捨てたのは“赤ポッチ”だけじゃない? レノボの新フラグシップ「ThinkPad X9 14 Gen 1 Aura Edition」の実像に迫る
2025年5月8日(木)12時15分 ITmedia PC USER
TrackPointという象徴を捨てたThinkPad X9 14 Gen 1 Aura Editionは、ビジネスノートPCとしてどうなのか……?
1992年にIBMが初代機を世に送り出して以来、ThinkPadは多くのユーザーに支持されてきた伝統のブランドだ。しかし、ThinkPad X9シリーズは、その象徴の1つであるスティック型ポインティングデバイス「TrackPoint(トラックポイント)」を搭載していない。TrackPointのないThinkPad——1月に発表された際は、SNSなどでThinkPadファンがかなり動揺していた。
そんなThinkPad X9シリーズは、「ThinkPad X1シリーズと並ぶ新たなフラッグシップ」と位置づけられている。
画面サイズは「14型」「15.3型」の2種類から選択可能で、今回レビューする14型モデルは最軽量構成で約1.21kgと、比較的薄型/軽量な設計となっている。モデル名に含まれる「Aura Edition」は、LenovoとIntelの“密接な”共同開発により生み出された製品であることを示しており、UEFI(BIOS)の電源投入後に出てくるロゴにも刻まれている。
今回、ThinkPad X9 14 Gen 1 Aura Editionの「Core Ultra 5 226V」搭載するカスタマイズ(CTO)モデルを借りることができたので、“象徴を捨てた”ThinkPadの実像に迫っていこう。
●メインターゲットはThinkPadユーザー“以外”
ThinkPad X9シリーズにTrackPointが搭載されなかった理由については、別記事で触れられている。
ThinkPadをより幅広い層へ訴求すべく、その“障壁”となっていたTrackPointを取り除き、大きなタッチパッドを搭載した——そういうことのようだ。つまり、本製品のターゲットは「既存のThinkPadユーザー“以外”」なのである。
別記事にあるLenovoの説明は、そのまま素直に受け取ってよいと感じる。特に法人営業の現場では、「TrackPointがないThinkPad」があった方がいろいろと都合が良いのだろう。
長年ThinkPadを使っているユーザーにとっては「TrackPointはThinkPadの大きな(場合によっては無二の)魅力」であり、不可欠だと捉えている人も珍しくない。しかし、ThinkPadを使ったことのない人、あるいは大きなタッチパッドを備えるノートPCに慣れてしまった人にはTrackPointに抵抗感を覚える声も少なからず聞く。操作感云々以前に「見た目的にすっきりしていない」だけで敬遠されてしまう可能性もある。
ThinkPad X1シリーズを始めとする、いわゆる「Classic ThinkPad」からTrackPointが消えたのであれば、ある意味でアイデンティティーを揺るがす“大問題”であるが、今回はそうではない。Classic ThinkPadの新モデルは、今まで通り「TrackPointのあるThinkPad」なので、TrackPointが必要ならそちらを買えばいい。
本製品は、既存のThinkPadユーザー“以外”をターゲットにしているのだから、TrackPointがないことはマイナスにならない。むしろ、重要なのは、TrackPoint以外の部分でのThinkPadの本質の部分、ビジネスPCとしての実力である。
●ThinkPadのイメージを継承するボディー
カラーはThinkPad伝統のブラックではなく、「サンダーグレー(メタリックダークグレー)」を採用している。底部に張り出しがある独特のフォルムだが、全体的には薄型で、スリムベゼルデザインも含め、最近のThinkPadらしいイメージは継承している。
これまでもいくつかブラックではないThinkPadは存在しているので、ボディーカラー自体はさほど違和感はない。ただし、色味はギラつきが若干強めで、ロゴの主張も強い。外観重視のユーザーを取り込むには、もう少し落ち着いた色味とロゴを採用してもよかったのではないかと思う。
底部の奥側が張り出しているのは、本製品のユニークな設計「エンジンハブデザイン」に理由がある。エンジンハブデザインは、SoC(System On Chip)などノートPCの主要コンポーネントを一定の幅に収め、底部を張り出させることで効率よく冷却できるようになっている。
張り出し部分は約45mmの幅で、多数の通気口が設けられている。その上で、その左右端にコンパクトな2基のファンが対称配置されている。
