吉川明日論の半導体放談 第317回 AI半導体の狂騒とSamsungの憂鬱

2024年10月21日(月)16時42分 マイナビニュース


3か月前の四半期決算のフィーバーの反応で一時下げに転じたNVIDIAの株価はじりじり上がり続け、再び最高値を更新した。一時は慎重論も出たAI市場の持続成長性が再評価された結果である。“製造の問題となる設計上の問題”を解決したNVIDIAの次世代製品「Blackwell」の本格生産を目前にして、CEOのJensen Huangはこの新製品が「尋常でない需要」を見せていると発言した。昨年来のAI半導体の成長は留まることを知らない“狂騒”の状態を呈している。
しかし、この狂騒は全ての半導体ブランドに恩恵をもたらしているわけではなく、主要各ブランドの間では優勝劣敗の差が大きく表れ始めている。
留まるところを知らないNVIDIA一強に追いすがる各社
NVIDIA一強の構図は未だに変わっていない。AIクラウドサービスを提供する各社のトップは入れ替わり立ち代わりJensen Huang参りをしてAIプロセッサーをできるだけ多く確保しようと必死である。
しかし急速に拡大する市場では少しずつ変化が表れている。2位につけるAMDは、既に出荷をしているAIアクセラレーター「Instinct MI300」の後継機種となる「Instinct MI325X」を発表し、その先のロードマップでNVIDIAに食らいついてゆく姿勢を鮮明にしている。既に採用を発表しているMETAやMicrosoftに加えて大手のクラウドサービス企業が採用を進めているものと考えられ、11月に予定されている第3四半期の業績発表が楽しみだ。
先般ご紹介した「Wafer Scale Engine(WSE)」のCerebras社をはじめ、SambaNova、Tenstorrentなどのベンチャー企業も独自の技術を活かした得意分野で着々と市場参入を進めている。こうしたAIプロセッサーの製造を一気に引き受けているTSMCも躍進している。TSMCが最近発表した2024年第3四半期(7-9月期)決算は売上高、純利益とも過去最高を更新し、今後の業績見通しも上方修正した。3nmプロセスおよび5nmプロセスの最先端ラインがフル稼働し、AI半導体のファウンドリビジネスを総取りしている状態だ。
さらに次世代の先端プロセス2nmラインも徐々に歩留りを上げていて、先端品は順次こちらに切り替えていく準備が整いつつある。付加価値の高い先端品の売上比率が増加することで、総売り上げ、利益率も拡大してファウンドリ市場では約66%のシェアを掌握するまでになっている。
世界で先端ロジック半導体を製造できるのはTSMCの他にSamsung ElectronicsとIntelだけだが、両社とも微細化の進展でTSMCに大きく後れを取っており、その差は拡大するばかりだ。この分野でも明暗を分けたのがAI半導体の急激な需要増である。
HBMメモリへの取り組みの遅れで幹部リストラを決断したSamsung
こうしたAIプロセッサーの市場の動きに連動しているのが、AI処理に欠かせないHBM(広帯域メモリ)だ。この分野での主役はSamsung、SK hynix、マイクロンの3社だが、直近の各社の決算発表ではSamsungの業績の見劣りが目立った。前四半期との比較では増収増益ではあったがその伸び率が市場拡大のスピードに追い付いていない。特に韓国に本拠地を構える競合SK hynixはHBMの開発に早くから手を付けてきた優位性から、今月末に予定されている第3四半期の両社の決算では、営業利益でSK hynixがSamsungを凌ぐだろうという観測も出ている。ファウンドリ部門では、TSMCに先んじて先端2nmロジックの開発完了を謳っていたが、量産に向けた歩留りが思うように改善せず、AI半導体を始めとする先端品の受注ができていない。
「TSMCに追い付き追い越す」という目標を掲げ、設備投資を果敢に進めてきた新設の米テキサス州テイラー工場であるが、最近「ASMLからのEUV露光装置の受け入れを延期したらしい」という観測記事もでて、TSMCとの差は益々開くばかりである。
業界でもひときわ社内規律が厳しいと言われるSamsung経営陣にとって、この結果は受け入れがたいもので、今年に入って半導体事業の立て直しのために部門代表に抜擢されたジョン・ヨンヒョン氏は、「上級管理職レベルの大胆なリストラを敢行する」という異例のコメントを発表した。今後のSamsungの半導体事業について大きな危機感をもって対応するという強い姿勢の表れで、2017-18年の半導体好況時にかなり膨れ上がった人員構成のスリム化を内外に宣言した。リストラ内容は年末に向けて実施されることが予想され、対象となるSamsung従業員にとっては憂鬱なクリスマスとなる。
優勝劣敗を鮮明にするAIのうねり
技術の方向性が急激に収束し、大きなうねりとなって一つの方向性に向かって突進するという状況は半導体業界の歴史で何度も見てきた。しかし、この2-3年のAI技術の急拡大とそれが業界のみならず、社会にもたらす急速な変化は今まで経験したことがない未知の世界のような印象を持つ。
現状を見て明らかなことは、半導体業界の各セグメントで起こる現象はセグメント内での優勝劣敗を鮮明にし、セグメント外の領域も急速に影響を受けるということだ。そのスピードについていけない者は容赦なくふるい落とされる。技術の奔流を見極め、いち早く開発に結び付けることの困難さはいよいよ増すばかりである。
吉川明日論 よしかわあすろん 1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。 この著者の記事一覧はこちら

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