで大童さんのアイディアを俺が真似して描いてるみたいになっちゃって、「近いうち電池でビームを撃つ銃が俺のマンガに出て来るけど、決してパクったんではないので勘弁してくれ!」とメールを送ったんです。
大童:僕にもその気持ちはすごく分かるので、「はい! わかりました!」って即答しました(笑)。
石黒:俺は作中の状況的に充電池にしちゃったんですけどね。「電池=ビーム」ってネタ元は、「グルーガン」ってあるじゃないですか。
大童:後ろからグルースティックを装填して、シャーペンの芯を押し出すように先端の電熱部分で接着剤にするやつですよね。
石黒:そうそう。グルーガンをビーム光線に見立てて遊んでいた時に、グルースティック部分が−極のみ接触している電池だったとして、トリガーを引くと+極に接触してバーンと撃ったら格好いいと思ったところから発想したんですけど、まさかネタがかぶるとは……。
まあそういうことがありましたので、今日はそのとき以来ですね(笑)。
●ボールを打った時には「カキーン」と書きたくないタイプ
──前回の大童澄瞳先生へのインタビューでは、好きなマンガとして『それでも町は廻っている』を挙げてらっしゃいましたね。
大童:重要度として、人生で初めて買った『ドラえもん』の延長線上に『それ町』があると言っても過言ではないくらい。僕にとっては毎日読む程のタイプのマンガで、驚異の再読性というべきか。
石黒:とても嬉しいです。俺が思うに大童さんは「異形の怪物」なんですよ。彼に対する恐怖しかない中で、唯一の救いが俺のマンガを読んでくれているってこと。
大童さんの存在が、マンガ界にとって厄災なのか救いなのか。今日はそれを確かめようと思っています。
──大童先生を「異形の怪物」と喩えてらっしゃるのは、どういった部分からなのでしょうか?
石黒:いっぱいあるんだけど、何からいこうかな。まず大童さんは表現することに関して凄く意欲的なんですけど、マンガがその手段でしかないんです。
現状、絵を伴ったメディアとしては、一人で何かを表現するのにマンガが一番適しているから。マンガは自分が監督になって、全部一人で作れるので選択しているだけというか。
大童:それはあります。一人で作るにはマンガはすごく良い手段でした。
石黒:「右から読んでいく」とかマンガの最低限の作法は踏襲しているんですけど、それ以外はかなり奔放。思いつくままやっている。
もし大童さんがマンガとか出版メディアに魅力を感じなくなったら、この天才はマンガを描くのをやめてしまうぞって恐怖がある。俺はマンガ家だから、その恐怖を別に俺が感じてもしょうがないんだけど(笑)、出版・編集関係者は意識すべきかなと。
大童:僕が研究してきたのは映像の作法だけだったんですよね。だから連載が決まった時は、石黒さんのマンガを手元に置いて、「吹き出しの大きさと文字のサイズはどれぐらいの比率がいいのか」って、お手本にしながら描いてました。
そんなマンガの基本的な描き方を知らない中で、担当編集に教わったのが音を文字にすることで画面に迫力が増すという事。でもバットでボールを打った時に「カキーン」って書きたくないタイプで……。
石黒:わかる!
大童:「クーン」かな? 「ケーン」かな? どっちだろうって。
あ、そういえば石黒さんが四季賞を獲得した、『ヒーロー』って短編でのアパートのドアに鍵を挿すシーンと、『天国大魔境』内での鍵を挿すシーンで、鍵の開ける音が違いますよね? これはひょっとしたら、石黒さんの住んでいる家が変わったのでは? って推理したりして。
石黒:こわっ!(笑) よく見てるなあ……!