このエンジンハブデザインは、当初ファンレスシステムを目指して開発された経緯があり、高負荷時でもシステムが常に低温の状態を維持できるという。
●接続性は大胆に絞り込み
ボディーのサイズは、公称値で約311.8(幅)×212.3(奥行き)×6.7〜17.2(厚さ)mmとなっている。最薄部の「6.7mm」というのは、先端部と後端部のわずかな部分のみとなる。一方、最厚部は先述のエンジンは部デザインによるものだ。これらを除いた厚みは、実測で14mm弱となる。寸法はトリッキーだが、体感的には十分に薄型といえる。約1.21kg(Core Ultra 7構成は1.27kg)と、14型ノートPCとしては軽量にまとまっている。
薄型な分、ポート類は最小限となっている。USB端子はThunderbolt 4(USB4)が2基だけで、それ以外はHDMI出力端子とイヤフォン/マイク端子のみとなっている。盗難防止ワイヤーを接続するためのセキュリティロックスロットも非搭載だ。ビジネス向けノートPCとしてはかなり思い切って省いている。
Thunderbolt 4端子はUSB PD(Power Delivery)による電源入力と、DisplayPort Alternate Modeによる映像出力にも対応する。Thunderbolt 3/4を含めて、ThinkPadのUSB Type-C端子は左側面に集中配備される傾向にあるが、利便性を重視する観点から本製品では左右両方に配置している。
なお、通信機能は標準でWi-Fi 7(IEEE 802.11be)対応無線LANと、Bluetooth 5.4を装備する。
●サステナビリティーに配慮しつつ丈夫さを確保
ThinkPad X9 14 Gen 1 Aura Editionのバッテリー容量(定格値)は55Whで、公称バッテリー駆動時間は、JEITA バッテリ動作時間測定法(Ver. 3.0)に基づく計測値で動画再生時が約13.5時間、アイドル時が約19.7時間となっている。このバッテリーはCRU(ユーザーによる交換対応部品)に指定されており、劣化した場合は単品購入して交換可能だ。
ACアダプターは、USB PDに準拠する「65W スリム GaN ACアダプター (2ピン) USB Type-C」が付属する。その名の通り、ボディー内にGaN(窒化ガリウム)を封入することで小型/軽量化していることが特徴で、ケーブル込みの実測重量は約215gだった。
ボディーの丈夫さも健在だ。ボディーはアルミニウム合金製で、米国防総省の物資調達基準である「MIL-STD-810H」に定める12項目の耐衝撃/耐環境基準をクリアしている他、ThinkPad独自のタフネステストにもパスしている。手に持った感触も他のThinkPadと変わらず、高い剛性を感じることができる。
加えて、昨今のトレンドであるサステナビリティー(持続可能性)への配慮も欠かしていない。梱包(こんぽう)資材はプラスチックフリーである他、ボディーのアルミニウム合金や内部のプラスチックパーツなどにも再生素材を配合している。
加えて、購入時(CTOモデルのみ)または購入後に「CO2オフセットサービス(CO2削減活動代行サービス)」を付与することも可能で、購入すると本製品によるCO2削減の実績を証明書として得られる
●TrackPointがなくなっただけではないキーボード 感触タッチパッドは使いやすい
本製品のキーボードだが、日本におけるCTOモデルでは日本語配列か米国英語(US)配列を選択できる。今回レビューしているのは日本語配列の構成だ。
このキーボード、TrackPointがないことに目が行きがちだが、カーソルキーの形状や配置も従来のThinkPadと異なる。具体的には、「左」「右」のキーサイズが通常の文字キーと同じサイズになっており、「上」「下」のキーサイズは高さが半分で、Page Up/Page DownキーはFnキーとのコンビネーションとなっている。しかも、いわゆる「半段下げ」も行われておらず、最下段の他のキーと“横並び”となっている。
このようなレイアウトは、確かに他メーカーでも見受けられる。しかしカーソルキーの利用頻度の高い人には使いづらい。
よく見るとキーキャップの形状も最近のThinkPadとは異なる。具体的には文字キーのキャップには手前側に傾斜が新設された一方で、スペースキーの“盛り上がり”は省かれている。もっとじっくり観察すると、従来は4キーごとに設けられていたファンクションキーの空間(仕切り)もない。
キーボードにこだわってThinkPadを選んでいる人からすると、恐らくTrackPointがないこと以上にカーソルキー/スペースキー/ファンクションキーの変化が厳しいと思われる。キーボードにこだわっているThinkPadにとしては“衝撃的”だが、先述の通り本製品のターゲットは「既存のThinkPadユーザー“以外”」であり、確かに他のノートPCでは“普通”ではあるので、いろいろ複雑な気持ちになる。
