ロケットを「箸」で捕まえた日 - スペースXが見せた技術力と火星移住への道筋

2024年11月13日(水)14時39分 マイナビニュース


●スペースXが挑んだロケットの空中キャッチ、その意義とは?
天空から舞い降りる銀色のロケットが、大きな箸で挟まれるようにして帰還したとき、それは宇宙への挑戦が新たな段階に入ったことを告げる歴史的な瞬間となった。
スペースXは2024年10月13日、開発中の巨大ロケット「スターシップ」の5回目となる飛行試験(FT-5)を実施した。今回は初の試みとして、第1段の「スーパー・ヘヴィ」ブースターを発射台に帰還させ、地上の装置で捕まえるという前代未聞の挑戦に臨み、そして成功を収めた。
その一連の軌跡は、圧倒的な技術と意志の結晶と、人類の火星移住が現実となる可能性を示した。
スターシップの5回目の飛行試験
スターシップは、スペースXが開発中の宇宙輸送システムである。1段目にあたる「スーパー・ヘヴィ」ブースターと、2段目兼宇宙船にあたる「スターシップ」宇宙船から構成され、全長121m、直径9mという巨体を特徴とする。
エンジンもブースターに33基、宇宙船には9基装着されており、その強大なエネルギーで、地球を回る軌道に100tから150tもの打ち上げ能力をもつ。
スペースXはこの強大なロケットを使い、人類の火星移住を実現することを目指している。
スターシップの特徴のひとつは、機体すべてを回収し、迅速に再使用できるところにある。スーパー・ヘヴィは打ち上げてスターシップ宇宙船と分離したあとすぐに、スターシップ宇宙船も宇宙でのミッションを終えたあとに、発射台に帰還する。そして、再び機体を結合し、メンテナンスや推進薬の充填を終えたあと、またすぐに打ち上げる。まるで旅客機のように運用することで、打ち上げ頻度の大幅な向上と、打ち上げコストの抜本的な低減を図っている。
さらに、発射台に帰還するといっても、スペースXが現在運用している「ファルコン9」ロケットのように地上や船に直接降り立つわけではなく、またスペースシャトルのように滑空飛行して着陸するわけでもない。
スペースXが考えたのは、発射台に立っている発射塔(タワー)に備えた2本の巨大なアームを使い、ゆっくり降りてきた機体を挟むようにして捕まえるというものである。まるで箸のような仕組みから、ずばり「チョップスティックス(箸)」や、巨大な機械の腕であることから「メカジラ(Mechazilla)」といった名前で呼ばれている。
このような奇抜な方法を採用したのには、もちろん理由がある。ロケットや宇宙船が自力で地上に降り立とうとすると着陸脚が必要であり、また着地時の衝撃に耐えられるよう機体を頑丈に造る必要もある。一方、月や火星へ向けて大量の貨物を打ち上げるために、機体はできる限り軽く造りたいというジレンマがある。
そこで、地上側の設備で捕まえるようにすれば、着陸脚が不要になり、頑丈に造る必要もなくなり、機体を軽く、簡素に造ることができ、打ち上げ能力の向上が図れる。また、機体がシンプルになれば再使用のためのメンテナンス性も向上する。一見奇抜に見えて——何度見ても奇抜だが——、理にかなった仕組みなのである。
スーパー・ヘヴィのキャッチに成功
今回の5回目の飛行試験(FT-5)では、まずスーパー・ヘヴィのみの捕獲試験が行われた。
これに先立ち、6月に実施した4回目の飛行試験で、スーパー・ヘヴィをメキシコ湾の指定した場所に、5mmというきわめて高い精度で軟着水させることに成功している。それだけの精度であれば、発射塔の箸の間に滑り込むには十分なため、今回の飛行試験で実際に捕獲が行われることになった。
ただ、万が一帰還や捕獲に失敗すれば、発射台はもちろん、周囲の環境にも大きな被害を与えてしまう。そのため、今回の試験では「機体や発射塔が正常で、条件が整った場合のみ」発射台への帰還を試みるとし、もし条件が整わない場合には、これまでどおりメキシコ湾に軟着水させるとした。また、帰還の可否は地上で最終決定することになっており、帰還のためにはフライト・ディレクターが手動でコマンドをスーパー・ヘヴィに送信する必要があった。
5回目の飛行試験では、スターシップ宇宙船はシリアルナンバー「シップ30」、スーパー・ヘヴィは「ブースター12」から構成された。いずれも今回が初飛行だった。
