8月27日は米惑星探査の歴史を飾る記念日 マリナー2号打ち上げ成功(1962年)

8月28日(水)20時9分 財経新聞

 今年の夏はアポロ11号の月面到達50周年(7月20日)で盛り上がったが、夏の終わりにもう一つ記念すべき日がある。それは1962年8月27日のマリナー2号が打ち上げに成功した日である。

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 1962年のアメリカは、旧ソ連に宇宙開発競争で水をあけられ、国全体が意気消沈している時期であった。この10年前の1952年にIBMが初めて商用コンピューターを世に出したのだが、1962年当時はコンピューターという言葉は一般庶民には全く知られていない時代であった。

 1963年1月1日に日本のアニメ史に残る鉄腕アトムのテレビ放送が始まっているが、当時の子供をテレビにくぎ付けにしていたSFテレビアニメの中にすらコンピューターという言葉は登場せず、鉄腕アトムは電子頭脳を持ったロボットという設定であった。

 そんな昔に旧ソ連とアメリカは宇宙開発競争にしのぎを削っていたのである。今から考えると、限られた技術資源の中で米ソの科学者やエンジニアたちは大変な努力をしてきたことは想像に難くない。

 当時のアメリカにとって眼の上のこぶであった旧ソ連は、1961年2月12日に金星探査機ベネラ1号を打ち上げ、人類史上初めて惑星間軌道への投入に成功している。ただし、冷戦当時の旧ソ連のやることである。公式には成功したからこそベネラ1号と命名しているが、実はこれを遡ること過去3回の失敗を経験済みであった(だが、公式には失敗を認めず、全く別の目的でのトライであったかのような宣伝をしていた)。

 結局ベネラ1号は、金星付近の宇宙空間に到達していたことは確かだったが、行方を見失い6月には計画の続行を断念した。当時の旧ソ連は満点ではないにしろ米国に惑星探査で大差のリードをしたことを喜んだという。ただし、旧ソ連がベネラ2号と命名した探査機の打ち上げは1965年11月12日であった。その間の4年間にも、幾度となく打ち上げを試みたがほとんどが失敗に終わっていたのである。

 いっぽう追う立場のアメリカも黙ってはいなかった。アメリカの金星探査機第1号であるマリナー1号が1962年7月22日に打ち上げられたのである。

 ただし、無線誘導システムのプログラムにあったハイフン一つの見落としが原因で、ロケットの制御が効かなくなり、打ち上げ4分後にして、爆破の判断を余儀なくされている。爆破の判断をしなければ最悪住宅地や船舶の航路上に落下する危険性があったのだ。旧ソ連と違い失敗を隠さないのはいかにもアメリカらしい。

 幸いにしてマリナー1号には予備機が準備されていた。これがマリナー2号である。8月27日の打ち上げは無事成功し、同12月14日に金星まで約3万5000キロまで接近し、人類史上初めての惑星接近飛行の栄冠を手にしたのであった。ベネラ1号と比べて1年半の遅れをとったものの成果の面ではアメリカのほうが大きく上回り、留飲を下げる形となったのである。

財経新聞

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