【ライターコラムfrom広島】痛む古傷を乗り越えて…残留の救世主・パトリックが見せた“プロ根性”
サッカーキング2017年10月28日(土)14時45分
残留の救世主として今夏加入したパトリック [写真]=JL/Getty Images for DAZN
点が取れない。サンフレッチェ広島は悩み、そして苦しみの底にいる。
間違いなくチャンスは作っている。前節、J屈指のパスサッカーを表現する川崎フロンターレをボール支配率やパス本数、クロスの数でも圧倒した。しかし、11本のシュートで枠に飛んだのは1本だけ。その1本は皆川佑介が前半に放ったもので、まさに決定的だったのだが、GKチョン・ソンリョンの素晴らしいセーブとクロスバーが広島の歓喜を遠ざけた。
6戦連続不敗の時も、複数得点は清水エスパルス戦での3得点だけ。アルビレックス新潟戦では無得点、北海道コンサドーレ札幌戦ではPKの1得点のみと、残留争いのサバイバルマッチでは得点力不足に嘆いた。一度も負けはしなかったが、大宮アルディージャ・新潟・札幌と引き分け。得点がもっと取れていれば、勝ち点は積み上げられていたはずである。
「攻撃の形に乏しい」
川崎F戦の前、稲垣祥はそんな言葉を口にした。確かに前々節の鹿島戦までは、チャンスの数そのものが乏しかった。守備に軸足を置くあまり、前線の1トップと中盤の距離感が悪く、それぞれが孤立していた。柏好文が自由に駆け回って相手を混乱させてはいるが、彼に有機的に絡む選手も乏しい。
「ボールが入らない。サイドからのクロスも少ない」
1トップを務めるパトリックは、札幌戦後にそんな言葉を口にした。表情には怒りがあふれ、まるで大魔神のよう。思うようにいかない展開に、彼は感情を露わにしていた。
昨年傷めた右ひざ前十字靱帯断裂からの回復は、思うようにいかない。ジュビロ磐田戦こそ1得点2アシストの活躍でチームを救ったが、その後はひざの回復が思うようにいかず、痛みがひかない。試合前日までクラブハウスで治療とリハビリに専念し、前日練習でチームと合わせて試合に出る。そんな日々が続いた。「ひざ? 痛いよ」。記者の質問に表情を曇らせ、語気を荒くしたこともあった。
本来の運動量は、なかなか発揮できない。必死に動いたとしても、そこに有効なボールが出て来ない。もっとも悔しさを感じていたのはパトリックその人だ。トレーナーがつきっきりでリハビリに付き合い、まわりの温かい支えに感謝の気持ちは膨らむ。だからこそ、結果を出せない状態が苦しかった。
就任以来、パトリックをずっと起用し続けてきたヤン・ヨンソン監督は、前節の川崎F戦で彼を先発から外し、皆川佑介を起用した。確かに、最近の皆川はトレーニングで成長を見せ付け、森崎浩司アンバサダーや村山哲也スカウトが異口同音に「ミナは良くなった」と語っている。だからこそ、得点力不足打開のため、調子の上がってきた皆川をヨンソン監督は選択した。
その時のパトリックの心中は、想像にあまりある。ひざの痛みもこらえ、ずっと90分のプレーを続けてきた。治療とリハビリ、トレーニングと試合。思うようにいかない日々を、それでもチームのためにと必死にやってきた。なのに、ここにきて先発から外される。
俺がやってきたのは、なんだったのか。
そんなことを考えて自暴自棄な状況に陥ったとしても、不思議ではない。というか、それがノーマルだ。
だが、パトリックは違った。
川崎F戦の翌日、レノファ山口FCとの練習試合が豪雨の吉田サッカー公園で行われた。リーグ戦ではなくトレーニングマッチの先発となったパトリックの心情を察し、「辛いだろう。モチベーションも上げづらいのでは」と考えた。だが、筆者はパトリックというプロフェッショナルが持つ意識のレベルを見誤っていた。
試合開始から、彼は走った。前線から激しく相手を追い、厳しいプレッシャーをかけてパスコースを限定させた。自身の動きで相手を引きつけてスペースを作るだけでなく、自らパスを引き出して決定的なシーンも引き出す。GKのファインセーブに阻まれていたが32分、ネイサン・バーンズのスルーパスに反応して裏に飛び出し、強烈なシュートでGKのブロックを弾き飛ばしてゴールネットを揺らした。
