「第2、第3のiPhone」を作るにはこの方法しかない…世界の一流企業が次々と採用している 「文系人材」の正体
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※本稿は、佐々木俊尚・小野美由紀『ビッグテックはなぜSF作家をコンサルにするのか』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
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■SFでビジネスを試作する
SFプロトタイピングは、SF作家の想像力を活用し、未来の事業や製品などのアイデアを考えようというコンサルティングの手法である。プロトタイピングは「試作する」という英単語で、つまり「SFでビジネスを試作する」という意味になる。
日本ではまだあまり知られていないコンサルティング手法だが、アメリカではすでに10年以上の歴史がある。SFプロトタイピングの先駆けとされているのは、半導体大手のインテル。同社が開発していた集積回路はライフサイクルが10年前後と長く、次世代の製品を開発するためには10年先の未来を考えなければならなかった。
そこで当時同社に勤務していた未来学者のブライアン・デイヴィッド・ジョンソンが、SF文学のテクニックによって10年先のビジネスの未来を描くというアイデアを思いついたのだという。
このアイデアは、ジョンソンの2011年の著書『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』(島本範之訳、細谷功監修、邦訳は亜紀書房・2013年)で紹介されている。
■SFの想像力はビジネスに使える
2012年に、アリ・ポッパーという人物がサイフューチャー(SciFutures)という企業を設立した。これがSFプロトタイピングにとってはエポックメイキングなできごとで、同社はいまもSFプロトタイピングのリーディングカンパニーとして米国で名を轟かせている。
ポッパーはそれまで市場調査会社を経営していたが、自分の仕事に退屈し「新しいことにチャレンジしてみたい」とSF小説の書き方講座に通ってみたのだという。自分がSF作家として身を立てていくのは無理だとポッパーはすぐに悟ったが、しかし別の可能性に気づいた。SF作家の想像力を、ビジネスの未来を見通すために使えないだろうかと思いついたのだ。
■文学は社会に影響を与える
これがサイフューチャー社として具現化した。同社は注目を集め、すぐに100人以上ものSF作家と契約し、クライアントの求めに応じたオーダーメイドの作品を書いてもらうようになった。
この契約作家の中には、世界中で大ヒットし映画化もされているSFの傑作『三体』の著者・劉慈欣も含まれているというから驚かされる。ニューヨーカー誌の「SFでより良いビジネスを」(2017年7月30日掲載)という記事で、劉はサイフューチャーに参画した理由を聞かれてこう答えている。
「フリーランスの仕事としては、たいした報酬ではありません。しかしテクノロジーの進歩に関与し影響を与えられるチャンスを持てるのです。少なくとも、どういう製品に開発投資を行うのかを実際に決定するエグゼクティブたちに、自分の書いた作品が読まれるんですよ」
SFに限らず、文学は社会に影響を与えることができる。しかし文学がテクノロジーやビジネスをダイレクトに生み出すわけではない。そこを橋渡しし、テクノロジー開発の最前線で戦っている企業に自分の作品を直接届けられるというビジョンは、劉のような世界的に著名なSF作家にも魅力的に映ったということなのだろう。
■携帯電話もタブレット端末も「映画の中のおとぎ話」だった
同じように、SFプロトタイピングは米国の多くの企業に刺さった。クレジットカードのVISAやペプシコ、フォードなどの名だたる大企業がサイフューチャーの顧客として名を連ねるようになったのである。どの企業も、未来のビジネスがどうなっていくのかを考えあぐねているのだ。
驚くことに、同社の顧客にはNATO(北大西洋条約機構)まで含まれている。テック系メディアのCNETの記事「SFの未来をイメージする」(2018年3月9日掲載)によると、サイフューチャーに依頼したNATOの軍事ストラテジスト、マーク・トーチャー氏はSFプロトタイピングの意義についてこう答えている。
「SFが現実のデザインに影響を与えたケースを見つけるのは難しくない。たとえば『スタートレック』シリーズを見ればいい。スタートレックの中ではSFでしかなかった折りたたみ式の携帯電話やタブレットは、その後に現実の製品になっている」
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■SF作家と「未来の戦争」を真剣に話し合う
この取り組みでは、未来の戦争についてNATOとサイフューチャーのスタッフがブレインストーミングしながらアイデアを出しあった。それをもとにSF作家や専門家のチームが未来の戦闘のシナリオを想像して、10以上のアイデアを成果物として制作。これをもとにワークショップを行い、NATOの高官数十人とのあいだでさまざまな議論を行ったという。