大童:シリンダー錠だと「ジャク」って音がするタイプと、中が空洞になっているドアだと「シャコーン」って共鳴して響くタイプがあると僕は思います。
石黒:『ヒーロー』を描いた時、鉄のドアノブをひねった音が、俺にはどうしても「クキャ」って聴こえたからそう描いたんですよ。でもそれを見た大学の友達が「お前は変な奴だが効果音からして変だ。普通はガチャだろ」って笑ったんです。真面目に描いているのに笑われたのが心外だった。
石黒:その頃ちょうど伊藤潤二先生の『ギョ』ってマンガで、腐敗した毒ガスで動く気持ち悪いロボットの歩いてくる音が「ゴトゴトゴトゴト」って描かれていて。あんなに凝った絵で、あんなに面白い話なのに、効果音だけがめっちゃ普通なんですよ。
「俺ならもっと気持ちの悪い音つけるけどなあ」ってその時は思ったんですけど、でも普通の場面での音は普通に描いて、ここ一番の時だけ自分に聴こえた音を鳴らしたほうがいいのかなって、その時学びました。
大童:僕の音の扱いで言うと、例えばプロペラが回る音の「ズロッ、ズロロ、ゾバロロ!」とか、なんとかこれで伝わるかなっていうギリギリのラインで、音の再現度を高めています。
大童:浅草がスカートに巻いたブレードをしまう「キョワンキョワン」って音は、樹脂製で薄くて下敷きみたいな触り心地をイメージしたんです。下敷きが「ホワンホワン」ってしなる感じでギリギリ伝わるかなって、線引きをして決めました。
石黒:大童さんのマンガは、頭の中に「ジブリ音響」が一通り揃っていれば、結構聴こえてくると思う。
大童:あっ! さすが! その通りです(笑)。
宮崎駿の流儀「パースが絶対的なものではない」ことに感動
石黒:大童さんがマンガの作法を基本しか踏襲していない延長線上の話として、俺が思うに『映像研』の描き方って絵コンテなんですよ。本来、その後で正しい消失点を取って定規を使って背景を描くという辛い作業が入るはずなんだが、そういうマンガのルール的な縛りが一切ない。それができる強みというか、勇気というか。元々マンガに縛られてなかったからこそできた、ってことに怪物みを感じる。
大童:僕の場合、真っ直ぐすぎる線だとなかなか質感が取れなくて。あと、描く時間が足りないのでフリーハンドを選んでいるという理由もあります。
石黒:昔、アニメーターの金田伊功さんがキャラクターデザインをしたアニメ『BIRTH バース』を、自身の手でコミカライズされたことがあるんですけど、あのアニメーターがマンガを描いた感じにちょっと似てる。
大童:実際、僕が背景を描く上で参考にしたのはアニメーターで、中でも吉田健一さんには影響を受けました。吉田さんのホームページの絵を見たら、道路は中央がくぼんでいるし、建物が傾いていて、道はうねっている。一見して不自然なところは見えないんですけど、パースをペンを引っ張ってみると、全然消失点が合わないんです。
その話をTwitterでつぶやいたらご本人からリプライをもらって、「パースに囚われすぎない」のは宮崎駿監督に学んだそうです。宮崎監督の絵も、空間がバリバリにできているのに全然パースが合ってなくて、実はご都合主義的な絵になっている。でもそうしないと、見せたいものが綺麗に収まらないからっていうのが理由らしいです。
石黒:それを聞いて、TVのドキュメンタリーで宮崎監督がパースの話をしていたのを思い出した。『崖の上のポニョ』の美術スタッフが背景を描いていたら、監督が「水平線をもっと上に上げろ」って言って、背景の消失点を無視して水平線の高さだけを上げたんですよ。
大童:うおおお、すげー!
