JAXA公開の衛星データから能登半島地震を調査(前編) - データを整理し被害を可視化

2024年6月25日(火)7時3分 マイナビニュース

●被災状況の把握で活躍したSAR衛星の観測データ
2024年1月1日午後4時10分、石川県能登地方で最大震度7の地震が発生し、能登半島から日本海沿岸の地方まで広い範囲を津波が襲った。地震による建物の損傷だけでなく、道路の寸断や空港、港の損傷など交通アクセスが広範囲に影響を受けたこともあり、被害状況の把握、報道には民間各社の衛星画像を利用した例もみられる中、その多くは被害を直感的に視認できる高分解能の光学衛星画像となっている。
一方で宇宙航空研究開発機構(JAXA)の先進レーダ衛星「だいち2️号(ALOS-2)」は、1月1日23時10分に最初の緊急観測を行い、以後1月15日まで能登半島を中心とする災害緊急観測を続けた。ALOS-2、そして間もなく打ち上げとなる後継機「だいち4号(ALOS-4)」といった合成開口レーダ(SAR)衛星は、夜間や冬の北陸地方に多い雲がかかった日などの気象条件でも、広範囲を一度に、そして確実に観測することができるため、発災直後の地上からのアクセスが困難な状況でも、被害状況を把握することに役立つ。今回の事例では、QPS研究所やSynspectiveの衛星による追加観測など、民間のSAR衛星とのコラボレーションも実現した。とはいえ、SARデータ判読の難しさ、データを情報として伝えるための直感的なビジュアル制作の経験不足、コストへの不安などもあり、能動的にメディアがSARデータを利用して情報を“取りに行く”という大きな動きにはつながっていないように思える。
JAXAは、能登半島地震のALOS-2観測データを広くWebサイトで公開しており、データを試用して研究や教育を行うことができる。JAXA対応のレポートのように、衛星による災害時のデータ利用を学べる教育性の高いコンテンツも公開され、防災の専門家や研究者以外にも、データ利用に関心を持つ一般の人々が自ら学べる環境が実現している。
そこで今回は、JAXA公開データと無償のGISソフトを利用し、能登半島地震のSARデータの簡易解析(変化抽出)を行い、公開されている地震の被害状況データを利用した変化箇所に関する情報収集を行ってみることにした。さらに内閣府、国土交通省、文部科学省の専門家による解析結果のレビューを受け、見落としや解釈の誤りなどをご指摘いただいた。
本記事での試みは、すでにJAXAや国土地理院、大学などが専門知識に基づいて行った衛星データの判読を簡易的になぞるものだが、誰でもPC環境さえあればこうした解析に着手できる。これは災害時の能動的な情報収集に踏み出すための事例づくり、いわば「机上の防災訓練」が目的だ。
○取材・記事協力(資料提供、解析結果コメント)
内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 吉田邦伸 参事官
文部科学省 研究開発局 宇宙開発利用課 小川崇 調査員
○合成開口レーダ(SAR)の基本と防災利用の考え方
合成開口レーダ(SAR)衛星とは、アンテナから電波(マイクロ波)を発射し、地表で反射した電波を同じアンテナで受信して地表の様子を調査する、地球観測衛星の一種だ。
2014年に打ち上げられたJAXAのALOS-2は、Lバンドと呼ばれる山林の観測に適した波長を利用し、およそ南北方向に幅50km、分解能3mの観測を行える。また自ら電波を発するため、太陽光の反射を利用する光学衛星と異なり夜間でも観測できる。ALOS-2は夜12時前後に観測時間帯があり、1月1日午後4時すぎに発生した地震の状況を当日の午後11時すぎに観測することができた。またマイクロ波は雲を透過するため、悪天候の状況でも観測できる。光学衛星は雲の下を撮影することができず、また気象条件によっては航空機が飛行できない場合があるが、SAR衛星ならば天候に依存しない。
マイクロ波が地表で反射して衛星アンテナに戻ってくることを「後方散乱」、その強さを「後方散乱強度」という。地表を覆っている物体によって後方散乱強度が異なり、金属製の人工物(自動車や海上の船舶など)は後方散乱が大きく、滑らかな水面は衛星と異なる方向に電波を反射するため後方散乱は小さい。観測データを画像化すると、後方散乱の大きなものは白っぽく明るく、小さいものは暗く、草地のような中間的なところはグレーになる。SAR画像は後方散乱強度を反映したモノクロの濃淡となり、画像を解釈して情報を引き出すことが難しく、訓練が必要だ。専門家がSAR画像を解釈して情報化することを「判読」といい、ソフトウェアを用いてある程度形式化された手法でSAR画像を情報化することを「解析」と呼ぶ。解析には簡易的なものから機械学習を用いた高度なものまであり、ここで行うのは、利用の第一歩となる簡易的な解析である。