ただし、キーの感触は「さすがThinkPad」といえる高いクオリティーだ。調整が絶妙で、反発は強すぎず、押し下げた後に指に吸い付くように戻ってくる。薄型/軽量化が進む中で、とても健闘しているキーボードだ。
TrackPointとのトレードオフで実装された大型タッチパッドは、物理的なボタン機構がなく、押し込むとクリックした感触が発生する「触覚タッチパッド」となっている。
触覚タッチパッドは新しいThinkPad Zシリーズで初登場したもので、現行の「ThinkPad X1 Carbon」「ThinkPad X1 2-in-1」でもCTOオプションとして用意されている。
このタッチパッドだが、ボタンのスイッチ位置に左右されず安定したクリック感が得られるため、とても使いやすい。物理ボタンがないタッチパッドが苦手な人でも、ほとんど違和感なく利用できるだろう。ガラス製の表面はスムースな滑りで、ジェスチャー操作もしやすい。
●Core Ultra 200Vプロセッサを搭載
ThinkPad X9 14 Gen 1 Aura Editionは、Intel製のSoC「Core Ultra 200Vプロセッサ」(開発コード名:Lunar Lake)を搭載している。CTOモデルでは「Intel vProプラットフォーム」対応のものを含め5種類から選択可能だが、いずれも「Copilot+ PC(新しいAI PC)」と「Intel Evo Editionプラットフォーム」に準拠している。
今回のレビュー機が搭載するCore Ultra 5 226Vは、本製品における最小構成となる。16GBのLPDDR5Xメモリを統合しており、CPUコアはパフォーマンスコア(Pコア)と低消費電力高効率コア(LP Eコア)を4基ずつ搭載する。GPUコア(Intel Arc 130V GPU)とNPUコア(Intel AI Boost)も統合されている。
製品名に付加されている「Aura Edition」は、設計段階からIntelとの共同開発を行っていることを示す。これによるアドバンテージとしては、熱設計や省電力回りの最適化が挙げられる。
性能の持続性や静音性、バッテリー駆動時間、スリープ、休止状態からの復帰などのレスポンスなど、従来機から「ただプロセッサを載せ替えただけ」の製品とはひと味違う仕上がりとなっている。
ストレージはPCI Express 4.0接続のOPAL(自己暗号化)対応SSDを搭載している。CTOモデルの場合、容量は256GB/512GB/1TB/2TBから選択可能だが、今回のレビュー機は256GBのモジュールを搭載していた。
●非光沢で見やすい有機ELディスプレイを搭載
本製品は、アスペクト比16:10の14型の有機ELディスプレイを搭載している。CTOモデルの場合、パネル解像度は1920×1200ピクセル(タッチ非対応)か2880×1800ピクセル(タッチ対応)から選択可能で、今回のレビュー機は1920×1200ピクセルパネルを搭載していた。
このパネルの最大輝度は400ニトで、色域はDCI-P3を100%カバーしている。ブルーライト低減仕様で、VESAの「DisplayHDR 500 True Black」認証も取得している。
有機ELディスプレイ採用機は光沢仕上げが多いが、本製品では非光沢パネルを採用している。照明などの映り込みを抑える一方、有機ELディスプレイならではの黒の締まった鮮やかな映像、優れた色再現性、階調表現は健在で、ビジネスにおける使いやすさもしっかり確保している。
画面の上部ベゼルには、顔認証対応のWebカメラを搭載する。CTOモデルではフルHD(1920×180ピクセル)撮影対応のカメラか、約800万画素のMIPI接続カメラを選択できるが、今回は通常のフルHDカメラを搭載していた。
本製品はCopilot+ PCに準拠している。そのこともあり、AIでカメラ映像にリアルタイムに効果を適用する「Windows Studio エフェクト」は追加機能も含めて全機能を利用できる。省電力なNPUを活用するため、バッテリー駆動時間への影響を最小限に抑つつ、いろいろな効果を加えられるのもメリットだ。
●ローカルAIアプリによる最新のAI体験
先述の通り、ThinkPad X9 14 Gen 1 Aura EditionはCopilot+ PCに準拠しており、Microsoftが「Windows 11」において提供している最新のローカルAIアプリを利用できる。
