東大など、電子と陽電子からなる最軽量原子「ポジトロニウム」の冷却に成功
2024年9月13日(金)18時50分 マイナビニュース
東京大学(東大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、産業技術総合研究所(産総研)の3者は9月12日、電子1個と陽電子1個からなり、水素原子よりも遥かに軽い特殊な原子である「ポジトロニウム」の低温化が物理学の進展に重要とされていたが、レーザー冷却を用いてそれを実現したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の吉岡孝高准教授、同・周健治助教、同・大学大学院 理学系研究科の石田明助教、KEK 物質構造科学研究所の和田健准教授、産総研の伊藤賢志総括研究主幹ら20名弱の研究者が参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。
物理学に残されている数多くの謎を解明するため、さまざま実験が行われている。その1つに、絶対零度近くの低温にまで冷却した原子や分子を真空中に用意し、光を使って調べることで、未知の現象や粒子の存在によって生じうるわずかな性質の変化を敏感に捉えるという「精密分光学」というものがある。
陽子や中性子の核子は、3個のクォークからなる複合粒子である。それに対し、電子も陽電子も素粒子の一種であるレプトン(軽粒子)の仲間だ。ポジトロニウムはその電子と陽電子1個ずつで構成され、水素原子の質量を1とした時、その質量はわずか0.0011(電子2個分)しかなく、最も軽い原子である。つまり、同原子は非常に単純であり、通常の原子とは異なり、既存理論による計算と実験データを緻密に比べることが可能だという。そのことから、同原子を絶対零度近くまで冷却できれば、精密分光学を通じて既存の物理理論の範囲を超えた現象の有無を調べることができると考えられている。さらに、電子の反粒子である陽電子を含むことから、いまだに謎の多い反粒子の性質の解明にも迫れるとする。つまり、同原子の低温化が、研究進展のための重要な鍵となっていたのである。
そして、ポジトロニウムの冷却には、「レーザー冷却」が用いられることになった。同冷却法は、原子にレーザー光を吸収させると原子が光を放つので、それを繰り返すことで原子の動きを遅くするというもので、原子の動きが遅くなるということは、それだけ低温になるということに等しい。同分子にもこの手法を適用できれば、絶対零度近くまで冷却できるとして期待されていた。
電子と陽電子は反粒子の関係のため、接触するとある確率で「対消滅」を起こしてガンマ線を放出して消滅してしまう。ポジトロニウムには、寿命(半減期)が約125ピコ秒の「パラ・ポジトロニウム」と、142ナノ秒の「オルソ・ポジトロニウム」があり、今回は後者が用いられた。それでも、142ナノ秒以内という極めて短時間のうちに冷却を完了させ必要があった。また、同原子は非常に軽いため、光を吸収したり放出したりする際の速度変化が大きいことも留意すべき点となっていた。要は、通常の原子の冷却に使われている方法のままでは、ドップラー効果によってレーザー冷却を続けることができなくなってしまうため、それを解決する必要もあったのである。
東大の吉岡准教授らの研究チームが取り組んできたのが、極めて短時間のうちにレーザー光の波長を変化させる技術。約2億分の1秒(約5ナノ秒)ごとに強い紫外線の光を放つというもので、そのフラッシュごとにポジトロニウムの減速にあわせて波長が変化する仕組み。この方式のレーザー冷却を用いることで、同原子の多くが対消滅する前に急冷できるものと考えられたという。
そして、ポジトロニウムの速度を測定した実験が行われ、その結果、時々刻々と波長が変化する光によって高速の同原子が減少し、これまでに観測されたことのない非常に低速なものへと効率よく冷却されたことが証明されたとした。さらに、シミュレーションによると、この特別なレーザー光によって、今回の実験結果には観測が難しいほどに低速な、ほとんど静止した成分があることも示されており、1ケルビン(約-272℃)という冷却限界に迫る従来よりも桁違いの低温を実現できたとする。