災害時には、観測日時の異なる2つのSAR画像を重ねて、災害の発生前と発生後の地表の変化を調査する解析手法がよく使われている。2つの時期の画像(以後「2時期画像」)を重ねて擬似的に色をつけ、変化の大きかった場所が赤や青で浮かび上がるように処理した「カラー合成」は、水害の場合に利用されている。
今回行ったのも2時期画像を用いたカラー合成の一種。2時期のデータから、地表の変化した場所を探し出すことを「変化抽出」と呼ぶ。また、観測条件が同じ複数の時期の反射波の位相差(ズレ)から地表の高さの変化を把握する高度な解析を「干渉解析」といい、能登半島地震の際にも地殻変動を調査するために行われている。本記事では干渉解析は扱わず、後方散乱強度による2時期画像からの変化抽出を行っている。
一方で、SAR衛星には電波を利用するからこその制約もある。SAR衛星はアンテナに近いところにある対象物に反射した電波から順番に記録していく。この順番を地表物の位置関係と対応させるため斜め方向に観測する必要があり、衛星の進行方向に向かって斜め下に電波を照射している。右側に向かって観測する場合、北向きに進行(北行、昇行、昇交などと呼ぶ)しているときはおおむね東側に向かって、南向き(南行、降行、降交など)に進行しているときは西側に向かって斜めに電波を発していることになることから、アンテナと地表の角度によって、地表を判別しやすい場合としにくい場合がある。災害対応に適した角度はおおむね29.1〜48.0度とされており、今回JAXAが公開している能登半島地震の観測データは29.1度のものだ。
この斜め観測に特有のエラーがある。電波が斜めにあたることから、山が壁となって山の後ろ側に電波が当たらず、情報が得ることができない現象を「レーダーシャドウ」と呼ぶ。また、高い建物や山頂が衛星から近い距離にあると判断され、倒れこんで見える現象を「レイオーバー」と呼ぶ。レイオーバーは山だけでなく高い塔などの建物でも発生し、実際には存在しないゴーストのようなものが画像に映っている。SARには見えていない(情報を読み取ることができない)場所がある、と考えてもらえばいいだろう。
そのほかにも、建物が混み合った都市部では電波の反射が複雑になって浸水の判読が難しい、水田に水を張られている時期とそうでない時期を比べると水のあるなしを“変化”ととらえてしまい解釈に誤りが生じる、などといったSAR特有の難しさがある。また夜間・悪天候に強いとはいえSARは万能ではなく、常に「見落とし(偽陰性)」、「見えすぎ(偽陽性)」の可能性をはらんでいる。災害対応で利用する際は、常にその可能性を念頭に置いて、被害状況を把握するための手がかりのひとつ、と考えたほうがよい。多くの人がSARデータを使って地域の状況を調査すれば、とくに対象となる土地をよく知る人が見れば、情報が積み重なることで役に立つものになっていく。SARの長所短所を理解した上で、訓練を積んでいこう。
○データを準備する
まずは、ALOS-2観測データを準備しよう。JAXA Webサイトの「JAXA ALOS-2 / PALSAR-2 観測プロダクト 災害関連データの無償公開『令和6年(2024年)能登半島地震』」から、JAXA令和6年(2024年)能登半島地震 ALOS-2データをダウンロードする。ここにあるSARデータは、受信した状態の生のデータから、扱いやすい単位に切り取る、目で見て判読できる画像化するといった処理が何段階も行われている。処理の段階は「L*.*」のようにLと数字で表されており、数字が大きくなるほど高次処理が行われた、いわば“下ごしらえ済み”の状態になっていくといえる。
能登半島地震のデータ公開の場合は、JAXAは「L1.1」と「L2.1」の2種類を公開している。解析を行う際には、画像を真上から見たようにする「オルソ補正」といった処理が必要になるため、オルソ補正済みの「L2.1」データを利用する。L1.1の利用には専用のデータ処理ツールや基礎知識が必要となり、これだけで処理の時間や手間が必要となるので、まずはプロが下ごしらえをすませたデータで解析の訓練をしよう。
○公開データ一覧
【発災後】2024/01/01 Frame:0770 L2.1(GeoTIFF)