制作されたアイデアには、たとえばサイバー空間で戦う少年兵の物語があった。ウルグアイの12歳の少女が、それが現実につながっているとは知らずにオンラインゲームでターゲットを破壊する。1985年のSF作品『エンダーのゲーム』を思い起こす話である。
別のアイデアでは、中国人民解放軍の「恐怖大隊」という部隊が想像された。恐怖大隊の兵士たちは遺伝子操作をされており、彼らのフェロモンを嗅いだ敵兵士は激しい恐怖心を誘発されるのだという。
スマート銃が敵によってハッキングされ、民間人の虐殺を引き起こしそうになるというアイデアもあった。
これらのストーリーの終わりには質問も用意されており、この質問に答えるところから活発なディスカッションを誘発するという仕掛けも盛り込まれたという。
■9.11は軍事専門家には「想像だにしない出来事」だった
2010年代後半に入ると、サイフューチャー社にとどまらず欧米各国でSFプロトタイピングへの関心が広く高まってくる。フランスでは、国軍が独自に複数のSF作家と契約し、未来の戦争を想像するという試みも行っている。
これを報じたイギリスのザ・テレグラフの記事「未来の脅威を想像するためフランス軍がSF作家による『レッドチーム』を結成」(2019年7月19日)によると、このレッドチームの目的は、仮想敵国やテロリストのグループがどのような新しいテクノロジーを使って攻撃を仕掛けてくるのかを予測することだという。
同様のSFプロトタイピング的な試みは、米軍でもかなり以前から行われているという話もある。きっかけは2001年9月11日の同時多発テロで、国防総省でのブレインストーミングにSF作家が同席するようになったとされている。
なぜ同時多発テロの後だったのだろうか。従来の軍事的な常識では、「民間の航空機をハイジャックして世界貿易センタービルや国防総省に突っ込ませる」というような突飛な攻撃は、軍事の専門家では想像すらできなかったからだという。20世紀の戦争は国と国の軍が戦う正規戦争だったが、同時多発テロは「テロリストが戦争行為を他国に仕掛ける」という新たな戦争をつくりだした。その後「非対称戦争」と呼ばれるようになったこの種の戦争は、20世紀的な常識にはまったく当てはまらないものだったのだ。
なるほど、と思わせる話だが、実はこの「専門家でも想像すらできなかった」というポイントが、SFプロトタイピングが求められている大きな背景になっている。
21世紀はじめの非対称戦争を専門家でさえも予測できなかったように、現代のテクノロジーが進化した数十年後に何が起きるのかを予測するのは、現代の専門家には難しい。そこにSFプロトタイピングが求められる理由があるのだ。
■「クルマが空を飛ぶ」は未来予想ではない
「そんなことはない」と否定したい人もいるだろう。「自動運転のクルマが進化すれば、空さえも飛んで無人のクルマが走るようになるだろうし、さらには宇宙空間を飛ぶロケットや宇宙ステーションも無人になり、将来は運転手やパイロットがひとりも要らなくなる。そんなの想定の範囲内じゃないか」と。
しかしそれらの予測は、単なる技術の進化の予測である。技術が進化していく先は、ある程度は見通すことができるのはおっしゃる通りである。無人の自動運転車が進化すれば、あらゆる乗りものが無人になるというのは、その通りだ。
しかし無人のクルマが普及した先に、その未来に生きている人々がどのような価値観を持ち、どのようなライフスタイルになっており、さらには人間関係や土地への感覚がどう変わっているのか。それらを予測するのは実は非常に難しい。
この難しさをリアルに認識してもらう方法として、過去から現在を照射してみるという手法がある。ガソリンエンジンで走る自動車は19世紀の終わりに発明され、100年以上をかけて進化し完成形になってきた。無人の自動運転車との比較を時系列で見ると、図表1のようになる。
出所=『ビッグテックはなぜSF作家をコンサルにするのか』
Bの未来がどうなるかは、まだわれわれにはわからない。しかしAがどのような歴史的経緯を経て、どのように進化し普及してきたのかをわれわれは熟知している。だからまずAのプロセスを振り返ってみよう。
■馬車からクルマに乗り替えた人々に起きた変化
ガソリンエンジンで走る自動車が発明されたのは、1870年代から80年代にかけてのことである。今でも自動車メーカーに名前の残っているダイムラーやベンツが別々にガソリンエンジンを開発し、走行実験を行った。このとき自動車は、「馬車の進化版」くらいにしか思われていなかった。当時の陸上交通の中心は馬車だったからだ。
ガソリンエンジンの出力に馬力(horse power)という単位が使われているのはその名残である。自動車は馬車よりも速く、ガソリンを補給すれば疲れることなくどこまでも走り続けることができる。おまけに馬のように路上に糞をすることもない。
しかし自動車は、単なる「馬車の進化版」であるだけでなく、その後の社会やライフスタイルなどを大きく変えることになった。
少し時代を遡(さかのぼ)ると、18世紀にイギリスで始まった産業革命で蒸気機関が発明されると、それまで川の水力や馬を使って行われていた仕事が、蒸気機関で行えるようになった。糸をつむいで布をつくる紡績機械はそれまでは水力で動いていたので、かならず川のそばに工場をつくる必要がった。
