怪我からの復帰戦で見事3位表彰台の山本尚貴。「まだやれる」レース後に見せた涙と覚悟のアクセルオン
2024年のスーパーフォーミュラ開幕戦、第1戦鈴鹿サーキットで怪我から復帰したばかりの山本尚貴(PONOS NAKAJIMA RACING)が見事、3位表彰台を獲得した。昨年9月に大きなクラッシュで受けてシーズンを欠場し、約2か月の入院生活から最初の復帰戦での活躍に、チームや関係者、そして山本にとって特別な1戦となった。
チェッカーを受けてマシンを降りた山本は、中継のインタビューに応える間、溢れ出した涙が止まらなかった。
「花粉症……ではないですね。コンタクトがズレたというのもスポンサーさんの手前、言えないですし(苦笑)、今日はちょっと風が強かったので、ちょっとだけ(目頭が)濡れちゃいました」
レース後の共同会見では、涙についての質問を巧みなおどけで表現した山本尚貴。だがもちろん、その涙は風の影響ではない。会見後、どんな気持ちから出た涙だったのか、改めてその本心を聞いた。
「本心ですか(苦笑)、それはもう、『ほっとした』のひと言ですね」
その言葉と涙に、山本の約4か月の苦労とその人間性が凝縮されていた。
山本の開幕戦は土曜日の走りだしから好調で、最初の練習走行で3番手のタイムを刻み、その後の予選でも5番手を獲得。決勝レースでは好スタートでひとつ順位を上げて4番手に上がると、そこからアンダーカット(早めのピットインで順位アップを狙う戦略)を狙って、上位陣の中で最初にピットイン。翌周にピットインした山下健太(KONDO RACING)にオーバーカット(遅れてピットインして前の順位を狙う戦略)を許してしまい実質5番手となるも、その後の安定したペースで前の2台のピットタイミングで前を奪い、見事、3位表彰台を獲得するに至った。
「正直、また今年もチャンスをもらえるかわからない中、それプラス怪我からのリハビリのこともあったので、元のパフォーマンスで走れるかの不安が尽きなかったのですけど、表彰台に上がれたということで、まだまだ速く走れるなというのがわかった。体のパフォーマンスは戻り切っていないのですけど、そこはまだ時間が解決してくれるのか、それともこのまま一生付き合っていかないといけないのか僕にもわかりません……でも、レースをきちんと戦い切ることができたというのは、4か月前に首にメスを入れて、まさかあれから4か月後に表彰台に上がれるとは思っていなかったので、リハビリの間は苦しかったこともあったのですけど、頑張ってきてよかったなと思います」と、レース後に話す山本。
チェッカー後の無線では、入院生活でお世話になったドクター、そして中嶋悟総監督、伊沢拓也監督、そしてチームに感謝の気持ちを述べた。その山本に、中嶋総監督は無線で「復活、山本尚貴だ!」と、声を強めた。その中嶋総監督に聞く。
「山本君も復活ですし、(佐藤)蓮もピットタイミングがどっち(早めか遅めか)だったかというのはあるけど(決勝5位)、開幕で2歳とも入賞圏に入ってくれたので、いいスタートじゃないでしょうか。内容的にも速さがありましたね」と、ふたりの走りに手応えを感じる中嶋総監督。
山本についても、「もう『治っている』というから、『治ってろ』と思って。そりゃあもちろん、ドライバーの気持ちはわかります」と、多くを語らずも、ドライバーへの愛情の深さを見せた。
山本も、中嶋総監督、そして先輩でもある伊沢監督への感謝を述べる。
「まだ上ふたつ(優勝、2位)がある中で、優勝したわけではないですけど、去年は表彰台にすら上がれなかったですし、ずっとうまく行かないレースが続いていた中で怪我もしてしまったし、正直、今年はもうチャンスがないなと思っていたのですけど、またチャンスをもらえたことに逆にびっくりしているくらいで、もうここまでチャンスをもらったら、『もう、やり切るしかない』と」