【発災前】2022/09/26 Frame:0770 L2.1(GeoTIFF)
【発災後】2024/01/02 Frame:2830 L2.1(GeoTIFF)
【発災前】2023/06/06 Frame:2830 L2.1(GeoTIFF)
○解析を学ぶ資料集
宇宙からの災害状況把握 〜令和6年能登半島地震におけるJAXAの対応について〜
国土交通省 災害時の人工衛星活用ガイドブック 水害版・衛星基礎編
国土交通省 災害時の人工衛星活用ガイドブック 水害版・浸水編
国土交通省 災害時の人工衛星活用ガイドブック 土砂災害版
●公開データをもとに発災前後の変化を抽出
○解析をはじめる——QGISを起動して新規プロジェクトを設定する
解析には、フリーのGISソフト「QGIS(3.34.6)」を利用した。QGISではひとまとまりのデータを「プロジェクト」と呼び、国土地理院公開の地図などをベースマップとして、その上に衛星データや災害観測データ、国土数値情報などを重ねてプロジェクトを作っていく。GISソフトはベースマップの上にレイヤを重ねていくかたちで操作するため、Photoshopのようにレイヤを扱う画像ソフトの利用経験があるとより理解しやすいだろう。
まずはQGISに新規プロジェクトを作成し、ベースマップ(地理院標準地図)を設定する。新規にインストールしたばかりで地図を利用できる状態になっていない場合は、起動後にウインドウ左側の「ブラウザパネル」→「XYZ Tiles」→「新規接続」をクリック。別途ブラウザで「地理院タイル一覧」を開いておき、「ベースマップ 標準地図」のURLをコピーし、適当な名前をつけてURLを貼り付ける。ブラウザパネルに地理院地図が表示されたら、ダブルクリックで読み込んで、「レイヤパネル」に「地理院標準地図」が、マップ表示部に地図が表示されればOKだ。
○プロジェクトにALOS-2データを読み込む
「レイヤ−」メニューから「レイヤを追加」→「ラスタレイヤを追加」を選択。「ソース」でダウンロード済のALOS-2 TIFFファイルを選択する。「ファイル選択」→「追加」を2回繰り返すことで、2つのファイルを次々と読み込める。
2022年9月26日(発災前)のデータ:IMG-HH-ALOS2450590770-220926-UBSL2.1GUA.tif
2024年1月1日(発災後)のデータ:IMG-HH-ALOS2518900770-240101-UBSL2.1GUA.tif
○地理院標準地図上にALOS-2データが読み込まれた状態
最上位のレイヤが表示され、下のレイヤ(ベースマップや先に読み込んだデータなど)は覆い隠された状態になる。レイヤパネルの表示/非表示チェックボックスや透明度の調整などで表示を切り替えることができる。
○変化抽出を実行する
続いての作業では、Alaska Satellite Facility(ASF)が公開する、2時期のPALSARデータから変化抽出を行うQGIS用のスクリプトを用いた。ASFはSARデータを専門に扱うNASAの地球科学データセンターの1つで、JAXAや欧州宇宙機関(ESA)などと連携し、世界のSAR衛星のデータ受信や解析などを行っている。また「だいち(ALOS)」の処理済みPALSARデータを公開しており、教育・研究用途でSARデータの利用を学ぶコンテンツも豊富に揃っている。
利用したスクリプトはたった1行のシンプルなもので、SAR特有のノイズが含まれたピクセルを周囲と平均化することでノイズの影響を減らし、実際に何らかの変化が起きたピクセルが判別しやすいように処理できる。筆者環境での実行時間は能登半島全体でも1〜2分と、処理が軽い点もメリットだ。
作業にあたっては、「ラスタ」メニュー→「ラスタ計算機」を選択。「式」欄に「Log10 (“newer image”/”older image”)」を入力し、「バンド」欄で「newer image」(2024年1月1日画像)には発災後を、「older image」(2022年9月26日画像)に発災前を指定する。「出力レイヤ」に新しいレイヤの名称(ここではlog-ratio_layer)を指定し、「OK」をクリックして実行する。
○スクリプトと解説
Alaska Satellite Facility - Distributed Active Archive Center
「How to Detect Environmental Change using SAR Data in QGIS」
