電通のAI戦略ビジョン「AI For Growth」に基づくAI活用とは
2025年4月15日(火)7時0分 マイナビニュース
電通グループでは、独自のAI戦略ビジョン「AI For Growth」を掲げている。これは、グループで働く全従業員の「知」をもってAI技術を育てていくと同時に、AIによって人間も新しい「知」に至るという循環により、クライアントや社会の課題を解決し、幸せな変革を促していくという考え方だ。
そして、「AI For Growth」を具現化するサービスとして、同社は昨年10月、AIを活用して絵本を自動生成する「AIえほん」プロジェクトの第一弾となる「おぼえたことばのえほん」のプロトタイプを公開した。
そこで、「AIえほん」のプロダクト設計を担当する油井俊哉氏とdentsu Japan(国内電通グループ)のAI推進を担当している、主席AIマスターの並河進氏に、電通におけるAI活用について聞いた。
「おぼえたことばのえほん」とは
「おぼえたことばのえほん」は、子どもの世界をもっと広げられるようにという思いから作られたAIえほんで、覚えた言葉を入れると、オリジナルの物語を作り出す。
例えば「ロボット」という言葉を入力すると、「ロボットの『よこ』にあるものなんだろう?」という問いが表示され、次のページで「ボタンだった!」という答えが、イラストとともに表示される。さらに、次のページでは「ロボットの『うえ』にあるものなんだろう?」という問いが来て、次のページで「アンテナだった!」という答えが表示されるという具合に、問いと答えがセットで表示される。
「AIえほん」では、全体の構成(シナリオ)は人が考え、答えとしての単語(ボタンやアンテナの部分)を抽出するために生成AIを活用している。同社ではGoogle GeminiやMicrosoft Copilot、Adobe Fireflyなど、さまざまな生成AIを活用しているが、「おぼえたことばのえほん」ではGPT-4oのAPIを利用しているという。
油井氏は「おぼえたことばのえほん」におけるChatGPTのプロンプトについて、「子どもの世界を広げられる物語のフォーマット、不適切なものを出さない処理、文字数の調整、驚きのある答えを出していくことなど、いろいろな角度からプロンプトを試して、その中で一番良いものを使っています。また、あまり長すぎるとレスポンスが遅くなってしまうため、どれだけダイエットできるかを試しながら進めています」と説明した。
|I@004.jpg,「おぼえたことばのえほん」の遊び方 ,A@「おぼえたことばのえほん」の遊び方 |
特に注意したのは子どもにとって安全なワードを使ってもらうことで、公助良俗に反する言葉は弾くようにしているほか、社会情勢が不安定な国もあるため、国名などを入力しても絵本が生成されないようにしているという。
「予想外な言葉が入力されることも多く、公開後も常に監視をしながら微調整もしつつ、子どもの成長を安心して見守れるようにシステムを設計しました」(油井氏)
AIコミッティでガバナンスを担保
同社は昨年の8月にAI戦略の新ビジョン「AI For Growth」を発表した際、AIガバナンスコミッティという社内向けAIアドバイザリーチームの設置を発表しており、「おぼえたことばのえほん」を公開する際もこのチームを活用している。
「AIガバナンスコミッティは、いろいろなAIサービスやソリューションを提供するときにチェックするチームです。そのメンバーがいろいろな目線でチェックし、こういうことに気を付けた方が良いといった点をサービス提供側に伝えています。コミッティにはいろいろメンバーが入っており、技術に詳しいメンバーもいれば、表現リスクに詳しいメンバーもいます。AIガバナンスコミッティは多角的な視点で見ているような複合チームのようになっています」(並河氏)
油井氏は当初、国名の入力はOKにしようと考えていたが、コミッティから指摘を受け、昨今の社会情勢を鑑み入力を制限する設定に変更を行った。また、最新の言語処理の手法などについてもアドバイスをもらったそうだ。
AIに関わる8つの注力領域
電通グループでは、「AI For Growth」のビジョンの下、クライアントサービス、AIアセット、コーポレート機能という3レイヤーで、計8つの領域の取り組みに注力している電通グループでは、「AI For Growth」のビジョンの下、クライアントサービス、AIアセット、コーポレート機能という3レイヤーで、計8つの領域の取り組みに注力している。
クライアントサービスは、「マーケティング支援」「トランスフォーメーション支援」「プロダクト開発」、AIアセットは「データインフラ拡充」「AI人財育成」「技術研究・開発」、コーポレート機能は「AIガバナンス整備」「組織構築・経営」という分類になっている。
並河氏は、業務を効率化と創造性を上げて新たな価値提案をしていくという2軸でAIを活用していこうとしていると語った。
