吉川明日論の半導体放談 第75回 ゲーム機とCPU(4) - マイクロソフトのXboxシリーズ

4月24日(水)9時0分 マイナビニュース

ゲーム機のCPUを追いかけたこのシリーズも中盤に差し掛かっている。今回はMicrosoftのXboxシリーズである。

現役のゲーム・コンソールとしてもXbox OneがMicrosoftのゲームビジネスを継承しているが、2001年に初代のXboxが登場してMicrosoftがゲームビジネスへの参入を表明した時、私はそれがいかにも唐突であった印象を持っていて、どうもしっくりこない感があった。Xboxは世界中で大々的に宣伝されたが、結局のところ日本での成功はかなり限定的だった。米国ではSCEのPlayStationと市場を二分する存在であるが、日本での存在感はいまだに大きくない。

Microsoftのゲームビジネス参入はSCEのPlayStationの登場がきっかけになったというのはすでに定説となっている。もっと視点を引いて考えれば、Xboxが登場した2001年が世界中でパソコン市場の全盛期で、日本がまだ世界で第2位の規模を誇る巨大なパソコン市場であったことも関係していると思う。それまでの日本のパソコン市場はNECと富士通が主導してきた状況で、そこへソニーがVAIOで参入し、急激にパソコン市場での地位を築きつつあった。そのソニーグループの1社であるSCEが1994年にPlayStation(初代)を発表してゲームビジネスで大きな成功を収めていたことを考えると、パソコンの基本ソフトを独占するMicrosoftとしては「何かの布石を打っておかなければ」、と考えただろうことは容易に推測できる。リビングルームを支配するソニーブランドは、パソコン市場でしか存在感がないMicrosoftにとってはかなりの脅威であったに違いない。

Webの情報などを見ると、「当時のCEOであったBill GatesがMicrosoftのゲームビジネスへの参入自体に乗り気でなかった」とか「セガのドリームキャストに移植したWindows CEでの協業の失敗が背景にある」などの興味深い背景に関するストーリーもあるらしいが、私はこの辺については一切知らないことを先に断っておく。

Microsoftにとってはパソコンのビジネスは盤石であり、屋台骨でもあった。その重要なプラットフォームを低価格で脅かす存在となる危険性を持ったゲームビジネスに、Microsoft自らが参入することには慎重であったということは容易に想像できる。Microsoftはその後、パソコンのハードビジネスにもSurfaceシリーズで参入している。
○Xbox

2002年に日本をはじめ欧州、オーストラリアなどで大々的に宣伝されたXboxは、2000年に発表されたSCEのPlayStation2(米国でのリリースは2001年までなかった)に真っ向から挑戦するようにリリースされた。

その発表時のことはよく覚えている。Xboxは外形こそ独特の形をしているが、中身はパソコンそのものであった。当時AMD社内では極秘情報として「Microsoftのゲーム機にAMDのAthlonが採用される」ということが一部の人間にはシェアされていて、当時マーケティングでPRなどを担当していた私は、その発表を固唾をのんで見守っていた。

現在のWebの情報ではXboxのCPUはモバイルCeleron(Pentium III相当)と出ているが、発表直前までMicrosoftはAMDのAthlonを採用する計画で、実機も用意されていた。しかし、実際に発表されてみるとIntelのCPUになっていて私は大変に驚いた。当時の私はPRの担当として主要国での発表記事などにも目を通していたが、日本での発表では「Intel CPU使用」となっていたが、ヨーロッパの発表記事の一部では「AMDのAthlon使用」となっていたのを見て本社に問い合わせてみたところ、「最後の最後でひっくり返された」という答えであった。

Microsoftの当初の計画ではAMDのCPUであったものが、Intelからの激しいアプローチによって発表直前でIntelに鞍替えしたらしい。Microsoftの技術陣はこうしたことも考えて、AMD/Intel両方のマザーボードで開発を進めていたことになる。

後になって、最終的な判断基準となったのはCPUの値段であったことを本社から聞いた記憶がある。それはとんでもなく安い値段で、それこそXbox本体の発表当時の価格は34,800円であったが、その当時私が聞いた価格は、ゲーム機などのCPUバジェット(通常本体の10%以下)をも下回っていた。要するにIntelはAMDのMicrosoftとのゲームビジネスでの協業を阻止するために「戦略的な価格」を提示したということである。ここで言う「戦略的な価格」とは「採算度外視の低価格」と同義である。この決定が本当に発表の直前になされたということは欧州の発表の一部を見れば明らかで、あまりにも直前に決定されたので世界中の発表担当者まで情報が徹底されていなかったということであろう。

ともあれ、Xboxシリーズは日本市場でこそ成功しなかったが、現在では世界中に多くのユーザーを抱えるゲームコンソールの重要なプラットフォームとなった。
○Xbox 360

MicrosoftはXboxで「戸惑いながら(私の主観的印象)」のゲームビジネス参入を果たしたが、いったん参入をすると勝利するまで徹底的にやるのがMicrosoftのやり方である。初代Xboxは生涯出荷台数は約2400万台にとどまったが、2005年に米国を含む主要国で一斉に発表されたXbox 360はかなり気合の入ったマシンとなった。

Xbox 360についての私の記憶はXboxの件があったのでかなり薄い。Xbox 360のCPUはMicrosoft自らがIBMと共同開発したPowerPCベースのカスタムCPUで、当時としてはかなり贅沢なマルチコアCPUであった。当時のIBMは高性能CPUビジネスを前面に出していて、PowerPCアーキテクチャーを旗頭に、AppleのPowerMac G5などにも採用され、その高い性能には定評があった。IntelにPC市場のCPUでの主導権を完全に明け渡してしまったIBMがXbox 360のCPUをMicrosoftと共同開発した背景には、Intelが主導するx86 CPUの流れをなんとか変えようとしたことがあると思う。

Xbox 360のCPUであるXenon(Intelのサーバー用CPUのXeonとは全く別)は3コアで3.2GHzの動作スピードというかなり贅沢な仕様である。ゲーム機のCPUビジネスの観点からいえば、コスト的にはゲーム機に収まるものではないと考えられるが、やはり新たな分野への新たな挑戦に向けて「戦略的な価格」で臨んだということであろう。
○Xbox One

いよいよ現役ゲーム機の話を書く段になった。そもそもこの「ゲーム機とCPU」というシリーズを書こうと思い立ったのは、現役ゲーム機の2大巨頭であるMicrosoftのXbox Oneと次回取り上げるSCEのPlayStation 4の両方がAMDのカスタムCPUを使用しているからである。Xbox Oneの発表は2013年で、同じ年にSCEがPlayStation 4を発表している。それ以来、この両機はゲームコンソール市場を現在に至るまで主導してきている。

2013年にリリースされたXbox OneにどのようなCPUを搭載するかについては、カスタム製品という事を考えると、その選定作業の発端は多分2008〜2009年までさかのぼることになるだろう。当時私はAMDに勤務していたが、このAMD/Microsoftの巨大共同プロジェクトは完全に本社主導で行われていて、私は全くかかわっていなかった。ただ思い出すのは、同じ時期にAMDがSCEと似たような話をしていて、そちらのプロジェクトに関しては私も多少関係していたので、その件については次回のコラムで多少触れたいと思う。

著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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