○解析結果をカラー化する
変化抽出の実行結果は、新しい「log-ratio_layer」レイヤに出力される。初期の状態は、2つの時期で変化の度合いが大きかったピクセルは白(後方散乱が強まる方に変化)または黒(後方散乱が弱まる方に変化)に近い色で表示され、変化が少ない場合は中間的なグレーで表示される。グレースケールの状態で情報を読み取るのはかなり難しいため、擬似カラー化して変化の大きかったピクセルを強調表示する。
SARを用いた浸水被害の解析事例では、浸水した場所(水面)とそれ以外という2つの状態に画像を分類して、浸水域だけをカラー化すればよかった。しかし今回は地表に変化が起きた場所を抽出するため、後方散乱強度が小さくなったピクセルも、反対に大きくなったピクセルも変化としてとらえられるようにする必要がある。そこで、ある色から別の色へとグラデーションに変化するカラー化を行う。
●表示色を調整して地図上に見やすく表示してみる
○変化抽出レイヤの表示を調整する
QGISでは、レイヤごとのプロパティを調整して表示法を変更することができる。作成したlog-ratio_layerの後方散乱強度が小さくなったピクセルを青く、後方散乱強度が大きくなったピクセルを赤く色づける。中間的な、変化の少なかったピクセルを透明化すれば、2つの方向に変化が大きかったピクセルだけを強調表示できる。
Log-ratio_layerを右クリックし、「プロパティ」→「シンボロジ」を開く。「レンダリングタイプ」を「単バンド疑似カラー」に変更、「補間方法」を「離散」に、「カラーランプ」は「Spectral」など見やすいものに変更する。「モード」を「等間隔分類」に設定し、「分類数」はここでは8段階に設定。ラベルの中間段階を右クリックして「透明度」を0に設定し、変化の小さいピクセルを透過させる。「リサンプリング」は拡大側を「Cubic」に、縮小側は「Bilinear」に設定し、「適用」をクリックして設定を反映する(※ASFのマニュアルでは縮小側の設定は「Average」だが、QGISのメニュー変更によってAverageを利用できないため「Bilinear」を選択する)。
○能登半島地震 ALOS-2変化抽出マップ
ここまで、SARデータから発災前と後で地表に変化が起きた場所を抽出し、地図と重ね合わせる作業を行った。ベースマップ(地理院標準地図)とALOS-2データ、カラー化したlog-ratio_layerを重ねたプロジェクトを「能登半島地震 ALOS-2変化抽出マップ」と呼ぶことにする。マップは1月1日の観測データを元にしたもの、1月2日の観測データを元にしたものと2種類がある。
○地図にグリッドを表示する
ここからは、地図上で色付けしたピクセルを元に変化の確かさ(偽陰性・偽陽性の判別)や変化が起きた理由を探っていく。すでに防災機関などが公表している被害状況のデータが数多くあるため、他の情報と突き合わせて、1か所ずつチェックしていくことにする。
地図の解析箇所を把握しやすくするため、まずグリッドを表示する。「ビュー」メニューから「地図装飾」→「グリッド」を選択。「グリッドを有効にする」をチェック、間隔を設定し(ここでは20km)、「適用」または「OK」をクリックして決定する。
○緯度経度の情報を使って他の情報ソースと突き合わせる
変化抽出マップと他の情報ソースを突き合わせるには、住所を利用する方法と地理空間座標(緯度経度)を利用する方法がある。市街地ならば住所が利用できるものの、山間地の場合はうまく絞り込めない場合があるため、緯度経度を利用できるようにしておこう。
マップ上で変化が大きい場所(濃い赤またはブルーに表示された箇所)を右クリック。座標をコピー→「WGS 84」を選択する。クリップボードに緯度経度がコピーされ、この座標を元に、オンライン地理院地図やGoogleマップ、Google Earthなどで場所を検索することができる。
今回は、衛星データをQGISに読み込み、発災前後での変化を抽出した。後編では、抽出した変化の箇所をほかのデータソースと突き合わせ、“実際に起こった変化”担っているのかを確認していく。
秋山文野 あきやまあやの フリーランスライター/翻訳者(宇宙開発) 1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。 この著者の記事一覧はこちら

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