今回の研究では、三次元空間の速度分布のうち、一次元分のレーザー冷却が実証された。今後、これを三次元のレーザー冷却に拡張することで、精密分光学に沿った研究を推進できるようになるという。具体的には、素粒子物理学の標準理論の重要な一角をなす量子電磁力学の精密な検証、反粒子の質量の正確な測定、反物質に働く重力の効果の測定などが実現できるとする。また、ポジトロニウムの密度を高めることで、反物質を含む集団の「ボース・アインシュタイン凝縮」の観測や、宇宙誕生後の反物質の振る舞いの理解につながる可能性もあるとした。今回の研究は、反粒子を含む「原子」を用いた精密物理学という、工学、光科学、素粒子物理学を網羅する学際分野の発展のための大きな第一歩としている。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の吉岡孝高准教授、同・周健治助教、同・大学大学院 理学系研究科の石田明助教、KEK 物質構造科学研究所の和田健准教授、産総研の伊藤賢志総括研究主幹ら20名弱の研究者が参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。
物理学に残されている数多くの謎を解明するため、さまざま実験が行われている。その1つに、絶対零度近くの低温にまで冷却した原子や分子を真空中に用意し、光を使って調べることで、未知の現象や粒子の存在によって生じうるわずかな性質の変化を敏感に捉えるという「精密分光学」というものがある。
陽子や中性子の核子は、3個のクォークからなる複合粒子である。それに対し、電子も陽電子も素粒子の一種であるレプトン(軽粒子)の仲間だ。ポジトロニウムはその電子と陽電子1個ずつで構成され、水素原子の質量を1とした時、その質量はわずか0.0011(電子2個分)しかなく、最も軽い原子である。つまり、同原子は非常に単純であり、通常の原子とは異なり、既存理論による計算と実験データを緻密に比べることが可能だという。そのことから、同原子を絶対零度近くまで冷却できれば、精密分光学を通じて既存の物理理論の範囲を超えた現象の有無を調べることができると考えられている。さらに、電子の反粒子である陽電子を含むことから、いまだに謎の多い反粒子の性質の解明にも迫れるとする。つまり、同原子の低温化が、研究進展のための重要な鍵となっていたのである。
そして、ポジトロニウムの冷却には、「レーザー冷却」が用いられることになった。同冷却法は、原子にレーザー光を吸収させると原子が光を放つので、それを繰り返すことで原子の動きを遅くするというもので、原子の動きが遅くなるということは、それだけ低温になるということに等しい。同分子にもこの手法を適用できれば、絶対零度近くまで冷却できるとして期待されていた。
電子と陽電子は反粒子の関係のため、接触するとある確率で「対消滅」を起こしてガンマ線を放出して消滅してしまう。ポジトロニウムには、寿命(半減期)が約125ピコ秒の「パラ・ポジトロニウム」と、142ナノ秒の「オルソ・ポジトロニウム」があり、今回は後者が用いられた。それでも、142ナノ秒以内という極めて短時間のうちに冷却を完了させ必要があった。また、同原子は非常に軽いため、光を吸収したり放出したりする際の速度変化が大きいことも留意すべき点となっていた。要は、通常の原子の冷却に使われている方法のままでは、ドップラー効果によってレーザー冷却を続けることができなくなってしまうため、それを解決する必要もあったのである。
東大の吉岡准教授らの研究チームが取り組んできたのが、極めて短時間のうちにレーザー光の波長を変化させる技術。約2億分の1秒(約5ナノ秒)ごとに強い紫外線の光を放つというもので、そのフラッシュごとにポジトロニウムの減速にあわせて波長が変化する仕組み。この方式のレーザー冷却を用いることで、同原子の多くが対消滅する前に急冷できるものと考えられたという。
そして、ポジトロニウムの速度を測定した実験が行われ、その結果、時々刻々と波長が変化する光によって高速の同原子が減少し、これまでに観測されたことのない非常に低速なものへと効率よく冷却されたことが証明されたとした。さらに、シミュレーションによると、この特別なレーザー光によって、今回の実験結果には観測が難しいほどに低速な、ほとんど静止した成分があることも示されており、1ケルビン(約-272℃)という冷却限界に迫る従来よりも桁違いの低温を実現できたとする。
今回の研究では、三次元空間の速度分布のうち、一次元分のレーザー冷却が実証された。今後、これを三次元のレーザー冷却に拡張することで、精密分光学に沿った研究を推進できるようになるという。具体的には、素粒子物理学の標準理論の重要な一角をなす量子電磁力学の精密な検証、反粒子の質量の正確な測定、反物質に働く重力の効果の測定などが実現できるとする。また、ポジトロニウムの密度を高めることで、反物質を含む集団の「ボース・アインシュタイン凝縮」の観測や、宇宙誕生後の反物質の振る舞いの理解につながる可能性もあるとした。今回の研究は、反粒子を含む「原子」を用いた精密物理学という、工学、光科学、素粒子物理学を網羅する学際分野の発展のための大きな第一歩としている。