しかし蒸気機関ができたことで「川のそば」の制限はなくなった。労働者がたくさん集まれるところに工場がつくられるようになり、それによって都市化が進んで人口が増えていくということが起きた。これは都市を過密にし、産業革命を牽引したロンドンなどでは住環境が著しく悪化して健康被害が多発するという副作用もあった。
■駅前商店街がさびれ、ショッピングモールが繁栄
ところが自動車の発明と普及は、労働者の住環境を一変させることになる。
これはアメリカで顕著だったが、T型フォードという安価な自動車が普及すると、多くの労働者が自動車を所有するようになった。これによって「郊外で生活し、自動車で都市の工場に通う」というライフスタイルが実現したのである。
人口が集中しすぎて過密になり住環境が悪化し、さらには住宅価格も高騰していた都市部を離れて、労働者は逃れるように郊外に住むようになった。郊外は自然が多く、住宅も安価で、労働者でも快適な住環境と広い住宅を手に入れられるようになったのである。
自動車による郊外生活が普及すると、買い物もクルマで行くようになる。日本でもそうだが、駐車場を整備していない鉄道駅前の商店街はさびれ、駐車場を完備し国道沿いに建てられた巨大ショッピングモールが街の中心になっていく。家族や友人と連れだってショッピングモールに遊びに行くことが、郊外生活の楽しみになった。
ショッピングモールは買い物ができるだけでなく、映画館やフードコート、カフェ、遊戯施設までもが併設され、一日じゅう滞在しても飽きない。20世紀後半に進化した郊外生活は、巨大なショッピングモールに人々の暮らしのあらゆる面が包摂されるかたちへと変化していった。
写真=iStock.com/DKart
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■クルマは日々の暮らしを一新した
自動車は郊外生活を生み出しただけではない。それまでは存在しなかった高速道路という新しい道路が整備され、自力で遠くに旅行に行けるようになった。さらには高速道路上にサービスエリアという施設が設置されるようになり、サービスエリアにも巨大なショッピングモールが進出し、ショッピングモールからショッピングモールへとホップしながら転々と移動していくようなスタイルが生まれてきた。
佐々木俊尚・小野美由紀『ビッグテックはなぜSF作家をコンサルにするのか』(徳間書店)
馬の代わりになるぐらいのものだろうと思われていた自動車が、20世紀から21世紀にかけての未来に日々の暮らしを完全に一新させてしまったのである。これらの変化を、19世紀の人はほとんど想像もできなかっただろう。「馬車が自動車になり、速くなった」という技術の進化は予測できるが、自動車がいったいどのような変化を社会にもたらすのかを予測するのは、これほどまでに難しいということなのだ。
イノベーションという言葉がある。日本では「技術革新」と訳されてきたので、技術が進化することをイノベーションだと誤解されがちである。しかしイノベーションは、単なる技術革新ではない。
イノベーションの本来の意味は「技術の進化によって新たな価値が生み出され、社会に大きな変化がもたらされること」なのである。われわれは技術の進化は予測できても、それがどのようなイノベーションになるのかを予測するのは困難なのだ。
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佐々木 俊尚(ささき・としなお)
ジャーナリスト、評論家
毎日新聞社、月刊アスキー編集部などを経て2003年に独立、現在はフリージャーナリストとして活躍。テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆を行う。『レイヤー化する世界』『キュレーションの時代』『Web3とメタバースは人間を自由にするか』など著書多数。総務省情報通信白書編集委員。TOKYO FM放送番組審議委員。情報ネットワーク法学会員。
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小野 美由紀(おの・みゆき)
作家
1985年東京生まれ。ウェブメディア・紙媒体の両方で精力的に執筆を続けながら、SFプロトタイパーとしてWIREDの主催する「Sci-Fiプロトタイピング研究所」の事業にも参加している。オンラインサロン「書く私を育てるクリエイティブ・ライティングスクール」を主催。著書に『路地裏のウォンビン』(U-NEXT)、noteの全文公開が20万PVを獲得した恋愛SF小説『ピュア』(早川書房)、銭湯を舞台にした青春小説『メゾン刻の湯』(ポプラ社)、韓国でも出版された『人生に疲れたらスペイン巡礼』(光文社)、『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』(幻冬舎文庫)、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)など。
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(ジャーナリスト、評論家 佐々木 俊尚、作家 小野 美由紀)
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