石黒:美術スタッフも「えっ!」って絶句していたんだけど、「そんな大胆にパースを狂わせてしまうんだ、この人は」って勇気が出たし、すごく感動したんです。だって水平線って絶対そこになきゃいけないものを、海をしっかり描きたいからもっと上にしろって、とてつもないなって。
●『天国大魔境』は、ワクワクする特別な高揚を感じる
大童:石黒さんの背景は、コマの中に要素が少なくてもシチュエーションがすぐわかるのがすごいです。例えば天井の埋め込み型のライト。ただ白い立方体に少しタッチを入れただけで、こんなにコンクリートに見える。これがマンガの技術なのかって感動したのを覚えています。
石黒:そこは意識してなかったなあ。俺は読者第一主義なので、うるさいくらいには描き込まないし、描いてないとわからない程度には描くし。何をしているかわからない絵が出てきて、ページを戻らせてしまうのが俺は一番イヤなんです。
担当にネームを見せていて、目の前でページを戻られるのがめちゃくちゃムカつくんですよ(笑)。それを起こさせないために、必要最低限の情報を確実に入れるということは意識しています。
大童:僕は『天国大魔境』の2巻を読んだ後に、1巻を読み返したんですけど、それは大丈夫ですか?
石黒:それは全然(笑)。何度も読んでもらいたいというのがあるので、繰り返し読んでもらうのが一番嬉しいです。
──大童先生にとって『天国大魔境』は、今までの石黒正数作品と比較してどうですか?
大童:今までの石黒正数作品と同じだけど同じじゃない。今までにないものが入っているのを感じます。ジブリの新作が公開されるとか、そういう特別な高揚感といいますか、ものすごい期待感とワクワクを感じます。
石黒:いえいえ、とんでもないです。
大童:無人の家に入る時、「鍵が閉まっているから、中が荒らされてなさそう」とか、そこを手を抜かずにちゃんと言及して描いてくれていることとか、僕は嬉しくてたまらないんです。
石黒:大童さんに響いてくれて嬉しい。俺のマンガでまだ大童さんに響くところあるんだなって。
大童:いやもう、いくらでもありますよ!
──『天国大魔境』2巻部分ではどうですか?
大童:うちの手洗い場にはタオルがなくて、積み重なったAmazonで注文したダンボールで濡れた手で拭いているので、確かに吸水性は悪くない。それを思い出しました。
石黒:(笑)。ダンボールが水を吸ってぐちょぐちょになってるのを見て、これは使えるなって思ったんですよ。
大童:普通の紙よりダンボールの方が圧倒的に水を吸いますからね。
──『天国大魔境』は今までの石黒先生の作品よりも、対象読者の年齢を上げているイメージがあります。
石黒:そうでもないんですけど、エロの表現に関しては今までよりもゆるいですね。世界観があんな風に変わってしまうと、必然的に道徳観念が変わっちゃうだろうから、ゆるめたところがあります。
大童:恐ろしく低年齢の風俗みたいなのもチラッと見かけたり。
石黒:あれ、風俗って気づいた? あそこは風俗ってわからないようにしたつもりなんだけど。人間の汚いところを知っていれば、あれが風俗だってわかるかもっていう、ギリギリのさじ加減で描きました。
大童:そういう細かい部分まで仕掛けがあるのがいいんです。反復して読んでいくタイプのマンガだから、2巻が出てから1巻を読むと、読み味が変わっていきます。
例えば評価が高い『ネムルバカ』を押さえておけば、「これが石黒正数作品だな」って評することは可能です。でもそれだったら「『天国大魔境』も読んでおけよ、これはまたちょっと違うから」って言いたくなります。
例えば『ドラえもん』と『キテレツ大百科』ではなく、『ドラえもん』の他に『ミノタウロスの皿』がある、みたいな印象といいますか。
これまでの石黒正数作品でぼんやり見えていたシルエットが、『天国大魔境』によって形が変わって、石黒作品の新しいシルエットができる気がしています。
石黒:いやー、大童さんに俺の作品を語ってもらうのは恥ずかしい。こんなに緊張したことはないです。今まで対談のために、部屋を掃除したり準備したこともないですし(笑)。大童さんは本当に怪物みたいな印象なんですから。
●突飛な世界観と地に足がついた部活モノを両立させているバランス感覚
──大童先生を驚異に感じるところ、他にもありますか?