先述のWindows Studioエフェクトにおける追加機能はもちろんだが、他にもスケッチやテキスト情報から画像を生成する「コクリエイター」、再生動画にリアルタイムに翻訳字幕を付けてくれる「ライブキャプション」(現状では字幕は英語のみ)、ファイル/画像/テキストなどPC上で見たものや操作したものを過去にさかのぼって探し出せる「リコール」(プレビュー版)を利用可能だ。
●ビジネスを効率化するインテリジェントな機能を実装
本製品にプリインストールされているユーティリティーアプリ「Lenovo Commertial Vantage」では、デバイスの各種設定が可能だ。マイクやスピーカーのノイズキャンセリングや入力設定(Fnキーの設定など)、バッテリー寿命を延ばすための充電設定などが含まれる。
このCommertial Vantageでは、踏み込んだインテリジェントな機能を「スマート・モード」として実装している。カメラを活用したのぞき見検出(プライバシーアラート/プライバシーガード)の他、集中力を乱す原因であるSNSへのアクセスを制限したり、カメラに映った姿勢の乱れなどを指摘してアラートを出したりする機能など、さまざま便利な機能が用意されている。
●パフォーマンスは良好 静粛性も高め
ここからは、本製品のベンチマークテストの結果を掲載する。特に言及がない限り、Windows 11の電源設定は「最適なパフォーマンス」で計測している。今回は、Core Ultra 7 258V(メモリ32GB)を搭載するASUS JAPAN製の「Vivobook S 14(S5406SA)」を比較対象として用意している。
CPUコアのパワーがダイレクトに反映される「CINEBENCH 2024」(最低実行時間10分)のスコアを見ると、CPUスコア(マルチスレッド性能)が548ポイント、CPU(シングルコア)が113ポイントだった。Core Ultra 7 258Vを搭載する比較対象に比べると、それぞれ約83%、約93%のスコアだ。
一方、PCの総合ベンチマークテスト「PCMark 10」では、Microsoft Officeを利用するApplicationsテストにおいて比較対象の約92%だったが、通常テスト(PCMark 10)のスコアでは、比較対象を上回った。総じて優秀な結果といえるだろう。
バッテリー駆動時間は、PCMark 10のバッテリーベンチマークの「Modern Office Battery Life」シナリオでチェックした。ディスプレイの輝度は最大、Windows 11の電源設定は「バランス」、30%以下で省電力モードへ移行する設定で、バッテリー残量100%から残り3%まで12時間37分駆動した。
輝度の高い有機ELディスプレイを搭載していることを考えると、十分健闘しているといえる。
動作音だが、ピーク時は「内蔵GPUのモバイルノートPC」としては標準的だ。ゲームやクリエイティブ作業をするとそれなりにしっかりとした音がするが、アイドル時や低負荷時は無音だ。オフィスアプリ利用時も、意識しなければ分からない程度の静かさで利用できる。
発熱もうまく処理できており、手がよく触れるパームレストに不快な熱が伝わってくることはなかった。
●TrackPoint以外にもある“割り切り”をどう考えるか?
ThinkPad X9 14 Gen 1 Aura Editionは、「TrackPoint非搭載」ということに注目が集まりがちだ。しかし、それ以外の面も細かく見ていくと、ビジネスノートPCとしてはかなり“割り切っている”製品だということも分かる。
省いているものはセキュリティロックスロットだけではない。USB Standard-A端子や、カメラの物理的なシャッターといったビジネスノートPCの“定番装備”もない。キーボードは従来のThinkPadの打ち心地こそ保っているものの、無視できない仕様変更が複数行われている。画面は非光沢ながらも鮮やかな有機ELディスプレイ“一択”で、液晶ディスプレイのオプションはない。
ビジネスノートPC(あるいは今までのThinkPad)の常識にとらわれず新しい選択肢を提供したい——その意欲は理解できるが、ここまで割り切るならば、軽さなり見た目なりでもう1つインパクトが欲しかったというのが正直なところだ。
ただ、今回レビューした構成の直販価格は18万4470円と、スペックやハードウェアの作りを考えるとコストパフォーマンスは悪くない。上記の割り切りが気にならないなら、検討する価値は十分にある。
なお、ThinkPad X9シリーズには15.3型の「ThinkPad X9 15 Gen 1 Aura Edition」もある。重量が約1.4kgでテンキーレスのキーボードを搭載するなど、ThinkPadシリーズとしては新鮮な仕様だ。このX9シリーズは、15型モデルのほうが本命なのかもしれない。