本質は「DVD万引き」と同じ…米大学教授が「Netflixは不正なパスワード共有をわざと放置している」とみる理由
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■「他人のアカウントで映画鑑賞」は罪なのか
ある夜、マンハッタンのバーにたむろしていたジェナ・ウォータムと友人たちは、今晩これから何をしようか、という話になった。するとみんな、ケーブルテレビ局HBOの人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のシーズンプレミア(そのシーズンの第1回)を見たいという。
しかしこの番組をストリーミング再生するには、サブスクリプション契約をしなければならない。ウォータムの友人の一人(マイケルとしよう)は契約していたが、みんなもう家に帰って自分の部屋で見たかった。
この問題は、かんたんに解決できる。ログインに必要な情報をマイケルから教えてもらってアクセスすればいいのだ。ウォータム自身、「メキシコ料理店で一度会ったことがあるだけのニュージャージーから来た男」にログインパスワードを教えてもらったことがあるという。
この手の話はめずらしくも何ともない。他人のアカウントを使って人気の配信サービスの番組をストリーミング再生することは、いまや日常茶飯事だ。
ただし、ウォータムはニューヨーク・タイムズ紙の記者だった。サブスクリプション契約者限定の番組を他人のパスワードで見ることがどんな意味を持つのか、彼女はよく考えなかったのだろう。あろうことか、その晩の愉快な(人によっては厚かましいというだろう)出来事を公表してしまったのである。
■なぜ明らかな犯罪が野放しにされているのか
ウォータムは(タイムズ紙も)知らなかったが、これで彼女はコンピュータ詐欺・不正利用防止法(CFAA)違反を公然と認めたことになる。この連邦犯罪の処罰は、最長で懲役1年だ。たとえ他人のパスワードでログインすることが広く行われているとしても、HBOは利用規約でこれを明確に禁じている。
フォーブス誌の記者がウォータムを弁護して、あれは「合法」だと言ったが、その認識はまちがいだ。CFAAに照らせばウォータムはまず確実に有罪である。
だが、誰も気にしていないようだ──HBO以外は。他人のパスワードを使って大勢の人が視聴していることを、みんな知っている。授業で「この中にコンテンツを不法にストリーミング再生したことのある人はいますか」と質問したら、学生(法学部の学生も)のほぼ全員が手を挙げるだろう。
その半数は、自分のやっていることが違法とは知らなかったと弁解する(ほんとうだろうか)。残り半分は違法と知りつつやった、ということになる。これはれっきとした盗みである。こんなことを野放しにしておいてよいのだろうか。
写真=iStock.com/Wachiwit
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■「パスワード共有」に罪の意識を感じづらい理由
まず一つ言えるのは、ストリーミング再生をしても盗みを働いているとは感じないことだ。パスワードを共有することは、店から『ゲーム・オブ・スローンズ』のDVDを盗むこととはまったく別だと感じられる。ウォータムと友人がDVDを万引きし、あとになってそのことをメディアで自慢するとは考えられない。
違法な再生と万引きの違いは捕まる可能性に帰結するのかもしれないが、それだけではないはずだ。というのもHBOは誰がコンテンツを再生したか、かんたんに突き止められるのである。
現にアメリカレコード協会は、音楽ファイル共有サイトのナップスター(Napster)経由で誰が音楽をダウンロードしたかを特定し、一人ひとりを相手取って数百万ドルの損害賠償訴訟を起こしている(ナップスターも提訴され敗訴した)。だからHBOにしても、誰が再生したか容易に特定できる。だがHBOは見て見ぬふりをした。
私たちは子供の頃から他人のものをとってはいけないと教えられて育った。この教えは、脳の最も原始的な部分に根付いた本能と一致する。ブルドッグも鳥もクマも他の個体の縄張りに足を踏み入れてはいけないことを知っている。
だが人間の本能は、無形物、たとえばアイデアについてはそうは感じないらしい。ある調査によると、「私の!」という言葉を小さな子供が発したとき、大人は「おもちゃか食べ物を誰かに取られたのだろうと考える。創作したジョークやお話や歌をとられたとはまず考えない」という。
おそらくストリーミングも脳の最も原始的な部分を刺激しないのだろう。パスワードの共有が法的にも倫理的にも悪いことだと感じられないのはこのためかもしれない。
■コンテンツ所有者と利用者の所有権争い
コンテンツの所有者にとってはとんでもないことだ。彼らはデジタルデータについての人々の感じ方を変えさせ、有形物と同じように扱わせようと努力してきた。かくしてDVDの冒頭にはインターポールからの不気味な警告が現れ、どの映画も最初に「著作権侵害は犯罪です」という表示が出る。
だがさして効果を上げているとは言えない。「知的財産権」という言葉ですら、じつは戦いの一部をなしている。有形資産についての人間の直観的な所有権感覚に無形資産であるコンテンツも含めたいという顧客の要望に応えようと、著作権・特許・商標専門の弁護士たちがこの言葉を作り上げたのだ。
弁護士たちは、原始的な本能が著作権を財産とみなさないことをよく知っていた。
コンテンツの所有者と利用者が繰り広げるバトルは、基本的には所有権争いである。デジタル財は無料で共有できるようにすべきなのか。たとえばコンサートで聴いたメロディを友人に歌って聞かせるように。
それともデジタル財もマグカップやバイクと同じく財産であって、たとえかんたんに盗めるとしても法律や慣習や道徳で禁じるべきなのだろうか。いまのところ、どちらの側にも言い分があって決着はついていない。