石黒:『映像研』の構成自体も特異で。この子達のやっていることとか発想とか主張していることって高校生離れしていて、プロのアニメーターの考えなんですよ。スポンサーがいるのに自信がなくなっちゃって「ロボアニメは、やめよう!!」って言い出すとか、宮崎監督が言いそう。
一同:(笑)
大童:「ロボット物はやめよう」みたいな悩みは、作品作りで壁にぶつかったら、こういう気持ちは出てくるだろうなって。この時のロボット物はやめようは、その時の僕の心境です。
石黒:「ロボアニメは、やめよう!!」って言った、同じコマに「バカヤロウ!!」ってツッコミが入るのが好き。音声にしたらどれだけ速いタイミングなのか。ここ、めちゃくちゃ笑えるんだ。
──浅草たちの創作の葛藤は、プロレベルの悩みですよね。
石黒:そういう大人の世界でやるべき話を、高校部活モノに落とし込んでしまうバランス感覚が異常。それでいて創作にこだわりのある人とか、部活を一所懸命やった人に響くところを押さえてしまっているという、ある種めちゃくちゃ地に足がついている部分もある。
世界観からしたら、アニメのイメージボードを舞台にしたような架空の高校なんですよ。これほど突飛なオリジナルの世界観を持っているのに、やっていることが高度なアニメーターの話。それを高校部活モノに落とし込んで、話を転がしていく。こんなこと、前例がないんじゃないかな? このとんでもないバランス感覚をもって、25歳の若者が描いているんですよ。
──バランス感覚とは具体的には、どういったところでしょう。
石黒:話の飛び方と選び方がすごいんだよなあ。本来なら浅草がアニメに感銘を受けて、アニメを作りたいと思う動機まで、いちいち初手から描いていくんですよ。
大童:高校生が主人公でも、アニメを好きな人間が制作の初歩を分かってないなんてありえないと思ったんです。僕自身がそうだったので。だから浅草はアニメ制作の知識に詳しいけど、気弱な性格だから、いろんなことに挑めないというキャラにしました。
石黒:普通のマンガだったら、白くて四角い高校に通って、美術部とマンガ研究会はあるけど、アニメ部はないから作ろうとか、メンバーが足りない、顧問になってくれる先生がいない、部室がないとか。そういう、やりそうな基本的な部分をだいたい飛ばしている。部室と顧問はちょっとありましたけど。
大童:はい。過程は全部すっ飛ばしています。
石黒:それでいてこれだけの読者を獲得できている。そのバランス感覚が化け物だと思う。
●主人公にSFなことが起こっても、日常に回帰するのがルール
──たしかに、そこまで突飛なのに読者を置いてけぼりにはしていませんね。
石黒:それが天性のバランス感覚で、確実に必要なところは押さえている。これができずに散っていく新連載ってすごく多いんですよ。
「架空の設定 × 架空の設定 × 架空の設定」って設定を積んでいってしまうと、どんどん読者がついていけなくなるもの。
大童さんのマンガはそれになってないんですよね。ツボをちゃんと突いていってるから。
大童:『映像研』で架空の妄想シーンを考えた時に、『それでも町が廻っている』ができるなって思いました。『それ町』は現実に近い街を軸にしながらも、宇宙人や幽霊が出てきたりして、これがすべて成立している世界なんだって。
中心となる軸を据えて、いろんなものに手を出しつつ、ギリギリまで好きなことをやって、現実に戻ってくる。SFやオカルトまで手を広げていた『それ町』みたいに、何にでも対応できそうな土台を作りたいと思ったんです。
石黒:『それ町』はいろんなことができないと、長く連載を続けていけないと思ってやってたんですよ。完全に訳がわからないくらい飛びすぎると、読者がついてこられない。だから必ず日常に戻すというルールを設けました。主人公にどんなSFなことが起こっても、主人公が見ていたのはちょっと不思議なだけの現実じゃないとダメっていう。
──まさに『ドラえもん』ですよね。
