スイスのチーズ「テット・ド・モワンヌ」の物理メカニズムを解明 スライサーで削ると花形になる仕組みとは
2025年5月14日(水)8時5分 ITmedia NEWS
スイスの円筒形チーズ「テット・ド・モワンヌ」は「ジロール」という専用のスライサーで削ると、端が波打つ美しい花のようなフリル形状になる。この形状は見た目の美しさだけでなく、表面積を増やして香りを引き立て、口当たりを柔らかくする効果がある。
研究者らはこの形状がどのような物理メカニズムで生じるのかを明らかにするため、実験的・理論的アプローチで検証を行った。
実験のために、研究チームはチーズを一定速度(1.14rad/s)で回転させながら水平の刃で削る装置を作製した。この装置を用いた測定により、チーズの削り取り深さは垂直荷重に直線的に比例し、約0.16N/mm以上の荷重で切削が始まることを確認できた。研究者らは安定した花形を得るために、0.32mmの切削深さを設定して実験を行った。
チーズの花の形成メカニズムを調べるため、研究者らはチーズの表面に点を打ち、削り取り時の変形を測定。その結果、チーズの周辺部(外側)では変形がほとんどなく、中心部に向かうにつれて約3倍収縮することが判明した。この不均一な収縮が波打つ形状の原因となっている。
研究チームはチーズの弾性率や降伏応力、破壊エネルギーを測定したが、これらの物性値だけでは花形の形成メカニズムを説明できなかった。注目すべきは、チーズの切削が完全に「塑性せん断」という物理現象に支配されており、周辺部も中心部も同じ塑性変形を起こしていることだ。周辺部と中心部の違いを生み出す決定的な要因は、摩擦係数の違いだった。
次に研究チームは、チーズ表面の摩擦係数を場所ごとに測定した。その結果、摩擦係数(β)がチーズの周辺部から中心部に向かって約0.3〜約0.7ラジアンへと増加することを発見。この摩擦係数の勾配を理論モデルに適用すると、予測される変形パターンは実測値と一致した。
この発見を確認するため、研究者らはチーズの外側10mmを取り除いた均質な中心部だけで削り取り実験を行った。予想通り、花形ではなく平らで厚みのあるチーズ片が得られた。これはチーズの花形成が摩擦係数の不均一さによるものであることを実証している。
Source and Image Credits: J. Zhang, A. Ibarra, B. Roman, and M. Ciccotti. Morphogenesis of cheese flowers through scraping. Phys. Rev. Lett. - Accepted 1 April, 2025
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2