吉川明日論の半導体放談 (4) ここがヘンだよ日本のエレクトロニクス産業

10月13日(金)9時0分 マイナビニュース

○元外資系半導体屋のボヤキ

私は外資系半導体のデバイスならびにウェハの業界に30年ほどお世話になった後、還暦を機に完全に業界からリタイアした。今から思えば、半導体についてまったくの素人だった私が30年もの間この業界で働けたのも、素晴らしい上司、同僚、そして何よりも私を信頼していただき沢山買っていただいたお客様に恵まれたお陰であると心から思っている。

私のお客と言えば、AMDの時代はCPU、メモリなどの半導体デバイスを買っていただくコンピュータ、通信機器メーカーであり、ウェハの時代は半導体デバイスメーカーで、いずれも誰もが知っている大手メーカーばかりである。業界から完全に引退した今、勤務中、数々のお客様とやり取りしながら常々思っていたことを"ボヤキ"という形で告白することにした。多分に批判めいた内容になってしまうことをあらかじめ申し上げておきたい。現役の間にはさすがに面と向かって言うことが憚られる事でも、リタイアした今、部外者となって見えてきたものを"提言"という形で伝えられると思ったのである。論点をはっきりするために、ここでの話におけるお客を「カスタマー」、半導体部品、材料メーカーは「ベンダー」と表記することにする。

日本市場で日本のカスタマー相手に商売する外資系ベンダーとしては、沢山自社の製品を買ってもらって、それを組み込んだエンド製品をカスタマーがたくさん売ってくれるのを何よりも願っている点では、目標とするところは日本のベンダーとまったく共通している。しかし外資系ベンダーが日本のカスタマーに対する立場は下記のように微妙な事情を抱えている。

本社の多くが米国、欧州にあり、基本的には本社がグローバルに展開するビジネスのやり方に沿って日本で商売する必要がある。ビジネスのやり方は多くの場合、日本流とは異なる点が多いので、そのギャップを埋めるのが日本に居を構える外資系ベンダーで働く人間の仕事である。
グローバルにビジネスを展開しているので、各国の営業が自国の売り上げ向上を目標にお互い励ましあいながら、しかし切磋琢磨することになる。特に今年(2017年)のように市場の需給バランスがひっ迫している場合には、各国の営業は自分の抱えているカスタマーのために商品の取り合いをグローバルで繰り広げることになる。
このような状況の中にあると、自然と各国のカスタマーの事情、性格が浮き彫りになる。その中において、特に目立つのが日本のカスタマーの特異性である。

○日本カスタマーの残念な特異性とは?

私の30年にわたる日本のカスタマーを相手にした半導体業界における(デバイス、ウェハ両業界の外資系ベンダーとしての)経験において、そうしたカスタマーについて共通して感じていた特異性は以下のような点である。もちろんカスタマーの特性はそれぞれ異なっていて、すべてのカスタマーが同じであるというわけではない。しかも、ここで私があげているのは、あくまで個人の見解であって、事実にどれだけ近いかについては大いに議論の分かれるところであると思うが、これらの特異性はグローバル市場で戦う日本のカスタマーにとってはどちらかというと不利に働いているのではないかと思われるので、引退した外資系ベンダーの経験者として敢えて申し上げる次第である。