石黒:その『ドラえもん』の中にでさえも、「のび太が無人島で20年過ごす」っていう話があって。のび太は精神的には20年間、無人島で生きた男になっちゃってるんだが、それはアリなのか無しなのか問題。
『それ町』の連載では、あれを起こしちゃいけないと思ったんです。たとえ歩鳥が無人島でサバイバルしたとしても、2、3日で助けがくれば、人間としておかしなことにならずに済む。
大童:無人島のび太をどこまで真実として受け止めるべきか……。のび太が大人になった時の姿って何パターンか出てくるじゃないですか。
花火で自分が作った会社を焼いちゃうのび太とか、出木杉くんの子供を預かっていた時ののび太とか、大人になってからドラえもんと再会した時ののび太とか。のび太像の変化をそれぞれを見ていると、こいつは何年経っても中身が変わらないのかなって。そこに、無人島の20年のび太の変化のなさの拠り所を見つけようとしてしまいます。
石黒:大童さんと『ドラえもん』の話をしだしたら、一晩かかるなあ(笑)。
大童:ちなみに以前、『木曜日のフルット』と『ドラえもん』を1ページずつ交互に見ながら、フルットとドラえもんの可愛さの共通点を探したことがあります。ただ丸いだけじゃない。この可愛さはいったいどこから発生するのか気になったんです。
石黒:それ、施川ユウキさん(『バーナード嬢曰く。』『鬱ごはん』など)にも言われたわ。俺は大人になってから意識的に藤子・F・不二雄テイストを取り入れたわけではないので、それでもドラえもんの造形に共通点があったら、滲み出てきたものとしか言いようがない。
大童:フルットの、構造が単純なのにキャッチーで捉えやすいデザインってかなり悩まれました?
石黒:だいぶ悩みましたね。ロフトの雑貨屋ですげぇいい猫の雑貨が売っていて悔しくなって。「俺も店に飾ったら売れるような猫グッズをデザインしよう」って紙にたくさん猫を描いて、猫の特徴から省いても良いところ、省いてはいけないところを試行錯誤してようやくたどり着いたんです。
大童:『フルット』は猫全員のデザインが差別化できていてすごいです。あと短編の『ジャスティス・ジャスト』(『ポジティブ先生 石黒正数短編集(2)』収録)のこのコマとかも大好きです。「戦いに勝ったカブト虫が海に帰って行く……」ってナレーションも面白い。
石黒:これ、今思ったんだけど『ドラえもん』っぽいかも……。「成り行き上こうなった感」が。
一同:(笑)
──『ジャスティス・ジャスト』はヒーロー側ですけど、石黒先生のいろんな短編や『外天楼』の特撮回など、正義の味方よりも敵の幹部の話が多いです。これにはなにか理由があるんでしょうか?
石黒:幼稚園の時に『ゴレンジャー』を見ていても、敵の方に肩入れしてました。マンモスの怪人がゴレンジャーに攻撃されて、「俺の牙が〜〜っ!」って片方の牙を折られちゃうシーンとか見ていて、可哀想に思ったんですよね。5対1でボコボコにされちゃってるし。
あの頃から感情移入するのはむしろ敵側で、敵にスポットを当てると「トホホ感」が出るので、それをマンガにしてました。
大童:トホホ感ありますね。
石黒:ショッカー戦闘員も多分、ハロウィンで暴れたいような欲求が有り余ってる若者を集めたと思うんですよ。そんな奴らを集めて、洗脳というか教育されて、正義の味方と戦って、ちぎっては投げちぎっては投げってされてるけど、元々は一人一人がモヤモヤを抱えた学生だったかもしれないとか色々考えてしまう。だから、俺は「モブ」が嫌いなんです。その考えが『それ町』にも反映されているんですけど。
──一人一人にドラマがあると。
大童:僕はモブの扱いを部活ポスターでやってます。掲示板の部員募集の張り紙を描きながら、「映像研ばりにこの部活は楽しんでいるだろうなあ」とか色々想像しながらポスターを1枚描いたり。