その時、彼は天に指さし、目をつぶり、神様への感謝を捧げた。数秒、そのポーズを崩さない。練習試合なのに、パトリックは感激の表情を崩せなかった。茶島雄介や柴崎晃誠ら、仲間達とハイタッチを繰り返し、笑顔を見せた。この試合に彼が全力を尽くし、想いを込めていた証拠だ。
パトリックは、本当のプロフェッショナルだった。どういう状況に陥ろうとも自分を律し、やるべきことを見据え、どういう環境であっても必死に戦い、チームの勝利のために全力を尽くす。こういう姿勢を崩さないからこそ、ヴァンフォーレ甲府でもガンバ大阪でも彼は、チームメイトからもサポーターからも愛されたわけだ。
「パトリックとはいつも、たくさんのことを話している」
ヨンソン監督は言う。
「彼には細かいところも言ってきた。たとえば(攻守の切り替え時には)正しいポジションに戻ってほしいし、その位置に戻ってから休んでほしい、とかね。あと、力強い身体を十分に活かしてプレーしてほしい、と。ただ、今の彼はいいフィーリングを持っていることは間違いない」
言葉だけの評価ではなく、トレーニングで指揮官はパトリックを主力組で起用。2試合ぶりの先発の可能性にも含みを持たせた。
「ひざの痛みは、ほぼ良くなっている。だからトレーニングの調子もいいし、自信も出てきたね」
パトリックは笑顔だ。
「トレーナーがつきっきりで僕のひざを見てくれていたからね」
周りへの感謝も忘れない。
「だから、トレーニングマッチでも練習でも、笑顔が多いんだね」
そう伝えると、彼はまた笑った。そして。
「まだ、ホームではゴールを決めていない。サポーターのために、ゴールを決めたい」
広島の大砲が放った言葉の強さに、筆者は思わず頷いた。その表情を見て、「広島を残留させるためにやってきた」と言い続けているパトリックは、白い歯を見せてクラブハウスへと歩を進めた。自然と彼の足を見る。移籍してきた頃はきつく、そしてひざを覆うように巻かれていたテーピングは、全くなくなっていた。
文=紫熊倶楽部 中野和也
間違いなくチャンスは作っている。前節、J屈指のパスサッカーを表現する川崎フロンターレをボール支配率やパス本数、クロスの数でも圧倒した。しかし、11本のシュートで枠に飛んだのは1本だけ。その1本は皆川佑介が前半に放ったもので、まさに決定的だったのだが、GKチョン・ソンリョンの素晴らしいセーブとクロスバーが広島の歓喜を遠ざけた。
6戦連続不敗の時も、複数得点は清水エスパルス戦での3得点だけ。アルビレックス新潟戦では無得点、北海道コンサドーレ札幌戦ではPKの1得点のみと、残留争いのサバイバルマッチでは得点力不足に嘆いた。一度も負けはしなかったが、大宮アルディージャ・新潟・札幌と引き分け。得点がもっと取れていれば、勝ち点は積み上げられていたはずである。
「攻撃の形に乏しい」
川崎F戦の前、稲垣祥はそんな言葉を口にした。確かに前々節の鹿島戦までは、チャンスの数そのものが乏しかった。守備に軸足を置くあまり、前線の1トップと中盤の距離感が悪く、それぞれが孤立していた。柏好文が自由に駆け回って相手を混乱させてはいるが、彼に有機的に絡む選手も乏しい。
「ボールが入らない。サイドからのクロスも少ない」
1トップを務めるパトリックは、札幌戦後にそんな言葉を口にした。表情には怒りがあふれ、まるで大魔神のよう。思うようにいかない展開に、彼は感情を露わにしていた。
昨年傷めた右ひざ前十字靱帯断裂からの回復は、思うようにいかない。ジュビロ磐田戦こそ1得点2アシストの活躍でチームを救ったが、その後はひざの回復が思うようにいかず、痛みがひかない。試合前日までクラブハウスで治療とリハビリに専念し、前日練習でチームと合わせて試合に出る。そんな日々が続いた。「ひざ? 痛いよ」。記者の質問に表情を曇らせ、語気を荒くしたこともあった。