スターシップは、日本時間2024年10月13日21時25分(米中央夏時間13日7時25分)、テキサス州ボカチカにあるスペースXの試験施設「スターベース」からリフトオフ(離昇)した。ブースターが装備する33基のエンジンはすべて正常に燃焼し、大空へ舞い上がっていった。
離昇から2分35秒後、ブースターのエンジンは、中央の3基を除いて停止し、その直後にスターシップ宇宙船の6基のエンジンが点火した。そして高度約69kmで、両者のエンジンが燃焼している状態で分離する「ホット・セパレーション」を行った。
続いてブースターは、機体を反転させつつ、中央の10基のエンジンに再着火し、計13基のエンジンを燃焼させて、発射台に向けて飛行を始めた。やがて燃焼を終え、また分離部にあったリング状の部品を投棄した。
しばらく慣性飛行をしたのち、離昇から6分30秒後に13基のエンジンに着火し、ブレーキをかけた。その7秒後、ふたたび10基のエンジンを停止し、中央の3基のエンジンだけで降下を続けた。
そして、長さ70m、直径9mの巨大な銀色のロケットは、発射塔に寄り添うように近づいていき、そこから生えた2本の腕の間にするりと入り込んだ。そしてその腕は、ブースターを優しく抱きしめた。あまりにもすんなりと鮮やかに、まるでCGのアニメのように、初挑戦ながら空中キャッチに成功した。
捕獲された直後、ブースターからは、おそらくメタン漏れが原因と思われる小さな火災が発生したものの、すぐに消し止められた。また、機体にいくつかの損傷もみられた。
それでも、スペースXは、機体を発射台の上に置き、そしてタンクに液体窒素を充填する作業を行った。もちろんこれは、将来的に、着陸後にまたすぐに推進薬を補給して打ち上げるための予行練習として行われたものだった。
●早くも6回目の飛行試験を実施へ、さらなる改良と次世代機
スターシップ宇宙船も再突入にほぼ成功
一方、スーパー・ヘヴィと分離したスターシップ宇宙船も、順調に飛行を続け、計画どおり離昇から約8分後に、6基あるエンジンを停止した。
これにより宇宙船は、地球のまわりを回る軌道に乗るか乗らないかというぎりぎりのサブオービタル飛行に入った。少し専門的に言うと、遠地点は約212kmである一方、近地点は地球の地面の中に入り込んでいるという軌道だった。そのため、地球を完全に一周することはなく、自然にインド洋上で再突入するようになっていた。
本来、エンジンをもう少し長く燃焼していれば、完全に地球を回る軌道に入ることはできる。ただ、その場合、地球に帰還する際にはエンジンを再着火して逆噴射する必要があり、もしトラブルなどで再着火できないと巨大な宇宙ごみになってしまう。そのため、あえてこのような飛行経路を取ることで、何もしなくても地球に帰還できるようにしたのである。
また、前述のように宇宙船も発射台に帰還するようになっているものの、今回はあくまで試験のため、インド洋上に着水することになっていた。
宇宙船は慣性飛行中、正常な姿勢を保ち続けた。やがて高度を徐々に下げ、離昇から約46分後、高度100kmを割り、大気圏への再突入を開始した。
前回の4回目の飛行試験では、再突入中に宇宙船のタイルが何枚も剥がれ、フラップ(小さな翼)の付け根部分は穴が開くほど大きく損傷した。そこでスペースXは、今回の機体に、フラップの付け根部分の耐熱システムを強化したり、耐熱タイルの下にアブレーション(融除材)を追加したりといった改良を加えた。
再突入中、いくつかの耐熱タイルが剥がれたように見えたものの、それでも前回ほど損傷することなく持ちこたえ、濃密な大気の中を順調に降下していった。
離昇から約1時間5分23秒後、宇宙船のエンジンが再着火し、フラップを折り畳んだのとほぼ同時に、機体は「バックフリップ」し、水平姿勢から垂直姿勢になった。そして離昇から約1時間5分42秒後、海面に着水した。しばらくは海面に浮いていたものの、やがて爆発した。
着水から爆発までの一連の様子は、あらかじめ待機していた船から撮影された。これはすなわち、予定していた場所に、ほぼピンポイントで着水できたことを示している。
さらなる改良、早速の6回目の飛行試験