■スポーツの戦術、コメディアンのネタに所有権はあるのか
コンテンツ所有者の言い分にはどんな根拠があるのだろうか。はっきり言えるのは、ニー・ディフェンダー騒動の際の直観的な根拠、すなわち付属、早い者勝ち、占有とは違うということだ。HBOは、やはり直観的に正当化できる別の根拠を持ち出してきた。それは、労働が所有権を正当化する、というものである。つまり、自分が蒔いた種は自分で収穫するということだ。
労働に報いるのはじつにもって正当だと感じられることが多い。だがこの主張は必ず争いの一方の側の肩を持つことになる。ファッション業界はこの主張に対する反例の代表格だ。
ファッションデザイナーはみな互いの創作をコピーし合ってきた。オリジナルデザインに費やされた労働の成果は保護されない。デザインを真似るのは盗みではなく完全に合法である。
現代の経済には、シェフのレシピ、スポーツの監督が編み出す戦術や技、コメディアンのネタなど数々の創造的な領域に小さな真空地帯があり、そこでは労働に所有権を与えて報いるよりも、活発な競争と自由なイノベーションを促すほうが重要だとされている。
写真=iStock.com/VladOrlov
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言い換えれば、他人が蒔いた種を収穫することが認められる。ファッションデザイナーの団体は自分が蒔いた種は自分だけが収穫できるようルールの変更を議会に毎年陳情しているが、これまでのところ成功していない。
対照的に音楽業界は、ロビー活動にかけてファッション業界より上手だ。彼らは音楽著作権の法制化に成功し、デジタル空間の楽曲も音楽業界の所有慣行に従わせている。音楽業界は法律を盾にとって、少なく見積もっても3万人以上を訴えるか、和解するか、訴えると脅してきた。大手レーベルにとってはまことに残念なことに、こうした活動は違法なダウンロードにとどめを刺すには至っていない。むしろ世論を敵に回す結果となっている。
■アカウント共有を知りながら「盗みを奨励」
HBOはこうした経緯を見守り、教訓を学んだ。テック系のブログサイト、テッククランチ(TechCrunch)によると、HBOの認識は「ストリーミング再生のためのアカウント共有はグレーゾーンである」らしい。
そこで彼らは戦略的曖昧さを容認することにした。まさかと思うかもしれないが、盗みを奨励したのである。HBOの経営陣は、あなた(およびあなたの家族や友人)が無許可のストリーミングを平気でやっていることをちゃんと知っている。だが彼らは、これから顧客になってくれるかもしれない人たちを罪人同然に扱うようなことはしない。現にHBOはウォータムと友人たちを番組に出演させている。
HBOのCEOリチャード・プレプラーは、著作権侵害を後押しするようなこの戦略について、「これは次世代の視聴者を獲得するためのすばらしいマーケティング手法だ」と誇らしげに語っている。パスワードの共有によって「HBOのブランドをより多くの人が知るようになり、大好きになってくれることを期待している」というのである。
インターネット上の発言では、プレプラーはこう付け加えている。「われわれのビジネスで重要なのは、できるだけ多くのファンを獲得することだ。製品、ブランド、番組をできるだけ多くの人の目に触れさせることによって、われわれはこの目的を達成しようとしている」。
競争相手も常識破りのHBOのこのアプローチに気づいており、ある程度まで追随している。たとえばネットフリックスのCEOリード・ヘイスティングスも「ネットフリックスをシェアするのは大歓迎だ。それは好ましいことであって、禁止したいことじゃない」と話している。
ただしネットフリックスの場合、アカウントの使用は一度に1台のデバイスに限られる。
■「将来の優良顧客候補」を盗人扱いしたくない
HBOとネットフリックスにとって、戦略の決め手となるのはウォータムのような若い視聴者である。彼らは悪いことをしていると(ちょっとだけ)知ってはいる。
マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』(早川書房)
プレプラーもヘイスティングスも、こうした若い視聴者が、正規のサブスクリプション契約をたとえ今はしていなくても、とにかく番組や作品に熱中し病みつきになってくれることを願っている。そうなったら、彼らが長じて給料をもらうようになった暁には正規料金を払うようになってくれるのではないか、違法行為から足を洗ってくれるのではないか、と期待しているわけだ。
この長期戦略の成否はまだはっきりしない。プレプラーもヘイスティングスも、「知的財産は財産である」という所有権に関する自分たちの主張に若い視聴者が納得してくれることを期待している。そのためにコンテンツ盗みに寛容な姿勢で臨んでいる──すくなくとも今のところは。
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マイケル・ヘラー
コロンビア大学教授
コロンビア大学ロースクールのローレンス・A・ウィーン不動産法担当教授。所有権に関する世界的権威の一人。著書に『グリッドロック経済』など。
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ジェームズ・ザルツマン
カリフォルニア大学教授
カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクールとカリフォルニア大学サンタバーバラ校環境学大学院で、環境法学特別教授を務める。
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(コロンビア大学教授 マイケル・ヘラー、カリフォルニア大学教授 ジェームズ・ザルツマン)
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