本来の運動量は、なかなか発揮できない。必死に動いたとしても、そこに有効なボールが出て来ない。もっとも悔しさを感じていたのはパトリックその人だ。トレーナーがつきっきりでリハビリに付き合い、まわりの温かい支えに感謝の気持ちは膨らむ。だからこそ、結果を出せない状態が苦しかった。
就任以来、パトリックをずっと起用し続けてきたヤン・ヨンソン監督は、前節の川崎F戦で彼を先発から外し、皆川佑介を起用した。確かに、最近の皆川はトレーニングで成長を見せ付け、森崎浩司アンバサダーや村山哲也スカウトが異口同音に「ミナは良くなった」と語っている。だからこそ、得点力不足打開のため、調子の上がってきた皆川をヨンソン監督は選択した。
その時のパトリックの心中は、想像にあまりある。ひざの痛みもこらえ、ずっと90分のプレーを続けてきた。治療とリハビリ、トレーニングと試合。思うようにいかない日々を、それでもチームのためにと必死にやってきた。なのに、ここにきて先発から外される。
俺がやってきたのは、なんだったのか。
そんなことを考えて自暴自棄な状況に陥ったとしても、不思議ではない。というか、それがノーマルだ。
だが、パトリックは違った。
川崎F戦の翌日、レノファ山口FCとの練習試合が豪雨の吉田サッカー公園で行われた。リーグ戦ではなくトレーニングマッチの先発となったパトリックの心情を察し、「辛いだろう。モチベーションも上げづらいのでは」と考えた。だが、筆者はパトリックというプロフェッショナルが持つ意識のレベルを見誤っていた。
試合開始から、彼は走った。前線から激しく相手を追い、厳しいプレッシャーをかけてパスコースを限定させた。自身の動きで相手を引きつけてスペースを作るだけでなく、自らパスを引き出して決定的なシーンも引き出す。GKのファインセーブに阻まれていたが32分、ネイサン・バーンズのスルーパスに反応して裏に飛び出し、強烈なシュートでGKのブロックを弾き飛ばしてゴールネットを揺らした。
その時、彼は天に指さし、目をつぶり、神様への感謝を捧げた。数秒、そのポーズを崩さない。練習試合なのに、パトリックは感激の表情を崩せなかった。茶島雄介や柴崎晃誠ら、仲間達とハイタッチを繰り返し、笑顔を見せた。この試合に彼が全力を尽くし、想いを込めていた証拠だ。
パトリックは、本当のプロフェッショナルだった。どういう状況に陥ろうとも自分を律し、やるべきことを見据え、どういう環境であっても必死に戦い、チームの勝利のために全力を尽くす。こういう姿勢を崩さないからこそ、ヴァンフォーレ甲府でもガンバ大阪でも彼は、チームメイトからもサポーターからも愛されたわけだ。
「パトリックとはいつも、たくさんのことを話している」
ヨンソン監督は言う。
「彼には細かいところも言ってきた。たとえば(攻守の切り替え時には)正しいポジションに戻ってほしいし、その位置に戻ってから休んでほしい、とかね。あと、力強い身体を十分に活かしてプレーしてほしい、と。ただ、今の彼はいいフィーリングを持っていることは間違いない」
言葉だけの評価ではなく、トレーニングで指揮官はパトリックを主力組で起用。2試合ぶりの先発の可能性にも含みを持たせた。
「ひざの痛みは、ほぼ良くなっている。だからトレーニングの調子もいいし、自信も出てきたね」
パトリックは笑顔だ。
「トレーナーがつきっきりで僕のひざを見てくれていたからね」
周りへの感謝も忘れない。
「だから、トレーニングマッチでも練習でも、笑顔が多いんだね」
そう伝えると、彼はまた笑った。そして。
「まだ、ホームではゴールを決めていない。サポーターのために、ゴールを決めたい」
広島の大砲が放った言葉の強さに、筆者は思わず頷いた。その表情を見て、「広島を残留させるためにやってきた」と言い続けているパトリックは、白い歯を見せてクラブハウスへと歩を進めた。自然と彼の足を見る。移籍してきた頃はきつく、そしてひざを覆うように巻かれていたテーピングは、全くなくなっていた。
文=紫熊倶楽部 中野和也
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