この成功は、スターシップの開発が着実に進んでいることを明確に示すものとなった。そう遠くないうちに、人工衛星を載せて飛ぶようになり、数年以内には人を乗せて飛び、そして月や火星に行く日も来るかもしれない。
開発が始まってから10年足らず、エンジンが止まったり爆発したりした飛行試験から1年足らずで、スペースXはこれほどのことを成し遂げた。
もちろん、課題はまだ多い。たとえば、箸で捕まえるという方法が本当に最適かは議論の余地があるだろう。しかし、スペースXの強みは、実際にやってみたことで、その長所も短所も知ることができたという点にある。改良が必要なら改良し、使い物にならないようならまた別の方法を考える——スペースXの開発のスピード感なら、どういう選択肢を取るにしてもすぐに対処できるだろう。
また、スターシップ宇宙船の耐熱システムについても、まだ改善の余地はあろう。ただ、今回の改良により一定の改善は見られたこと、そして今後回収まで成功し、さらなる分析やそれをもとにした改良ができれば、完成に近づく可能性は高いだろう。
そして、スペースXは早くも、11月18日に6回目の飛行試験(FT-6)の実施を計画している。
6回目の飛行試験は、FT-5とほぼ同じ飛行経路で飛ぶ。そのため、米国連邦航空局(FAA)からの再審査や再認可が不要なため、わずか1か月で実現できるのだという。
この飛行では、ブースターはFT-5と同じく発射台で捕まえる。すなわち、今回の捕獲成功がまぐれではないことを証明することが目的である。また、細かな点ではブースターのハードウェアを改良し、推進システムに冗長性を加えたほか、主要構造の強化、キャッチ成功後にブースターから推進剤を排出するまでの時間の短縮といった改良を施したという。
一方、スターシップ宇宙船がサブオービタルで飛行し、インド洋上に着水するのも同じだが、FT-6では宇宙空間を飛行中にエンジンの再着火試験を行う。無事に成功すれば、一度地球を完全に回る軌道に入ったうえで、軌道から離脱して帰還する飛行が可能であることが実証される。
また、新しい耐熱材料の試験も行う。前述のように、宇宙船も将来的には発射台に帰還させてキャッチするため、そのハードウェアを取り付ける部分に、この新しい耐熱材料を使うことを計画しているという。
さらに、降下の最終段階では、意図的に高い迎え角で飛行し、フラップによる制御の限界を試験し、将来の着陸プロファイルに関するデータを取得するとしている。
打ち上げは現時点で、日本時間2024年11月19日7時00分(米中部標準時18日16時00分)に予定されている。今回の飛行試験と約半日ずれているのは、宇宙船が日中にインド洋に再突入できるようし、カメラなどによる光学的な観測をしやすくするためだという。
なお、2024年のスターシップの飛行試験は、これで終わりだという。ただ、来年早々にも7回目の飛行試験が予定されており、さらに大幅な改良を施した新型の「スターシップ2」のデビュー戦となる。スターシップ2は、再設計した前方フラップ、より大きな推進剤タンク、新型の耐熱タイルと二次熱保護層などを特徴とし、スペースXが目指すスターシップの理想像——人類の火星移住を実現するための移民船により近づく。
また、地球を回る軌道への投入や、衛星を放出しての軌道投入をはじめ、そして軌道上で2機のスターシップ宇宙船をドッキングさせた状態で推進薬の移送する試験なども行われる予定となっている。
来年は今年以上に、スターシップが飛び、そして帰ってくる光景が見られるかもしれない。そして、いつの間にかそれが当たり前の、日常の光景になっているかもしれない。火星移住という目標を掲げる同社にとって、それはまさに「うまい飯なら箸をおかぬ」ことだろう。
○参考文献
・Starship's fifth Flight Test - SpaceX - Launches
・Starship's Sixth Flight Test - SpaceX - Launches
鳥嶋真也 とりしましんや
著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら

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