まず、決定に至るスピードが圧倒的に遅い。多くの日本のカスタマーが、それまでの意思決定スピードに関する反省を踏まえて、果敢な組織改革を常々行ってきたにもかかわらず、いまだに他国のカスタマーに比べるとスピードが遅いといえる。この理由にはグローバルの競合他社がさらにスピードを上げているという理由もあろうが、一番の理由は組織の問題なのではないかと思う。私は、現役時代にはカスタマーの担当レベルから、社長を含むトップレベルまでお会いするありがたい機会を得たが、グローバル競争上の大きな課題について、トップレベルとのやり取りの中からは危機感をひしひしと感じた。しかし、問題はそうしたトップが持っている危機感・意識改革の必要性が担当レベルにまでに認識・浸透していない場合が多いことであった。これは大企業であればあるほどそうであるといえた。
このスピードの遅さはいろいろな弊害をもたらす。よくあるのは、製品評価期間があまりにも長く取られているために売れる機会を逃してしまう例だ。ベンダーはグローバル・トレンドを見ながら最新の製品を提案するが、日本のカスタマーの場合、採用が決まってから製品化に至るまでの時間があまりにも長いため、せっかく完成にこぎつけても製品が一番売れる時期を逸してしまう残念な例が多々あったと思う。
製品開発チームが最新の技術を高品質で仕上げようとするのは競争力維持には絶対的な条件になるが、「評価の時間がかかりすぎていないか?」、「自社での開発や調達と言った独自仕様にこだわりすぎていないか?」、「過剰な品質を追及してはいないか?」、などの問題はよく指摘されており、スピード向上のためにはいまだに改善の余地がある領域ではないだろうかと思っている。

また、日本のカスタマーの場合、エンジニアがマーケッターを兼ねている場合が多い。半導体では製品自体が高度に技術的であるので、この傾向は特別に日本特有とは言えないかもしれないが、実際にはこの2つは基本的に異なる仕事である。シリコンバレー企業の多くのエンジニアは開発の仕事の傍ら、MBAの勉強などをする人が多い。売れない製品を開発するほど無意味なことはないことを知っているからだ。かつて、AMDでCPUの開発チーフ・アーキテクトを務めたマイク・ジョンソン(彼の著書『Superscalar Microprocessor Design』は日本語訳もされ、いまだに高性能CPUデザインのテキストの一冊として読まれている)が日本のカスタマー向けの技術セミナーの時、開口一番、「CPU設計は欲を出せばきりがない。新しいアイディアはたくさんあって、それをすべて組み込んだら素晴らしいものができるだろう。でもそんなことをしたらダイサイズはとんでもないものになるし、市場投入が遅れるし現実的ではない。エンジニアは売れるものをタイムリーに設計しなければいけない」とはっきり言ったことを思い出した。あのような大学の先生のような人物が開口一番に意外なことを語ったのが印象深く、私の記憶に鮮明に残っている。
最後にもう1つ。現状認識の問題である。自社がグローバル市場の競争にさらされているのは認識しているが、世界市場の動き、それに対応したグローバル市場で一般化しているルールなどについて、自社に不都合な現実になるとそれを直視するのをためらってはいないだろうか? 一番の例は市場の需給バランスがひっ迫する現在のような場合である。ベンダー各社の生産能力は無限にあるわけではないので、需要と供給の関係は刻々と変化している。需要が急増し、供給がひっ迫している場合は、明らかな経済原理で、ものを確保するためには早く注文を出す必要があるし、値上げだって覚悟しなければならない時もある。またそのベンダーのグローバル市場展開における自身の立ち位置もしっかりと分析、認識する必要もあるだろう。「そのベンダーにとって自社がどれだけ重要か」、「どれだけ無理を聞いてくれるのか」、といった問題は実質的にビジネスを進めるために重要である。あくまでもビジネスなのである。こういった場合の日本以外のカスタマーの対応は非常に合理的で、スピーディである一方、日本のカスタマーの多くは、決断の時間がかかりすぎて、結果としてカスタマーと担当ベンダー双方にとっての問題となることが多々ある。

業界から引退した外資ベンダー出身者の一方的なボヤキ(戯言)と叱られることを覚悟して、あえて苦言を呈したのは、あくまでカスタマーあってのベンダーなのである。カスタマーの成功なくしてベンダーの成功はないという熱き思いからの提言としてご容赦願いたい。最後に、AMDの創業者でかつてのCEOジェリー・サンダースが社員に対し常々言っていた言葉を以下に記しておきたい。

Our customer's success is our success !!

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ

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