──今までの話を聞いていて、お二人の感性の近さを感じます。『映像研』の増改築を繰り返した校舎と、『外天楼』の入り組んだ建物。お二人が影響を受けた人物として大友克洋先生も挙げられていますし、同じものから影響を受けたのでは? とか。
石黒:大童さんの不思議な地形は大友先生じゃなくて、『カリオストロの城』に出てくる水に沈んだ町。あと『未来少年コナン』の墜落した前文明の建物とか、そういうところから来ているんじゃないかな。
大童:僕としては恐れ多くて、「僕と石黒さんは感性が近いですね」とか言えません(笑)。
石黒:例えば同じアニメを見て、感動したポイントが同じなんだろうなと感じます。『風の谷のナウシカ』で戦車が橋を壊しながら渡っていくシーン。橋が壊れるのが早いか、前進し始めるのが早いかという動き。あそこ好きでしょ? 『映像研』に出てくる砲身が短い戦車もそういうアクションをしてる。そういうところで響くものが同じなんじゃないかな。
大童:そうですね。『それ町』がこんなに自分にフィットするのも、土台の近さはあるんだろうなと。藤子・F・不二雄作品の中でも、大根とラジコンは近いみたいな暴力的な理屈が好きなんです。「ラジオ」の「ラジ」と、「大根」の「コン」を取って「ラジコン」みたいな。
石黒:わかる! 「カメ」の「か」と、「カニ」の「に」で「カニ」っていうの、あそこすごい笑った。
大童:ああいうわけのわからない理屈の先に、『それ町』を発見したのは間違いないです。
石黒:(『映像研』をパラパラめくりながら)1巻のこのコマも、ものすごい好きなんですよ。背景の重力の方向と、機内で彼女らにかかってるGの方向がちがう。飛行機やジェットコースターに乗った時に体にかかる暴力的なGを、絵を見てるだけで感じる。
大童:気づいていただいてありがとうございます! ここを描いている時は楽しかったです。飛行機に乗って空を飛んでいる感じを出すには、正面を向いているだけじゃちゃんと伝わらないとこの構図をつけました。
この角度を補強しているのは水崎のポーズなんです。Gが下に向いているから左手を骨組みの所に置いている。上体のバランスを上に手をあてて押さえているから、この角度にある程度抵抗しているんだなって伝わってくれるかなと。
石黒:いかり肩にしている浅草のポーズも重要な気がするね。
●ベテランの領域にアマチュアの若者が到達していることが驚異
石黒:しかし、世間のみんなは、大童さんがどう凄いのか分かって『映像研』を読んでいるんだろうか……。俺はさっきからそれを言ってきたんだけど、大童さんは恐ろしいマンガ家である。みんなはわかってるのかな、この得体の知れなさ。
──マンガの文法に縛られない、ルールブレイカーな部分でしょうか?
石黒:そこが作品を作っているのか壊してるのかわからない部分かもしれない。大童さんが昔作ったアニメをTwitterにアップしてましたけど、『映像研』を好きなユーザーが「動画も作るんですね」って普通に見てるんですよ。「君ら、この動画のどこがテクニカルか、この凄さ、わかってる!?」って訊きたくなる(笑)。
石黒:俺はあれを見てぞっとした。宇宙服を着た人がふわって何もない宇宙空間に体を投げ出す不安感を動画にしてる。事故って回転している様子をカメラで内側から撮って、背景の方をグルグルとスクロールさせてピンチの動きを表現している。この演出の凄まじさ。ほとんどの人は、宇宙船といっしょに回ってる人を離れた視点から描くと思う。
あと焼き切って開けた穴からどう考えても積載量よりも多いものがどんどん出てくるシーン。あれで思い出したのが『カリオストロの城』で贋金を車からバーって撒き散らすシーン。どう考えても車の大きさよりも遥かに大量のお札が出てくるってやつ。
ああいうアニメーションを見て原始的に面白いと思う演出を、若いヤツが分解して消化して描いているって事実。恐ろしいですよ。
──その道ウン年のベテランアニメーターが到達する域に、アマチュアの若者が到達してしまっているのは驚異ですね。