「創造性については、マーケティングに詳しい人間がリサーチにAIを活用していくとどうなるのか、クリエイティブ企画にAIを活用していくどうなるのかを研究しているメンバーがおり、新しい使い方が日々発見されています。それらを周りに伝える形で、活用領域が広がっています。効率化については、スマートワーク推進オフィスという組織があり、スマートワークの流れでAI活用を推進しています。AIを活用した業務の効率化については、個別の業務で効率化できる領域と全体でベーシックに効率化できる領域を定め、今まさにチャレンジしています。AIは技術の進化が早い領域なので、活用方法を互いに教え合うことが大事だと思っています」(並河氏)
今後のAI活用
電通グループではMicrosoftのCopilotとAdobeのFireflyの2つが生成AIの基本ツールになっており、オンラインのウェビナーやAIの勉強会も行い、社員のスキルアップを図っている。
また、主席AIマスターを頂点に、独自の等級制度も新たに導入した。
主席AIマスターは、AIテクノロジーの扱いに傑出した人で、組織全体の生成AIを設計し、遂行する。その下には、生成AIを用いた複雑な課題解決を行う「AIマスター」があり、さらにその下にAIファシリテーターというAIツールと応用を一通り理解して、自らのプロジェクトにAIを組み込む人の層がある。一番下は、「AIベーシック」というAIツール、テクノロジー、ガバナンスを一定程度理解している層がある。
「電通というと、テクノロジーのイメージがあまりないかもしれませんが、クリエイティブ部門の中にもテクノロジストといわれる技術の濃いメンバーたちが数多くいます。また、国内電通グループでは1100人以上がディープラーニング協会が主催するG検定に合格しています」(並河氏)
今後のAIの活用について油井氏は、新たな気づきを与えるツールとして活用したいと語った。
「AIサービスを使って子ども向け以外にも、障害者向けに使うなど、さまざまな可能性を探っています。先日、バードウォッチングに行き双眼鏡を使ってみると、解像度が高く、世界がまったく異なるものに見えました。新しい発見を与えられるものとして、双眼鏡はすごく良いツールだと思いました。AIにもそれに近いことができると考えており、より解像度を高く見ることもできれば、ちょっと引いた目線で見るといった具合に、目線を変えられるツールだと思っています。今まで人の目線だと気づかなかったものをAIの目線で伝える、そんなこともできていくと思っています」(油井氏)
一方の並河氏は、今後の3つのジャンルでAI活用を考えているという。
「1つはわれわれの仕事であるマーケティングやクリエイティブを作る仕事のところで、AI活用でどのようにより良くしていくのかという話です。2つ目は今回の『AIえほん』もそうですが、体験を向上していくことを目指します。3つ目は社会をAIでどのように良くしていくのかです」
マーケティングプロセスやクリエイティブの場合、AIをチューニングして、より想像的なアウトプットが出るようにしていくことを考えているという。これはプロンプトでできる部分もありますが、ファインチューニングしていくところもある。
同社は、『AICO2』を昨年発表したが、これは、より良いコピーライティングができるようにAIのファインチューニングをコピーライターの思考法にしたがって行うものだという。
並河氏は、「AICO2では電通のプランナーが持っている知見とAIを掛け合わせる部分もありますが、市場のお客さまのデータとAIを掛け合わせることで、AIはまるで人間のように振る舞うこともできます。プロンプトだけでなく、生活者についてのデータによるファインチューニングも行っています」と話す。
「自主的なプロジェクトがビジネスの種に」
「AIえほん」ような、有志が自主的に立ち上げているプロジェクトは、電通の中では、いくつも立ち上がっているという。
「そういったプロジェクトが種になって、ビジネスにつながり、クライアントの方が知らないことをトライしていくところが、電通の一番大事な競争力だと思います。また、それらの点と点がつながって仕事につながっていくことが、これまでもたくさんありました。AIは会社の成長領域になっているので、プロセスや仕事のやり方を効率化するとか、高付加価値にするだけでなく、社会がより良くなっていくというビジョンも示し続けることも必要です。そういう意味で、今回の『おぼえたことばのえほん』は最も分かりやすい事例だと思います」(並河氏)
そして同氏は最後に、AIを活用していく上で重要なことは「面白い」「楽しい」と思える空気だと語った。
「今、AIをやらなければいけないといった空気がありますが、そうすると勉強みたいになってしまいます。そうではなく、AIは面白い、楽しいという空気が大事であって、そういう空気の中でやるからこそ、新しい使い方や作り方が生まれると思っています。そこは大事にしていきたいです」(並河氏)