「とにかくまた中嶋さんに4年目のチャンスをもらったので、なんとか中嶋さんのためにもいいレースをしたかった。まだこの結果では満足はされていないでしょうし、僕も満足はしていないですけど、レース後に中嶋さんに『よくやった!』と言ってもらえたのは、すごく嬉しかったです。伊沢さんにも『俺は優勝しないと泣かないので、泣かしてください』と言われたので、あのふたりを泣かせられるように頑張りたいなと思いました」と山本。
伊沢監督にとっても、今回の2台の活躍、そして旧知の仲でもある山本の復帰を心から喜んだ。
「昨日の予選から2台とも表彰台を争えるような内容だったので、佐藤(蓮)選手はピットストップのタイミングで順位を落としてしまったのは非常に悔しいです。2台ともスピード的には勝てるポテンシャルがある中で勝てなかったというのも事実なので、もうひとつ上を目指すために、僕もこれからできることをしたいと思います」
「でもやっぱり、何より今回は山本選手が不安を抱えながら苦しい時間を過ごして、こういう形でカムバックできたというのが、やっぱり山本選手の強さだと思いますし、今まで培ってきたものがここにすべて出せたのではないかなと思います。そういうことができるドライバーだからこそ、何度もチャンピオンを獲っていると思うので、さらに2台とも上を目指してこの先も戦っていきたいと思います」と伊沢監督。
山本の兄貴分として、責任感と男気が強い伊沢監督、実は今回の開幕戦、そしてレース中は大きなプレッシャーを抱えていたようだ。
「(入院中から)山本選手とは本当、いろいろ話を聞いてきましたし、その内容を聞けば、自分があの怪我をしてもう1回サーキットに戻る決意をできるかというと、正直、僕は同じ決断、そして手術をしてカムバックできる自信はないなと思うところがある。そこの彼の強い気持ちというのは本当に素晴らしいと思いますし、その気持ちがこういう結果につながりましたし、もちろん、周りの医者の先生や家族のサポートも大きな力になったと思うので、本当に良かったです」
「ただ、逆にレース中の僕はもう、自分のレース以上に胃の痛い思いをして、ピット作業でもタイヤ交換がうまくいってよかったのですけど、その直前までいろいろ考えて、僕も腹を括って決断したところがありました。今シーズン、これからも楽しみですが……胃が……(苦笑)」
その山本の強さは、今回のレースに臨んだ山本の言葉からもわかる。
「この週末に入るところから、『絶対に一番を獲ってやる』と思って、かなり気合いというか、覚悟して来ました。もう後がないと思っていますし、1回ドライバー人生が終わったと思っているので、逆に気が楽になったというか。土曜日の1発目から絶対に一番獲ってやると思って(アクセルを)踏み倒して行ったので、結果的に土曜日の最初の走行で一時トップタイムは出せたのですけど、逆にその練習走行のセクター1のタイムを予選では超えられなくて(苦笑)。気合いが空回りしてしまったのか、伊沢さんにも『なんで練習走行のタイムを超えられないんだよ』と、お叱りをもらいました」
「でも、気合というか覚悟を持って臨んでいる中で、今年はもう悔いなく出し切るというのが自分のテーマなので、痛くても我慢すれば速く走れるというのがわかったので、ここからまた体を大事にしながら、また元のパフォーマンス以上を出せるように準備したいですね。『まだやれる』というのがわかっただけでも、大きい収穫だったなと思いました」
今シーズンのスーパーフォーミュラはFIA F2から来襲したテオ・プルシェール(ITOCHU ENEX TEAM IMPUL)、岩佐歩夢(TEAM MUGEN)、そしてJuju(TGM Grand Prix)の新人たち、そしてチャンピオン最有力候補の野尻智紀(TEAM MUGEN)が話題になって新しいファンを巻き込んでいる中、これまでのレースファンにとって忘れてはいけない、山本尚貴の存在感とパフォーマンスがスーパーフォーミュラに戻ってきた。今季のスーパーフォーミュラにまたひとつ、大きな見どころが増えた。
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