石黒:そうそう。こういうのはプロのアニメーターになってから見える部分じゃないかな。
大童:そこは悔しさから始まっています。自分はアニメーターになりたかったんですけど、筆は遅いし、アニメに求められる絵の上手さもないから無理。そこから始めた動画制作だったので、あらゆる方面に対する怒りと悔しさが、あの動画に集約されています。
石黒:『映像研』を読んでいても怒りを感じるね。「こういう表現がある、でも俺は嫌いだから、こう描く」みたいな強い意志を感じる。
大童:それはありますね。
●『それ町』の時に注がれていた視線の正体を、大童さんを見てやっと理解できた
──世間一般の読者は、大童先生のそういう凄みに気付いてないんじゃないかと。
石黒:エンタメなんだから、普通に面白い部分だけを受け入れる、それで良いと思うんですよ。でもプロとしては危機感を持ちます。あと世間が思っている25歳が影響を受けてしかるべきルートを、全然通ってない。そこが異形って俺が表現している所以なんですけど。
大童:王道を通っていないのは、親の方針でテレビ番組を見れなかった事が関係しているかもしれません。子供の頃から『忍者ハットリくん』や『ドラえもん』『風の谷のナウシカ』を毎日のように見ていました。『未来少年コナン』とか『世界名作劇場』『七つの海のティコ』のビデオを借りてきたり。
石黒:ほら、こんな25歳いないでしょ!? 俺らの世代か、もうちょっと上の世代ですよ。俺がリアルタイムで『世界名作劇場』を見ていて、そのために一週間頑張るみたいな中学高校時代だったから。
大童:小学校入学前に『第三の男』をほぼ毎日見ていて、それはさすがに異常だった自覚はあります(笑)。
石黒:影響を受けたコンテンツが普遍的かどうかは創作者にとって賭けでしかないんです。俺にとっての藤子・F・不二雄と大友克洋は、結果的に現時点でもコンテンツとして生き残っている普遍的なものだったんですけど、大童さんが影響を受けたコンテンツもそうだったんですよ。
大童:その後も姉の影響で『ふしぎの海のナディア』『新世紀エヴァンゲリオン』『攻殻機動隊』を小学生の頃、熱心に見る日々でしたね。
──それらは今の30代後半から40代くらいのオタクが洗礼を受けている作品ですよね。
石黒:俺もずっと藤子・F・不二雄と大友克洋だけだったので、周りの友達が「かめはめ波ー!」って悟空の真似をしている時に、俺だけ(右の指を突き出しながら)「ドーン!」ってやってた。
大童:喪黒福造(笑)。
石黒:俺が『それ町』を描き始めてしばらくの頃に、なんだか妙に熱い視線が注がれているのを感じたんです。俺の年代なら当たり前に通過している『ドラゴンボール』とか『シティーハンター』だっていう時期に、藤子・F・不二雄と大友克洋しか読んでこなかった。
その歪なところを見られていたんだなっていうのを、今、大童さんを見ていてやっと理解できた。ああ、昔の俺はこういうところを見られていたんだなって。
──王道作品を通過して来なかったのには理由があるんでしょうか?
石黒:俺は一回ハマるととことん突き詰めるタイプだったので、まだ藤子・F・不二雄作品を読み終わってないうちから、次のテーマに移れなかったんですよね。全部終わったらみんなが読んでる作品を読もうかなと思っているうちに『AKIRA』を見てしまって、もうとんでもないインパクトだったので、王道とかそれどころじゃなかった。
大童:僕は王道を知らないことにコンプレックスを持っています。『ドラゴンボール』や『スラムダンク』の話が出てくる度に、「すいません読んでないんです」って負い目を感じるのはよくあります。
石黒:後から読んだらいいんです。マンガは読みたい時に読むのがいい。
●石黒先生と大童先生が最近注目しているマンガ3選
──話が尽きないところ恐縮ですが、そろそろ時間も迫っていまして……(食事処に移動し、すでに合計で4時間が経過)。コミスペ!で毎回伺っている質問として、最近良かったマンガを教えていただけますか?
