【新連載:利権と闘争】ベッテルならどうした? 危険に目をつぶってでも強行するほかなかったF1サウジアラビアGP
autosport web/F1速報公式サイトで長年連載してきた「ホンダF1甘口コラム」「ホンダF1辛口コラム」の「辛口」パートの執筆者ニック・リチャーズ氏が、F1の政治問題をテーマにする新コラムをスタート。独自のシニカルな視点で時事に切り込む。
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長年私は「ホンダF1辛口コラム」を執筆してきたが、2021年末でホンダはF1活動をやめてしまい(レッドブル・パワートレインズにエンジンとスタッフを提供してはいるが)、残念ながらもうホンダについて書けることはない。しかし今年は、F1における政治的な問題について書いてほしいという、新しい依頼を受けた。
今回スタートする政治ネタ新コラムの第1回では、直近の第2戦サウジアラビアGPで起きた騒動をテーマに取り上げたい。
過去にF1は、深刻な内乱状態にある国々もカレンダーに加えてきた。1993年までは南アフリカで開催、2021年のバーレーンは、反政府デモによる混乱の影響で中止になった。だが、レースサーキットでドライバーたちが走行中、そこから10km以内の場所にミサイル攻撃を受けたというのは前代未聞の出来事だ。聖書のノアのように長生きした人間がいたとしても、そんな経験は一度もしていないはずだ。
私にとっては、爆弾やロケットは珍しいものではない。1940年のロンドン大空襲のことはさすがに記憶にないが、若いころは地域紛争に何度か招集されたし、ロンドンに住んでいた時にはIRAの爆弾テロが何度も起きた。そうしてみると、FP1の最中にオンボードカメラを通して大きな白煙が見えた時、F1関係者のなかで最もショックが小さかったのは私だったかもしれない。
ドライバーたちは年齢が若く、爆発を目にするのはゲームの『コール オブ デューティ』をやっている時だけだろうから、すっかり怯えてしまって、ストライキを起こす寸前までいった。
彼らがストライキをしていたら、1982年以来初の出来事になっていた。当時現地にいた私は、大変な思いをしたことを覚えている。
セバスチャン・ベッテルがジェッダにいたらよかったのに、と思う。彼は、20人のF1ドライバーのなかで、一番賢く、最も情報に通じ、冷静で、強い信念を持った人物だ。彼の所属チームはアラムコとスポンサー契約を結んでいるが、それでもグランプリをキャンセルするよう、強硬に主張したことだろう。
■F1に毎年2億5000万ドルをもたらすサウジアラビア。GP中止はあり得なかった
とはいえ、もちろん世の中のすべては金次第だ。サウジが自国のレースの中止を受け入れることがあり得たか? その可能性があったと信じる人間はどこにもいないだろう。グランプリプロモーター料金、アラムコのチャンピオンシップへのスポンサー料金、アストンマーティンへのパートナーシップ料金を通して、彼らはF1に毎年、2億5000万ドル(約309億円)を注ぎ込んでいる。その収入を失ったら、誰もが年収の10パーセント以上を手放さざるを得なくなるのだ。
チーム代表、F1のCEO、FIA会長などは、打算的な考え方をするので、彼らが団結してドライバーたちを攻撃し、ボイコットは選択肢になり得ないと思い知らせたのも、不思議なことではない。
ただ私にとって面白かったのは(あなた方のユーモアのセンスと異なっていたら申し訳ないが)、ステファノ・ドメニカリとサウジアラビア政府の代表が、レースをすることこそが正しい、それによってサウジアラビアにスポットライトが当たり、皇太子が推し進めている(と主張する)近代化の動きを促進させるのだ、と主張したことだ。
何がおかしいかというと、状況はまるで逆だからだ。今年のサウジアラビアGPによってスポットライトが当たったのは、同国が2015年からイエメンで繰り広げている戦争が今も続いていること、ジェッダのような主要都市ですらイエメン反政府勢力フーシ派が発射するミサイルに襲われる可能性があるという事実なのだ。
フーシ派は、自分たちが掲げる大義に世界の注目を集めるため、サウジアラビアGPを利用した。サウジアラビアの計画、つまりスポーツウォッシングは完全に裏目に出たわけだ。それでも彼らが喜んで1億ドル(約123億円)を支払うのかと思うと、苦笑せざるを得ない。
F1ボスたちは、レースに出るようドライバーたちを説得し、サウジアラビアGPを予定どおり実施することを決めた。その行動によって、F1は次のような立場を表明したことになる。
a) サウジアラビアの対ミサイルシールドは、国の経済的利益でなく民間人を守るのに有効だと信じる。
b) フーシ派がサーキットを標的にしないことを願う。
c) そして、フーシ派のミサイル攻撃の命中精度に絶対の信頼を置いている。
精度が高いと確信していなければ、グランプリを続行することはできなかったはずだ。命中精度が低い場合、次の攻撃が的を外れてサーキットに当たることだってあり得たのだから……。
※こちらの連載は、第3回目からautosport web Premium会員限定コンテンツになります
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■筆者ニック・リチャーズについて
F1界に大勢いるミステリアスな存在のひとり。本人は認めたがらないが、かなり高齢で、F1界に最初に足を踏み入れたのは大昔のことだ。大勢のF1関係者にとって、金持ちの伯父さん的な存在であり、公では話さないようなことを彼には何でも話すという人間も多い。
彼はドライバー、マネージャー、チームオーナー、エンジニア、ジャーナリストたちに対して、惜しみなくアドバイスを与える。大勢の人々が自分の言葉に敬意を払って耳を傾けることがうれしいのだ。
1950年代には英国国防軍に所属して何度か地域紛争に出動、英国空軍を経て、諜報活動にも従事した。モータースポーツの世界に入るきっかけは定かではないが、1960年代には日本で暮らし、ホンダのアドバイザーのような役割も果たしていたというウワサや、アメリカの国家機関とのつながりから、グッドイヤーを通じてグランプリに関わるようになったという説もある。バーニー・エクレストンのブラバム買収、フランク・ウイリアムズのためのスポンサー契約、ロジャー・ペンスキーのF1挑戦などをサポートしていたという話も伝わっている。
誰にでもフレンドリーだが実際には誰とも友人関係にはならないという距離感を保ちながら、彼は50年間にわたりパドックの住人としておなじみの存在だった。しかし、世界中を旅する生活に疲れ、今はイギリスの「海辺の美しくこじんまりとしたコテージ」に腰を落ち着けている。具体的な場所は誰にも公表していない。
長年の人脈から、F1界で起きていることはすべて熟知している。今でも時にはモナコ、シルバーストン、モンツァに出かけることがあり、そんな時に彼が投げかける鋭い質問に人々は驚く。まるで今も毎戦パドックにいるように、豊富な情報を持っているからだ。
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