東奔西走キャッシュレス 第81回 デジタルIDウォレットでの年齢確認は将来に向けた第一歩
2025年5月16日(金)17時32分 マイナビニュース
Web3関連のサービスを開発するNTT Digitalが、デジタルIDウォレットを活用して年齢確認を行うという実証実験を行いました。その背景や実証実験の結果などについて、同社に話を聞きました。
○国内外で導入が進むデジタルIDウォレット
デジタルIDウォレットは、個人のデータや公的な証明書などを安全に保管/管理して、必要に応じて第三者に開示できるような仕組みで、「財布に免許証や会員証、社員証(学生証)を入れて、必要に応じて提出する」といった使い方をデジタル化したもの——という位置づけです。
通常の財布の場合、住所の市区町村の部分だけが必要なシーンでも、免許証を提出すると顔写真/住所/氏名/生年月日/性別といった記載情報が全て見られてしまいますが、デジタル化されたことで、「免許証の住所の一部だけを開示する」といったこともできるようになります。
通常は、スマートフォンアプリ——iPhoneのAppleウォレット、AndroidのGoogleウォレットなど——での利用が想定されています。これらのアプリは、クレジットカードなどを登録して支払いもできるため、文字通りウォレット(財布)として機能します。
現在、スマートフォンへのデジタルIDウォレットの導入が各国で検討されています。米国では一部の州で運転免許証がデジタル化され、スマートフォンに搭載されるようになっていますし、欧州ではEUDIW(EUデジタルIDウォレット)として2026年にもスタートする予定です。
日本では、デジタル庁が5月中にもマイナンバーカード機能のスマートフォンへの搭載として、Appleウォレットに対応しようとしています。
○「SYNCHRONICITY’25 MIDNIGHT」で行われた年齢確認への利用の実証実験
それに対して、民間企業でもウォレットに関する取り組みが進められています。今回話を聞いたNTT Digitalもその1社。同社が行ったのは、「ライブイベントの年齢確認」におけるデジタルウォレットの活用です。
実証実験が行われたのは、東京・渋谷で夜10時から開催された音楽イベント「SYNCHRONICITY’25 MIDNIGHT」です。このイベントは深夜に開催されるため、成人であるかどうかの確認が必要。ここで、マイナンバーカードを活用してVC(検証可能なクレデンシャル)を取得し、年齢確認が行われました。
今回の実証実験の特徴としては、SYNCHRONICITY公式アプリから離脱することなく、そのままマイナンバーカードの読み取り、VCの発行、二次元コードを表示しての年齢確認までが行えるという点だとNTT Digitalは説明します。
実際には、観客は事前に公式アプリからVCの発行を行います。マイナンバーカードの読み取りにはNTTコミュニケーションズのSmartLiTAを利用します。このサービスでは、スマホアプリにSDKを組み込むことでマイナンバーカードから電子証明書を直接取得できます。
取得した電子証明書を活用して、「20歳以上かどうか」を証明し、その情報をVCとして発行することで成人証明が可能になります。このデータは端末内に安全に保管されます。イベント当日、観客は成人証明書を二次元コードとしてスマートフォンの画面に表示。それをスタッフがチェックすることで年齢確認が行われました。
この仕組みのメリットは、年齢確認のために身分証明書を持ち歩いたり、会場で取り出したりする必要がない点です。深夜のライブイベントですので、スマートフォン1つで参加できるようになります。
VCは一度ダウンロードすればオフラインでもQRコードを表示して提示できるため、ネットワーク環境に左右されないというメリットもあります。
身分証明書を物理的に見せるような年齢確認の場合、生年月日だけでなく記載された氏名や住所なども知られてしまいますが、今回の仕組みであれば「20歳以上かどうか」だけの情報提供で済むので、プライバシー保護の観点でも有効です。
身分証明書の偽造や貸し借りの問題にも対処できます。もちろん、スマートフォンの貸し借りという問題はありますが、これに関してはチケットの本人確認と組み合わせることで解決できるでしょう。また、こうした確認を目視で行う場合、きちんとチェックするほど時間がかかりますが、デジタルウォレットを利用すればVCを読み取るだけなので、素早く検証できるというメリットもあります。ただし、今回の実験では検証に一定の時間がかかったそうで、このあたりは工夫が必要なのかもしれません。
NTT Digitalでユーザーに話を聞いたところ、別途アプリをダウンロードする必要もなく、登録もわかりやすかったという声が多かったそうです。イベントの内容として、若い人が多かったことが伺えますので、その点も奏功したかもしれません。特にトラブルもなかったようです。
○自分の情報をコントロールするデジタルIDウォレットの世界
もともとNTT Digitalは、Web3関連の開発を行っており、そのなかでデジタルウォレット「scramberry WALLET」を開発しました。これはIDではなく、暗号資産やNFTの送信・受信・管理ができるウォレットです。
そうした中で「デジタルアイデンティティ」の分野にも参入した同社としては、現在はデジタルIDをウォレットで扱える環境を整えていくことを目指す方針だとしており、今回の実験もその第一歩という位置づけです。
最近では一般にもプライバシーやセキュリティの関心が高まって、企業が情報を集約していくことに不安を持つ人が増えています。そこで「自己実現型の社会の実現」という考え方から、個人が自身の情報をコントロールできる仕組みを検証。国内だけでなく海外の情報とも相互運用可能なインフラが重要になってくるため、そうした動きにも関わっていきたいというのが同社の考え。そのため、OpenWallet Foundationにも加盟し、積極的に活動していく方針だそうです。
日本では今後、マイナンバーカードによってデジタルにおける公的な証明が可能になり、民間発行の証明書などと組み合わせることで、年齢証明以上の様々なサービスに可能性が広がるとの認識を示します。
デジタル庁でも進めているとおり、こうした側面ではエンターテインメント領域でのニーズは高く、不正転売防止の方向性での期待感が高まっているそうで、同社でも検討を進めていく考え。
EUは前述のとおりデジタルIDウォレットを2026年内中に提供を開始し、EU各国は国民に対して最低1つのウォレットを提供することが義務付けられています。EUでは複数のウォレットが一定の仕様に基づいて登場することが想定されており、複数のウォレットが競争し、しかもEU各国で相互運用性を確保する、というのが狙いです。
日本でも、マイナンバーカードがAppleウォレット/Googleウォレットに搭載されますが、複数のウォレットが登場してくることになると予想されます。さまざまな事業者などによるデジタルアイデンティティに関する取り組みが今後も続きそうです。
小山安博 こやまやすひろ マイナビニュースの編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。最近は決済に関する取材に力を入れる。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、PC、スマートフォン……たいてい何か新しいものを欲しがっている。 この著者の記事一覧はこちら