大童:『ヤオチノ乱』は、「時は平成末期」という良いフレーズではじまるんです。この平成末期という良いタイミングで(笑)。
絵柄がとても良くて、いわゆるドロンって煙で消えるタイプの忍者ではなく、現代に溶け込む忍者ものです。体術で人間を巻いたり、欺いたり、謎もあり、これから面白くなっていくであろうマンガなんですが、第2巻以降は紙媒体は未定で、電子書籍だけなんです。だからみんなにも読んでもらって、広まって欲しいです。
石黒:んーと俺は、『グヤバノ・ホリデー』を挙げます。初期のpanpanyaさんは雰囲気で読ませるタイプで、女の子が散歩していて変なことに興味を持って、ふわっと町に迷うみたいな感じだったんですけど、だんだん理屈がカチッとしてきてマンガ技巧に寄ってきたような気がする。今後どういう方向に行くのか気になります。
もう一つは『爆音列島』のリバイバル。元々「アフタヌーン」で掲載されていたのを「ヤングキング」で再掲載してるんですけど、あえて連載で毎回読んで楽しみにしています。
これがとんでもなく面白いんですけど、とんでもなく「アフタヌーン」じゃない。不良マンガのセオリーを一切踏襲せず、いろんな悩みや事件が同時進行するんですよ。そこがリアルで面白い。
自分より強い後輩が出てきたら、普通の不良マンガだったら倒すまでがワンセットの話じゃないですか。でもそいつには喧嘩で勝てないまま話が進むんです。15歳の少年の焦りと不安がすごくリアルに伝わってきて、めちゃ面白い。絵柄もポップなので、今読んでも昔の作品って感じがしないです。
●対談を終えての一幕
──ここまで4時間以上話されて、大童先生に対する恐怖は払拭されましたか?
石黒:んー変わりはしない、やっぱり怖いし(笑)。4時間やそこら喋ったくらいでは底が見えない。大童さんに手を突っ込んだら、真っ暗で自分の手が見えなくなりそう、って闇に例えるのも失礼ですけど。光で眩しくて見えないのかもしれないけど。
大童:いえいえ僕は真っ黒です。学校の教師とか、ものすごい悪意だけで描けますから。「バカしか教師になれない」みたいに、唱えるだけで筆が動く(笑)。
石黒:あそこのやり取り、すごいよかった。お金儲けがなぜ教育的でないかってくだり。
大童:僕にとって学校の先生は敵で、大人ってそういうズルいところがあるよなって描きたくって。
──大童先生にとって、石黒先生の印象はどうでしたか?
大童:これが「マンガ家」の正体なのかって気づきを得ました。『映像研』はマンガの描き方を知らない前提からスタートして、マンガの文法を知らない状態が評価されたんだから、マンガの文法を守ったら、評価されなくなるんじゃないかっていう恐怖がずっとあったんです。
加えて、僕には一寸先は闇という感覚があるんですよね。これが手応えなのかと思った瞬間、手のひらを返されるんじゃないか。何が読者にヒットするのか、分からないんです。
でも石黒さんにお会いした結果、その恐怖が若干薄れました。石黒さんは実績を積み重ねてきた上で、作品をコントロールし自分のものにして描いている。マンガ家ってこういうことなんだって。
石黒:分かってるところもあるし、分からないところもあるし。ひとつ俺がはっきりわかっていたのは、紺先輩とエビちゃん(『それ町』のキャラ)を出すとみんなが喜ぶってこと(笑)。だから登場のタイミングは計算して、溜めて溜めて登場させることを心がけていました。
大童:なるほど、タイミングが重要ということですね!(笑) 今日はすごい楽しかったです。またどこかでお話させてください。
石黒:すごく緊張しました。次は対談とか関係なく、普通にアニメの話とか、いろんなことを二人で語りましょう。
──本日はありがとうございました!
(2019年3月某日。石黒先生の仕事場、食事処にて。)

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